第32話 疲れと熱



 夢を見ていた。



 とても小さな頃。誰かの手を引いて歩く俺。泣き虫だった少女。その隣にいる、よく笑って元気だった少女。俺たちは何かを探していた。記憶を忘れさせる方法……天使を探していて。でも結局、絵本の通りにはいかなくて


 全てが台無しになって、俺は記憶を……。


「……どこだ? ここ……」


 ふと目を覚ます。なんだか頭がぼーっとする。何か夢を見ていたような気がするが、思い出せない。というか、ここは……。


「あー、鷹宮さんの家に来てたんだ」


 ようやく思い出す。なんか流れで、鷹宮さんの家に泊まることになったんだ。こうして冷静になると、ちょっと強引なことをしちゃってるなーと改めて思う。……それはまあ、今さらだけど。


「でも鷹宮さんって、どこ連れてったら喜んでくれるのかなー。無難に遊園地とかか? あーでも、いま何時だ?」


 その辺に転がってるスマホを手に取る。しかし充電が切れたままだ。そういえば、充電器を借りるのを忘れていた。なので壁掛けの時計で時間を確認。……もう、2時過ぎ。いくら徹夜明けでも寝すぎだな、これは。今から遊園地なんて時間じゃない。


「腹減ったな。というか、鷹宮さんはまだ寝てるのかな?」


 起き上がる。なんか違和感があると思ったら、鷹宮さんから借りたジャージを着たままだ。……というか、ずっとパンツ履いてないままだった。


「流石にもう乾いてるよな」


 ついでに洗面所を借りて顔でも洗おう。そう思い、洗面所に向かう。


「きゃっ」


 そこで運悪く、風呂場から出て来た鷹宮さんと遭遇してしまう。……思いっきり、いろいろ見えてしまった。


「あ、ごめん!」


 慌ててリビングに戻る。まさかこんな、ラブコメみたいな展開になるとは思わなかった。後でちゃんと謝らないと……。


「ここ他人の家なのに、ちょっと気が抜けてたなー」


 なんて1人で反省していると、鷹宮さんがやってくる。


「さっきはごめんなさい」


 と、俺は素直に頭を下げる。


「別に構いませんよ。服を着替えようと思ったのでしょう?」


「はい、そうです。すみませんでした」


「別にいいです。気にしてません。それに……私の裸なんて見ても、嬉しくないでしょう?」


「それは答えにくいけど。鷹宮さんは……美人だとは思うよ。スタイルもいいし」


「…………そうですか」


 頬が赤い鷹宮さん。お風呂上がりで髪も濡れていて、なんかちょっと色っぽい。


「じゃあもう一回脱ぎますんで、見ます?」


「いや、見ねーよ」


「ふふっ、冗談ですよ」


「そりゃそうだろーよ」


 ほんとこの子、掴みどころがないな。なに考えてるのか、いまいち分からない。


「じゃあ貴方も、着替えてきてください。私はここで髪を乾かしますから」


「分かった。そしたらどっか、ごはん食べに行こうか? 時間も時間だし、あんまり遠出はできないけど」


「それなら、この辺りで美味しいところを教えて欲しいです」


「美味しいとこか……。何が食べたいとかある?」


「美味しければ何でもいいですよ」


 微妙に困る発言だな、と少し頭を悩ませる。俺がよく行くラーメン屋とか連れて行ったら、引かれるかな? まあ、引かれはしないけど、初対面に近い女の子を連れて行くって感じでもない。


「じゃあ、駅前のカフェかな。ナポリタンが美味いんだよ、あとチャーハン」


「チャーハン? カフェにチャーハンがあるんですか?」


「因みにラーメンと餃子もある」


「それは中華屋さんなのでは?」


「でも店名はカフェなんだよね。しかもちょっとオシャレな外観。そこならいろいろあるし、基本なんでも美味しいよ」


「……じゃ、そこに行ってみましょうか」


 などと、楽しい話をしてからとりあえず服を着替える。着ていた服は洗濯機の近くのカゴに入れておいてと言われたので、その通りにする。


「寝癖もついてないな」


 適当に身だしなみをチェックして、リビングに戻る。リビングには髪を乾かし終えた鷹宮さんが、顔を赤くしてソファに……。


「鷹宮さん、なんか顔赤くない?」


「そうですか? 別に普段通りだと思いますけど……」


「いや、赤いって。……大丈夫? 熱とかないよね?」


 つい、妹にするようにおでこに触れてしまう。


「……っ」


「あ、ごめん。急に触れちゃって」


「いえ、別に……」


「というか、熱いじゃん。絶対に熱あるよ、これ!」


 両親との軋轢による心労。引っ越してきたばかりの疲れ。そしてそんな中、雨に濡れて徹夜までした。体調を崩してもおかしくはない。


「ごめん、俺が無理させたからだ。とりあえず、部屋戻って寝てた方がいいよ」


「別に、これくらい大丈夫ですよ」


「大丈夫なうちにしっかり休まないと、大丈夫じゃなくなるの! いいから、戻る!」


「……分かりました。意外と真面目なんですね、貴方」


 鷹宮さんがフラフラと歩き出す。一応、心配なので後ろからついて行く。


「部屋、入ってもいい?」


「……構いませんよ」


 鷹宮さんの部屋は思っていたより、ものがある。本棚には堅苦しい哲学書から漫画までいろんなものがあるし、可愛らしいクマのぬいぐるみなんかも置いてある。


「なんか、食べたいものとかある? して欲しいこととかない?」


「……昨日のアニメの続きが観たいです。また……2人で」


「分かった。じゃあそこのテレビで、一緒に観ようか。でもその前に何か食べた方がいいよ。風邪薬とかも一緒に買ってくるし」


「じゃあ……なにか、温かいものが食べたいです。あと、アイスクリーム」


「温かいものか。消化によさそうな、お粥とかうどんとかでいい? 俺、料理できないし冷凍食品かインスタントになると思うけど……」


「構いません。お金は──」


「いいって。元はと言えば俺のせいなんだし、それくらい払わせてくれ。じゃあちょっと、行ってくる。ちゃんと安静にしてろよ?」


 そのまま早足に家を出る。幸い財布は持っているし、中身もまあまあ入ってる。これなら近くのコンビニで買い物して、すぐに帰れる。


「でも、下手に気を遣って空回りしてるよな、俺。……今さら言っても仕方ないけど」


 とりあえず必要そうなものをいろいろ買って、急いで鷹宮さんの家に戻る。


「ただいま。とりあえずいろいろ買ってきたけど……って、寝てるな」


 部屋に戻ると鷹宮さんは眠っていた。多分、鷹宮さん、昨日の夜から何も食べてないと思うし、少しくらい何か口にした方がいいと思う。……でも、起こすのも可哀想だ。


「とりあえず今は、寝かせてあげよう」


 そのまま部屋から出ようとすると、小さく声が響く。


「……ハルくん。……ハルくん」


 何か夢を見ているのか、『ハルくん、ハルくん』と呟く鷹宮さん。余程、大事な人なのだろうか? 鷹宮さんの声は、俺と話している時よりずっと親しげだ。


 そんなことを考えていると、ガバッと鷹宮さんが身体を起こす。


「ごめん、起こしちゃった?」


 そう尋ねると、鷹宮さんは安心したように息を吐く。


「……いえ。それよりも、帰ってきてくれてよかったです」


「いや、そりゃ帰ってくるよ。こんな鷹宮さんを放って帰ったら、最低だろ?」


「でも、お父さんとお母さんは……いえ、何でもないです」


「…………」


 嫌な想像をしてしまった。風邪で弱った子供を置いて、どこかに出かける両親。それが鷹宮さんにとっての、当たり前だったのかもしれない。


「大丈夫。俺はずっと、側にいるから。ほら、いろいろ買ってきたから、ゆっくり食べながらアニメでも観ようぜ? それで眠くなったら、また寝ればいいよ。それまで、側にいるからさ」


「……ありがとう」


 2人でたわいもない話をして、一緒にインスタントのうどんを食べてた。それからぼーっとアニメを観て、陽が落ちる頃、鷹宮さんはまた眠ってしまった。疲れが溜まっていたのか、俺も鷹宮さんのベッドに頭を預けたまま、眠ってしまう。



 その間ずっと、鷹宮さんは俺の手を握ったまま離さなかった。


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