第34話 貴方と私



 一緒に学校をサボって、ダラダラと過ごす。鷹宮さんはだいぶ顔色もよくなって、熱も下がったようだけど、まだ万全とは言えない。流石にこんな病み上がりで、連れ回すわけにもいかない。


 だから2人で部屋にこもってダラダラと、アニメを観て過ごす。看病と言ってもできることはそんなにないので、鷹宮さんが寂しくないよう側にいた。鷹宮さんは時間が経つ毎に親しげになっていって、まるで恋人にするかのように甘えてきた。


「ハルくん、ハルくん。そこのチョコレートとって」


「…………」


「……? どうかしたの、ハルくん。ぼーっとして」


「いや、別にいいんだけどさ。ちょっと鷹宮さん、無防備すぎじゃない? パジャマ前あいてるし、今も胸めちゃくちゃ当たってる」


「ハルくんでも、やっぱりそういうの気になるんだ」


「鷹宮さんが、俺のことをどんな風に思ってるのか知らないけど、普通に気になるよ。俺も健全な男の子だし」


 ただでさえ、鷹宮さんは美人で胸も大きいんだ。あんまり無防備だと、変に意識してしまって困る。


「……ちなみに私、下着つけてないよ、今」


「なぜそれを今いう」


「あ、流石に下は履いてるよ」


「聞いてない」


「見る?」


「見ない!」


 昨日とは別人のような顔で笑って、俺の方に身体を預ける鷹宮さん。いい匂いがして、アニメに集中できない。


「鷹宮さんさ、俺の話聞いてた? さっきよりもっと、胸が当たってるんだけど」


「私、風邪ひいてナイーブになってるの。だからちょっと、甘えさせて欲しいな」


「……そういう言い方はずるい」


「えへへ。やっぱりハルくんは優しいね」


「嬉しくないな、その褒め方は」


「本気で言ってるのになー」


 突っぱねる訳にもいかず、そのまま鷹宮さんを受け入れる。鷹宮さんは多分、俺の反応を見て遊んでるのだろう。とても楽しそうに笑ってる。


「ハルくんって、胸は大きい方が好きなの?」


「また突然だな」


「なんか、胸を押し当てると嬉しそうにしてるから気になって」


「嬉しそうなのか? 俺」


「うん。嬉しそう。こうやって腕とか挟んであげると、ニヤニヤしてる」


「ちょっ、そこまでされると流石に気になるって」


 ちょっと距離を取って、大きく息を吐く。本当にこの子、俺に襲われるかもとか、考えないのだろうか? ……まあ、俺は絶対にそんなことしないけど。


「それで? やっぱり大きい方が好きなんだよね?」


「……嫌いじゃないよ。特別こだわりがあるって訳じゃないけど、大きいとつい目で追っちゃうし。あと柔らかくて、気持ちいい。……いや、何の話だよ」


 めちゃくちゃアホなことを話してる気がする。


「私はただ、ハルくんにお礼がしたいの」


「お礼って何の?」


「ハルくんは、学校サボってまで私の看病してくれた。今もずっと、側に居てくれる。だから、そのお礼がしたいなって」


「……そんなこと、考えてくれてたのか」


「うん。私、料理くらいしかできることないし。でも今は、料理なんて作れない。だから、こうやってひっつくだけでハルくんが喜んでくれるなら、私……いいよ?」


 ドキドキと、鷹宮さんの激しい鼓動が伝わってくる。……この子がここまで俺を想ってくれる理由が、俺にはよく分からない。でもそれを言うなら俺だって、学校をサボってまで彼女の側にいる理由を説明できない


「…………」


 運命みたいな出会いをして。運命みたいに再会して。そんな眩い夢のような出来事に、酔っているのだろうか? 或いはただ単に、こういう強引で胸の大きな子が好きなだけかもしれない。俺って流されがちな人間だし、強引な人間には昔から弱い。


「まあでも、お礼なんて考えなくてもいいよ。好きでやってることだし」


「……好き、か」


 鷹宮さんは小さく呟いて、チョコレートを口に運ぶ。俺も1つ頂く。美味い。


「ハルくんって、好きな人とか……付き合ってる人とかいるの?」


「なんだよ、急に」


「急に気になったから、聞きたいなって」


「……彼女、か」


 その言葉で思い出すのは、白山さん。半年前に別れた彼女。思えば彼女も、少し強引なところがあった。そして胸が大きかった。俺はそんな彼女に惚れて、付き合って、別れた。それで……。



 それで、何だっけ?



 俺は白山さんと半年前に別れた。そこから半年間、ほとんど会話もしていない。……その筈なのに、それに強い違和感を覚える。つい最近、白山さんと何かあったような。そんな感覚。……けど、いくら頭を悩ませても思い出せない。


「…………」


 いろいろあって忘れていたけど、俺はこの3日間のことを思い出せない。この3日間で、何があったのか。白山さんと何かあったのか。あの公園で眠る前、俺は何をしていたのか。


「……ハルくん、誰かいるんだね、好きな人」


 俺の沈黙をどう受け取ったのか、鷹宮さんが呟く。


「どうだろう。ちょっと分かんないな。今は」


「でも、思い浮かんだ人はいるんでしょ?」


「まあ、な」


 歯切れが悪い答え。でも何かとても大切なことを忘れているような、そんな気がする。


「……ちょっと嫉妬しちゃうな」


「だからって、そんな風に胸を押しつけるのは辞めてくれ」


「ふふっ、ハルくんってば照れちゃって可愛い。……もっと、もっと私だけを見て……」


 鷹宮さんの腕に力がこもる。大きな胸の間に挟まれた腕。柔らかい。気持ちいい。無防備に迫る唇。少しだけ赤い頬。潤んだ瞳で、鷹宮さんは……。


「……って、病み上がりなんだし、変なことしちゃダメだって」


「じゃあ、元気になったらしてくれるの?」


「いや……というか、鷹宮さんは……」


 鷹宮さんは俺のこと好きなの? と訊こうとして、言葉を飲み込む。ずっと『ハルくん』のことを想っていた鷹宮さん。そんな彼女の想いを、今ここで訊くのは少し怖い。


「とりあえず、大人しくしとけ。鷹宮さんも、風邪がぶり返すのは嫌だろ?」


「ハルくんがまた看病してくれるなら、別にいいよ」


「次はもうしない。見捨てる」


「……ハルくんの意地悪」


 2人して笑う。それで、変な空気はどこかへと消える。


「ハルくん、今日も泊まっていくの?」


「いや、鷹宮さんもだいぶ元気になったみたいだし、今日は一旦帰るよ」


「……寂しい。側にいて欲しい」


「でも、服も下着も変えれてないし。あんまり帰らないと、妹が怒るから」


「…………」


 鷹宮さんは無言で俺の腕を抱きしめる。あんなにクールだった鷹宮さんが、こんな小動物みたいな顔で俺の腕を抱きしめている。……素直に、可愛いなって思う。


「鷹宮さん、明日学校行くの?」


「一応、そのつもりです」


「じゃあ放課後さ、昨日行ってたカフェに行かない?」


「それはデートのお誘いですか?」


「まあ、そんなとこ。……嫌?」


「嫌じゃない。……嬉しい、ありがとう。ハルくんはやっぱり優しいね」


 抱きしめられる。いい匂い。そのあと2人でまたダラダラとアニメを観て、楽しい時間を過ごした。


 そして時刻は8時前。残った冷凍食品を食べて、引き止めようとする鷹宮さんと連絡先を交換してから、家を出た。


「なんか、流されてるよなー」


 生暖かい風邪を浴びながら呟く。……でも正直、悪い気分じゃない。寧ろ、あの子といると凄く楽しい。鷹宮さんと一緒にいると、嫌なこと全部、忘れてしまえるような気分になる。


 ……あの子の隣にいると、退屈を感じないで済む。


「惚れたのかな? そんな単純だったかな、俺」


 胸に手を当てる。まだ少しドキドキしてる。目を瞑ると、あの柔らかな胸の感触を思い出す。……でもそれを遮るように、白山さんの顔が思い浮かぶ。何か大切なことを忘れているような、そんな気が……。


「って、あれは……」


 そこでふと見えたのは、夜道を歩く白い髪の少女。


「……っ!」


 痛む頭。何度も同じことを経験したような、そんな既視感。なんだこれ……。俺は、あの子に声をかけなきゃいけない。そんな気がする。でも逆に、声をかけたら駄目な気もする。


 あの子の側にいると、全て思い出せる。あの子の側にいると、全て忘れてしまう。


 矛盾する思考。痛む頭。ふと見えた、白山さんとソラちゃんという少女。その2人と俺は何かあって、それで……。


「駄目だ、思い出せない」


 意識が霞んで、思わず電柱にもたれかかる。するとふと、声が聞こえた。



「何をやってるんだ、貴様は」



 いつの間にか近くにいた白い髪の少女は、冷たい言葉とは裏腹に、心配するような表情で俺を見る。……その顔を見ていると、どうしてか胸が痛んだ。


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