第20話 夜と月
いのりちゃんと一緒に海で絵を描いた後。俺はそのままいのりちゃんを家まで送って、またケーキを買って鷹宮さんの家を訪れた。彼女は約束通りオムライスを作ってくれて、2人で美味しくケーキを食べた。
そして昨日と同じように引き止める鷹宮さんに明日もまた来るからと言って、そのまま家を後にした。
「鷹宮さんのオムライス、美味しかったな」
チキンライスの上にオムレツみたいなのを乗せて、パカっと割れるとろとろのオムライス。ああいうのって店でしかできないと思ってたけど、鷹宮さんのはお店顔負け。味もびっくりするくらい美味しくて、思わず明日も食べたいと言ってしまった。
そんな、とても楽しい時間。できればもう少し一緒に居たいなと思ってしまうような時間を振り切って、俺は近くのコンビニでアイスを買っていた。
「今日見た限りだとアイス好きそうだったし、これ持ってったら話聞いてくれるかな」
フードコートで出会ったあの子。あの子は夜の自分に会いに行け、と言っていた。その言葉の真意は分からないが、このまま手をこまねいている訳にもいかない。
「バイク一旦、置いてくるかな。……いや、乗って探した方が効率いいか」
今日は昨日と違って雲がない。いくら探し回っても、雨に降られる心配はないだろう。だったらアイスが溶けないうちに、さっさと天使を探そう。そう決めてバイクに跨る。
……けれどその瞬間、声が響いた。
「何やってんのよ、ハル」
白山さんだ。彼女は夜のコンビニに行くとは思えないほどお洒落な格好で、早足でこちらに近づいてくる。
「何って、俺はただちょっと……アイス買いに。白山さんは?」
「一緒。今日暑いし、アイス食べたくなるよね」
可愛く笑う白山さん。
「あ、そうだ。バイク乗ってるんだったら、後ろ乗っけて帰ってよ。いいでしょ?」
「別にいいけど……」
「なに? どっか寄るとこでもあるの?」
「内緒」
「なにそれ。ま、とりあえず待っててね。パパッと買ってくるから」
そのままコンビニに入って、本当に手早く買い物を済ませる白山さん。彼女は昔から悩むことなく、即断即決。そういうところは、素直にかっこいい。
「じゃあ行くか。はいこれ、ヘルメット」
「ちゃんと積んであるんだ」
「白山さんをいつでも乗せてあげられるようにね」
「なにそれ。……でも嬉しい、ありがと」
そのままゆっくりと走り出す。白山さんの家は近所なので、大した寄り道にもならない。
「ハルの後ろに乗せてもらうの、久しぶり」
「そうだな」
「ハル、ちょっと変わったよね」
「なんだよ、唐突に」
「前まではこうやって胸を押し当てたら、ちょっとあわあわしてたじゃん。なのに今は平然としてて、なんかちょっとムカつく」
「俺も大人になったんだよ」
「嘘つけ」
たわいもない会話。白山さんは何かを確かめるように、ぎゅっと強く俺の身体を抱きしめる。
「……そういやさ。今日いのりちゃんに会って、部活のこと聞いたんだよ。揉めてるって話」
「あの子、部活サボってるって言ってたけど、やっぱり何かあったんだ」
「先輩とちょっと合わなくて、揉めたみたい。いろいろ辛いこともあったみたいで、だいぶ落ち込んでた」
「……あんたまた、助けてあげるの? ほっとけないもんね、性格的に」
「まあ、どう考えても向こうが悪いし、ちょっとだけ手を貸すつもり。でもやっぱり、頑張るのはいのりちゃんだよ」
「……そ。やっぱり変わったよ、あんた」
「かもな」
けど多分それは、見方の問題だろう。本質的に俺は、あの頃から何も変わっていない。
「それでさ、白山さん。前の……あの時のこと、ちょっと反省したよ。……悪かった」
「今更いいよ、そんなの」
そこで白山さんは黙り込んでしまう。きっと、半年前のことを思い出しているのだろう。
「白山さんは──」
「ん? どうしたのよ? 黙り込んで」
「いや……」
進行方向に白い影。今日フードコートで出会ったあの白い髪の少女が、普通に歩いてる。……今日はその背に、白い翼は生えていない。けど間違いなく、彼女だ。
「あれ? ソラちゃんじゃん。あの子またこんな時間に1人で出歩いて……。前に散々、辞めろって言ったのに」
「…………」
やっぱりあの子がソラちゃんで間違いないようだ。俺は全く思い出せないが、白山さんは彼女のことを忘れてはいないようだ。……どうして俺だけ、記憶を失くしてしまったのだろう?
バイクが進む。天使……いや、ソラちゃんもこちらに気がついたのか、足を止めて振り返る。バイクを止める。
「なんだ、また貴様か。本当に懲りない奴だな」
ソラちゃんは、呆れたように息を吐く。
「いやまあ、そうなんだけど。でも、夜に会いに来いって言ったのは、そっちだろ?」
「会いに来いなんて言ってない。だいたい今日は……今日は、タイミングが悪い」
チラリと白山さんの方を見るソラちゃん。タイミングとは、どういうことなのだろう? そもそも昼に会った時となにか変わっているようには見えないが、わざわざ夜に来いと言った理由はなんなのだろうか。
「ソラちゃんさ、夜、出歩くならあたしも一緒に行くって言ったね? なのに1人で何してんの」
「……貴様には関係ない」
「関係なくても心配なのは心配なの。前みたいにふらふらして、1人で倒れても知らないよ?」
「あの時のようなことには、もうならん」
「なるとかならないとか、そういう問題じゃないの。……助けたのがこの男だったから、ソラちゃん無事だったけど……。変な男に見つかったら、何されてたか分かんないんだよ?」
「……うるさいな」
「うるさいとか言わない。あたしは心配して言ってるんだから」
なんか、反抗期の娘と母親みたいなやりとり。俺が想像していたよりずっと、2人の仲はいいようだ。
「あ、そうだ。アイス買ってきたんだけど、食べる? あんまゆっくりしてると、溶けちゃうし」
「……仕方ないな」
俺の好きなチョコバーを差し出すと、目にも止まらぬ速さで奪われる。どんだけ好きなんだよ、アイス。
「じゃあ、あたしも食べよーと。ってかハル、またそのチョコバー食べてる。あんたほんと、それ好きよね」
「白山さんのは……新商品のやつか。白山さんは相変わらず、新しいもの好きだね」
適当に笑って、考える。白山さんの前で、記憶の話はできない。いっそ全てを打ち明けたいという気持ちもあるが、白山さんは意外と繊細な子だから、泣かせてしまうかもしれない。
それで鷹宮さんとの関係までバレてしまったら、何をされるか分からない。
「それで、ソラちゃんどうなの? 探してた記憶、思い出せた?」
何でもないことのよう言った、白山さんの言葉。一瞬、自分のことかと思って、心臓がドクンと高鳴る。
「……思い出せたら、こんな所にはいない」
「そっか。まあ、あんまり落ち込まずに気長に探せばいいよ」
優しく笑う白山さん。そんな彼女の方をチラリと見てから、俺は恐る恐る尋ねる。
「……ソラちゃんって、なにか忘れてるんだっけ?」
「なに今さらなこと言ってんのよ、あんた。あんたが言ったんじゃない。この子は忘れた大切な記憶を探す為に、この街に来たって。そうでしょ?」
「そうだ。私は私の記憶の為に、ここにいる。だから、天使なんてものを私は知らない」
昼間に言っていた、何も覚えてないという話。それはどうやら嘘ではないらしい。なら俺が記憶を取り戻すには、この子の記憶を探してあげないとダメなのだろうか?
「でもソラちゃんさ、大丈夫? あの人に変なこととかされてない?」
「大丈夫だ。あの男は、私を恐れて目を合わせることもできん」
「そっか。まああの人、そういう性格ぽいもんね。……そうだよね? ハル」
「あ、ああ……。いや、ごめん。あの人って誰だっけ?」
「いや、あんた大丈夫? 話聞いてた? 今の流れであの人って言ったら、切無さんに決まってるじゃん。あんたのバイト先の怖い人」
「……え? もしかしてソラちゃんって、切無さんの所にいるの?」
俺のバイト先。この街で1番大きなマンションに居を構える、小金持ちの絵本作家。
「なに驚いてるのよ、あんたが紹介したんでしょ? 行くとこないなら、あそこに行けばいいって。部屋余ってるからって」
「あはははは。そうだった、そうだった」
驚きの展開ではあるが、しかしこれはチャンスでもある。このままいろいろ話を聞いていれば、何か思い出せるかもしれない。思い出せなくても、白山さんと復縁した理由が分かるかもしれない。
「ソラちゃんの記憶探しに俺も付き合うよ。どうせ暇だし」
「じゃあ、あたしも」
俺と白山さんが真っ直ぐにソラちゃんを見る。彼女はそんな俺たちを呆れたように見つめ、またチョコバーを舐める。
「……勝手にしろ」
そうして、長い夜が始まった。
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