第5話 今の過ちと過去
「ねぇ、ハル。今、誰と何してたの?」
もう授業も始まるというのに、どうしてか空き教室にやって来た派手な金髪の少女。少女は長い手足を揺らしてモデルのような仕草でこちらに近づき、大きな切長の目で俺を見る。
「いや、別に。そっちこそ、もう授業が始まるっていうのに、こんな所で何やってんの?」
俺は質問に質問で返すという禁じ手を使い、とりあえず様子を見る。
「あたしは移動教室の帰りにあんたがここに入ってくのが見えたから、急いで来ただけよ」
「あー、そうなんだ。……って、チャイム鳴ってるじゃん。話はまたあとでな」
と、そのまま勢いでこの場を立ち去ろうとするが、腕を掴まれる。
「待って」
「……なに? 授業もう始まってるぜ?」
「そんなのサボればいいじゃん。それよりあんたと話したいことがあるの。いいでしょ?」
そのままその辺の席に長い脚を組んで座る白山さん。相変わらず強引な子だなと、改めて思う。
「……ま、いいけどな」
逃げる訳にもいかないし、聞きたいこともあるので、俺もその辺の椅子に座る。
「なんでそんな離れたところに座るのよ、もっと近くに座って」
「別にいいけど……」
近くの椅子に座り直すと、白山さんは満足そうにニコリと笑う。
「えへへ。あんたどうせ、ここで授業サボるつもりだったんでしょ? 偶にはあたしも付き合わせてよ」
「俺は問題ないけど、白山さんは授業遅れても大丈夫なの? 白山さん、あんまり勉強できないでしょ?」
「平気よ。それくらい。だってハルが教えてくれるもん」
「俺、人に教えるの苦手なんだけど」
「苦手だけど、あたしの為に頑張ってくれるんでしょ? ハルって昔からそういう奴じゃん」
「……そういう言われ方をすると、断りにくいな」
「やっぱり、ハルは優しいね」
晴れやかに笑う白山さん。この様子だと、どうやら鷹宮さんと一緒にいたところは見られてなかったようだ。一安心、一安心。……なんかほんとに、浮気男みたいになってきたな。
「なんかさ、こうして2人きりになるのと、変な感じするよね? ……昔に戻ったみたいで」
「……まあな」
白山さんとは半年前に別れたきり、ほとんど会話もしていない。だから確かに、こうして2人きりになると違和感を覚える。
「でも、あの夜。ハルとまた一緒に居られるって分かって、あたし凄く嬉しかった」
「俺もだよ」
「うん。……あ、言っとくけど、あれは寂しかったからとか、誰でもよかったからとか、そういうのじゃなくて……。ちゃんと、ハルが好きだからやったことなんだからね? 変な誤解しないでよね?」
「いや、分かってるよ。お前がそういう奴じゃないってことは」
だから余計に分からないんだ。半年も付き合って一度もそういうことをしなかったのに、何があったらたった1週間でそういう関係になるのか。
「この前はいろいろあったよな。……実はその辺りのこと、白山さんと話したいなって思ってたんだよ」
「嘘でしょ、それ」
「いや、嘘じゃないって」
「だったらなんで、昨日のデートすっぽかすしたのさ」
「あー、それは……ごめんなさい」
「別にもういいけどね。でも、何度送ってもメッセージに既読つかないし、電話も出てくれないんだもん。あたし避けられてるのかなって、ちょっと……心配してた」
「それは本当にごめんなさい。でも、俺が白山さんを避けてるなんてことはないよ」
「だよね。あたしたち……付き合ってるんだもんね」
白山さんが俺の手を握る。……本当に俺たちは付き合っているのだろうか? あんな別れ方をして、それでもまだやり直せるものなのだろうか?
「ハルの手ってさ、いつ握っても冷たいよね」
「白山さんの手はいつでも温かいよね」
「……ハルの前だと緊張しちゃうからね」
白山さんが頬を赤らめて、こっちを見る。可愛いなって、思ってしまう。
「ハルこの前さ、あたしのこと頼ってくれたじゃん? 別に大したことじゃないけど、ハルがあたしを頼ってくれた」
「そうだっけ?」
「そうだよ。……正直、凄く嬉しかった。別れて半年も経つのに未だに引きずってたあたしを、ハルが必要としてくれた。凄く……安心した」
「……具体的には、何かがあったんだっけ?」
「なに? ほんとに忘れちゃったの?」
「あー、いやいや。白山さんから見て、あの時の俺がどんな風に見えたのかなって」
慌てて誤魔化す。
「そんなの決まってるじゃん。あんたは……やっぱり、内緒」
「なんでだよ」
「だって、言葉にすると嘘臭くなるじゃん。あたしは、大切な思い出を軽々しく話したりしないの」
「そこをなんとか、お願いできない?」
「ダメ。教えてあげないー」
幸せそうに笑う白山さん。白山さんは派手な見た目とは裏腹に、とても繊細な子だ。しかも白山さんは、鷹宮さんみたいに素直に寂しいとか言うんじゃなくて、溜め込んで溜め込んで、最後に爆発してしまうようなタイプ。
「…………」
この子に鷹宮さんとのことがバレたら、どうなるか……。きっと刺されるだけじゃ済まない。
「ハルどうしたの? なんか顔色、悪くない?」
「あー、いや、大丈夫。ちょっと……寝不足なだけ」
「そっか。まあ、ハルってば学校サボってまであの子の為に頑張ってたしね」
「あー、白山さんも知ってるのか。鷹宮さんのこと」
「え? 鷹宮? 誰それ。あたしが言ってるのは、ソラちゃんのことなんだけど」
白山さんの訝しむような目でこちらを見る。あ、やばい。今の状況であの子なんて言われたら当然、鷹宮さんのことなんだと思ってしまった。
つーか誰だよ、ソラちゃんって。まさか、その子にまで手を出してるなんてことはないよな……。
「ああ、そうだな。漢字の読み方ミスったわ。ソラって読むんだったな、あの子」
「いや、どんな読み間違いよ。というか、何を読んでるのよ、あんたは」
「あははは」
「あははは、じゃなくて。……なに? あんた何かあたしに隠してる?」
「いやいや。そんな訳ないよ」
「じゃあ鷹宮って誰?」
「あー、それは……先週うちのクラスに転校してきた子だよ。ちょっと人見知りの子なんで、よくしてあげてって彩ちゃん……担任の先生に言われててさ。それでちょっと、勘違いしちゃった。あはは」
「…………」
俺の手を握る白山さんの手に力がこもる。
「ま、ハルに限って変なことはないと思うけど、あんまり他の子に優しくするのは辞めてよね」
「分かってる」
「分かってない。別に、この前のことで責任取れとか言わないけど、あたし……初めてだったんだから。もう少し優しくしてくれてもいいじゃん。昨日だってデートすっぽかすしさ」
「……悪かったよ」
全てを誤魔化すように、白山さんの肩を抱き寄せる。
「急に何すんのさ」
「嫌?」
「嫌じゃないけど……分かった。もう言わない。あたし、ハルのこと信じてるし。だから……だから、次のチャイムが鳴るまではこうして、そばにいてよね」
白山さんの頭が俺の肩に乗る。石鹸の香りが心地いい。
「…………」
こんな誤魔化し方が、いつまでも通じるとは思えない。早く記憶を取り戻して何か対策を考えないと、本当に……不味い。
「……今日の放課後ってさ、あんた何か用事あるの?」
「あーいや今日は──」
「なに? またあたしを1人にするの?」
「いや、そんなことはないけど……」
「じゃあ今日の放課後、デートね。埋め合わせしてくれるって言ってたし、何を奢ってもらおうかなー」
「あははは」
あー、やばい。やばい。やばい! 放課後は鷹宮さんともデートの約束をしたばかりだ。でもこの状況で、白山さんの誘いを断ることなんてできない。どっちを優先しても、タダで済むとは思えない。ほんとこの1週間で何をやったんだよ、俺は!
「じゃあ、あたし次体育だから行くね。放課後のデート楽しみにしてるから」
結局、何の解決策も見つけることができず、白山さんが空き教室から出て行く。
「どうすりゃいいんだよ……」
という声は誰にも届かず消える。ピンチだった。どうしようもないくらい、ピンチだった。
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