第4話 過去の過ちと今



「……まるで、別人だな」


 授業中。斜め前に座る鷹宮さんを見て、小さく呟く。


 いのりちゃんと別れた後。走って帰ってシャワーを浴びて、着替えてすぐに家を出た。本当はこの1週間のことを妹か両親に聞きたかったけど、妹は朝練で家を出ていたし、父さんと母さんもこういう時に限って仕事で早めに家を出てしまっていた。


 だから一瞬、学校をサボっていろいろと調べて回ろうかとも思ったが、いのりちゃんが言うにはもう3日も学校をサボっているらしいし、何より鷹宮さんと白山さんが鉢合わせるのを避ける為、俺は急いで学校にやってきた。


 いろいろと、問題が起こるだろうことを覚悟して。


「……何も変わらないな」


 けど別に、クラスメイトは俺に大したことは言わなかった。『あんまサボるなよなー』とか、『3日もサボって何してたんだよー』とか、それくらい。俺と転校生……鷹宮さんとの関係は、誰も何も知らないようだった。


 そしてその鷹宮さんは、今朝の出来事が全て夢だったんじゃないかと思うほど、冷たい目で静かに授業を受けている。朝きた時も俺の方に視線を向けることもなく、静かに1人で本を読んでいた。転校してきたばかりでまだ馴染めていないとかそういうのじゃなくて、彼女はあからさまに周りを拒絶している。


「ほんとに夢だったのかな……」


 なんていうのは、さすがに都合が良すぎる。ここで思考放棄する訳にもいかない。だから俺はこの退屈な授業の時間を使って、今後の方針をまとめることにする。



 1. 記憶喪失の原因を探る

 2. この1週間で何があったのかを探る

 3. 1と2が調べ終わる前は、記憶喪失のことを知られないようにする

 4. 仮に本当に二股していたなら、全力で謝る



「謝って許されるようなことじゃないけど、まあ、こんなところか」


 記憶喪失なんて、改めて考えると一大事だ。本当は病院に行くのが1番いいのだろうけど、あんま大事にしたくないし、それは最後の手段にしよう。


 などと1人で考えていると、不意に声をかけられる。


「ねぇ、神坂くん。何やってんの? 勉強?」


 と、気づけば授業は終わっていて、休み時間。クラスメイトの久梨原くりはらさんが、声をかけてきた。


「いや、別に。ちょっと考え事してただけ」


 誤魔化すように言って、ノートを閉じる。


「ふーん。考え事ってエロいこと? あはっ」


「半分正解かな。……で、どうかしたの?」


「どうかしないと声かけちゃダメなの?」


「ダメ。俺、忙しいから」


「あはっ、3日も学校サボってたもんね。そりゃ忙しいか。どこで遊んでたの? 3日もサボって」


「…………」


 それは俺が1番、聞きたい。3日どころかこの1週間の出来事を、誰か教えてくれないかな。


「……まあ、言いたくないならいいけどね。それより、今日の放課後、暇? 雨宮あまみやちゃんたちと一緒にカラオケ行こうって話になってんだけど、神坂くんも来る?」


「悪いけど、忙しいからパス」


「えー、いいじゃん」


 馴れ馴れしく肩を叩いてくる久梨原さん。この子は今年からクラスメイトになった知り合いだけど、なんか10年来の親友みたいに絡んでくるからちょっと苦手だ。


「ちょっと、辞めなって。神坂くん困ってるよ」


 と、そこで久梨原さんの友達の雨宮さんが割って入ってくる。


「大丈夫大丈夫。これくらいで怒らないから、神坂くんは。……それに、雨宮ちゃんが神坂くんを誘いたいって言ったんじゃん」


「ちょっ、言わないでよ〜! もうー!」


「あはっ、赤くなってる」


 2人で仲良く戯れ合う久梨原さんと雨宮さん。俺は特に何も考えず、そんな2人の様子をぼーっと見つめている。


「ん?」


 と、そこで、スマホにメッセージが届く。……鷹宮さんからだ。というか当たり前だけど、鷹宮さんは俺の連絡先を知っているんだな。


「…………」


 何か分かることがあるんじゃないかと、返信をする前に過去のやり取りを振り返る。……けどなんていうか、『2時に駅前で待ってる』とか、『今日はいつもの場所に行けないかも』とか、味気ないやり取りが続くだけで、特に目新しい情報はない。


 だからとりあえず


『3階の空き教室で待ってる』


 という鷹宮さんのメッセージに


『すぐに行く』


 と返事をして、可愛いだけの意味のないスタンプを送ってから、立ち上がる。


「ごめん、俺ちょっとトイレ行ってくる」


「あ、ごめんごめん。……カラオケの件、ちゃんと考えといてねー。あはっ」


「……待ってるからね?」


 俺が立ち去った後もまだ何か言ってる2人に背を向けて、教室を出る。……今から行くと、次の授業に間に合うかギリギリだなとか考えながら、急足で階段を上がって誰もいない空き教室へ。


「ねぇ、ハルくん。ハルくんはああいう、軽そうな感じの女が好きなの?」


 開口一番に、鷹宮さんはそう言った。


「あ、いや、そんなことはないよ」


「でも、凄く仲良さそうに話してた……」


「別にそんなに仲がいい訳じゃないよ。ただのクラスメイトだよ、あの2人とは」


「……ほんとに?」


「ほんとほんと。……不安にさせて、ごめんな」


 と言って、優しく鷹宮さんを抱きしめる。なんか本当にタラシのクソ野郎みたいになってきた気がするが、今はこうするしかない。……だって鷹宮さんの目が、今からあの2人を殺してしまいそうなくらい、冷たくて暗くて重かった。


「……ハルくん。ちょっと優しく抱きしめたら、私がなんでも許すと思ってる?」


「いや、そんなことはないけど……」


「ふふっ、でも嬉しい。好きだよ、ハルくん」


「……俺もだよ」


 鷹宮さんの腕に力がこもる。こうしていると、やっぱり教室での様子とは別人に見える。


「ねぇ、ハルくん」


「なに?」


「私がね、学校では目立ちたくないからあんまり話しかけないでって言ったから、ハルくんは私と距離を取ってくれてるんだよね?」


「……ああ、そうだよ」


 本当は全く覚えてないけど。


「ハルくんがね、私との約束を守ってくれてるのは嬉しいよ。……でもだからって、他の子と仲良くするのは辞めて欲しい。あんな……あんな風に簡単に身体を触らせたり、優しく笑いかけたりしないで」


「分かってるよ。心配しなくても、大丈夫。あの2人とは本当に何もないから」


 できるだけ優しい声で言って、抱きしめる腕に少しだけ力を込める。


「……うん。やっぱりハルくんは優しい。……うん、そうだよね。ハルくん昨日もあんなに優しくしてくれたもんね。私、初めてでよく分からなかったのに、ハルくん凄く上手で……」


「…………」


「そんなハルくんが、私以外の女に目移りする訳ないよね。あんなに何度も好きだって、言ってくれたもん」


「ははっ、そうだね」


 本当に、やることはやってしまったのだろうか? いやもう状況を見るにそうとしか思えないんだけど。ほんと、なんで忘れてるんだよ、俺。


「さ、そろそろ教室に戻ろうか? 急がないと、授業が始まる」


「うん、分かった。……大好きだよ、ハルくん」


 最後に軽くキスをして、俺から距離を取る鷹宮さん。えへへ、と照れたように笑う顔が可愛くて、思わず頬が熱くなる。


「……俺、トイレ行ってから戻るから、鷹宮さんは先に行ってて」


「分かった。……あ、その前に放課後。放課後はあの子たちじゃなくて、私とデートね? 約束だからね」


 と言って、そのまま空き教室から出て行く鷹宮さん。俺はなんだかよく分からない疲れと罪悪感に、大きく息を吐く。


「でも、学校では目立ちたくない、か。……転校して来てまだ1週間なのにそんなこと言うなんて、なんかいろいろと事情がありそうだな」


 まあ今はとりあえず、さっさと教室に戻ろう。そう思って空き教室の扉に手を伸ばした瞬間、声が響いた。


「ねぇ、ハル。今、誰と何してたの?」


 扉が開いて顔を出したのは、元カノ……だったはずの白山さんだった。ああ、やっぱり嘘をつくとバチが当たるなと、他人事のように俺は思った。


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