第21話 約束と思い出
3人で、夜の街を歩く。流石にバイクに3人乗りなんて真似はできないから、俺はバイクを押して歩く。あと、バイクを押しながらアイスを食べるなんて器用なことはできないので、残りのアイスはソラちゃんにあげた。
奇しくも、昼間のお返しになってしまった。
「それで、ソラちゃんが失くした大切な記憶って、なんなの?」
今更な質問だと思われるかもしれないが、それを聞いておかないと探すも何もあったものじゃない。
「……覚えてない」
「え? 覚えてないって、何を忘れたのかも覚えてないってこと?」
「ああ」
「じゃあ、何の為にこうして夜の街を歩いてるの?」
「……予感があるんだ。私は確かにここで、大切な何かを見つけた筈なんだ」
寂しそうに月を見上げるソラちゃん。どうやら彼女の記憶喪失は、俺よりずっと深刻らしい。
「ちょっ、ハル? あんま質問ばっかしてると、ソラちゃん困るじゃん。それにあんた、知っててソラちゃんに協力するって言ったんじゃないの?」
「……あー、いやまあそうだけど、ちょっと確認? みたいな。あはは……」
「なんかあんた、ちょっと変じゃない?」
「いや、俺が変なのはいつものことだろ?」
「……確かに。じゃあ気のせいか」
納得したと言うように頷いて、アイスを食べる白山さん。……俺ってそんなに、変な奴だと思われてるのだろうか?
「なによ、じっと見て」
「いや、アイス美味そうだなって」
「……仕方ないわね、ほら?」
「ありがと」
アイスを食べさせてもらう。……なんだこのアイス、チーズケーキみたいな味がする。美味い。今度、買お。
「イチャつくなら、帰れ」
ちょっと怒ったような顔で、ソラちゃんが睨む。
「あ、ごめん。……でも、せっかく3人でいるのに、黙って歩いててもつまらないだろ?」
「これは遊びじゃない」
「遊びじゃないからこそ、楽しまないとダメなんだよ。遊びが楽しいのは、当たり前のことなんだから」
「……貴様の言うことは、よく分からん」
「ハルの言うことは、話半分でいいよ。こいつ、調子のいいことばっかり言うしね」
「じゃあ全部、聞き流す」
少しだけ笑うソラちゃん。やっぱり2人は仲がいいようだ。白山さんは昔から友達作るの上手いし、そういうところは素直に尊敬する。
「…………」
と、何故だかソラちゃん無言でこちらを見つめている。
「どうしたの?」
と、俺が何でもないことのように尋ねると、ソラちゃんは冷たい声で小さく言った。
「貴様、こいつには言ってないんだな」
「…………あ」
それではたと気がつく。そういえば俺は、この子……ソラちゃんに、記憶を失くしていることを話した。全てではないけれど、この子は俺の事情をある程度、知っている。
つまり、ソラちゃんが少し口を緩めれば、簡単にこの状況は瓦解する。
「ん? 言ってないってなんの話? ハル、あたしになんか隠し事してるの?」
「あー、まー……ちょっと? サプライズみたいな?」
「……なにそれ、なんか怪しい。ハルってば、サプライズとか嫌いな側の住人じゃん」
「いやこの前、移住したんだよ。好きな側の街に」
「…………」
白山さんはジト目で俺を睨む。やばい、やばい。何かいい感じの対策を考えないと、ソラちゃんが全部、喋っちゃうかもしれない。
「……私の勘違いみたいだ。気にするな」
「……え?」
「何を惚けている、早く行くぞ」
そう言って、歩き出すソラちゃん。
「……ま、いいけどね。あたし、ハルのこと信用してるし」
渋々といった様子で、ソラちゃんの背に続く白山さん。
「…………」
もしかして、庇ってくれたのだろうか? ソラちゃんはその見た目や言葉遣いから、他人に興味がない冷たい子なのだと思っていた。けどそれは、誤りだったのかもしれない。
「話変わるけど、昨日いのりちゃんが話してたの覚えてる? 嫌な記憶を忘れさせてくれる、白い天使の噂」
「そういえば言ってたね、いのり。それがどうかしたの?」
「いや、それってソラちゃんのことなんじゃないかなーって。ほら、ソラちゃん。なんか雰囲気あるし、美人だし、天使って言われたら納得しちゃいそうな感じじゃん」
「……あー、確かに言われてみればそうかもね。……でも、あたしの前で他の女の子を美人とか言うな」
「あ、ごめんなさい」
頭を下げる。
「……言っておくが、私は天使などではないぞ」
「だよね。あたしもそういう噂は好きだけど、信じるかどうかは別。実際、天使なんている訳ないし」
「でも、ソラちゃんの記憶もその天使が忘れさせたのかもなって、ふと思ったんだよ」
そもそも俺は昨日、ソラちゃんに翼が生えているのを見た。今とは別人のように真っ赤な恐ろしい目をした、少女。彼女は確かに、ソラちゃんだった。なのに彼女は、その時のことを何も言わない。そもそも、覚えているかどうかも分からない。
俺の記憶喪失と、ソラちゃんの記憶喪失。それが、どれだけ関係しているのか。天使とは一体、なんなのか。分からないことは、まだまだ多い。
「……あ」
と、そこで何かを見つけたのか。ソラちゃんは早足に小さな空き地に踏み入り、何かを探すようにしゃがみ込む。
「どうしかしたの? ソラちゃん」
「……あった」
「あったってなに? ……って、タンポポじゃん、それ」
ソラちゃんは空き地から引き抜いタンポポに、ふーと息を吹きかける。白い綿が夜風に揺れて、遠い空へと飛んでいく。
「なんか、懐かしいね。あたしもやろーっと」
白山さんもソラちゃんを真似るように、タンポポに息を吹きかける。
「…………」
けど俺は動くことができず、唖然とソラちゃんを見つめる。なんだろう? この感じ。違和感というか、既視感というか。記憶にはないのに、見た覚えがある。こうやってタンポポに息を吹きかけるソラちゃんを、俺は確かに知っている。
「疲れた。そろそろ帰る」
そしてソラちゃんは、遊びに飽きた子供のようにそう言って歩き出す。
「そうだね。あんまり遅くなってもあれだし、そろそろ帰った方がいいか。ハル、バイクでソラちゃん送ってあげなよ」
「別にいいけど、白山さんは?」
「いや、うちすぐそこだし」
と、すぐそこの家を指差す白山さん。確かにこの距離で、送っていく必要はないだろう。
「じゃあそうするか。アイス、ありがとね、美味しかった」
「一口だけじゃん。別にいいよ。……あ、そだ。ハルって明日ひま?」
「あー、夜はちょっと用事あるけど、それ以外は特に」
「じゃあデートしようよ。明日、時間いつでもいいから、うち来て」
「家? 別にいいけど……。いきなり家に行ったら、おじさんとおばさんが驚かない?」
「大丈夫。明日、誰もいないし。ちょっとハルと話しておきたいことあるの。いいよね?」
「まあ、いいけど……」
急な話ではあるが、別に断る理由もないので頷く。
「じゃ、また明日ねー。ソラちゃん可愛いからって、変なことしちゃダメだからねー」
そう言って、走ってこの場から立ち去る白山さん。いつもよりちょっとテンションが高い気がしたが、きっと気のせいだろう。
「っと、ソラちゃん1人で行っちゃってるじゃん」
バイクに跨って、曲がり角を曲がる。するとすぐに、ゆっくりと歩いてるソラちゃんを見つける。
「ソラちゃん、送ってくよ。切無さんの家まで、まだ結構距離あるし」
「……必要ない」
「俺のバイク速いぜ? それに音も静かだから、近所迷惑にもならない」
「そういうことではないんだが……まあいい。送らせてやる」
意外と素直に頷いて、ヘルメットを被って俺の後ろに乗るソラちゃん。
「じゃあ行くぞ?」
「ああ」
そのままゆっくりと、走り出す。
「貴様、私に聞きたいことがあるのだろう?」
「……まあ、うん。そうだね」
「送ってくれた礼に、少しだけ話してやる。私とお前がどうやって出会ったのか。お前が私に何をしたのか……」
彼女はまるで、ずっと準備していたかのように流暢に、俺が聞きたかった忘れてしまった1週間。その一部の出来事を語り出した。
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