第17話 貴方と本当のこと
「随分と楽しそうじゃん、いのり」
そう言って現れた1人の少女。いのりちゃんが倉田先輩と呼んだ女の子。いのりちゃんはその少女を、不安と恐怖と敵愾心がないまぜになった目で睨む。
それで彼女が誰なのか、簡単に想像がついた。
「なに? ずーっと部活サボってなにしてんのかと思ったら、男と遊んでたんだ? いのり」
「皆んないのりのこと心配してたのに、さいあくー。心配してた子たちが、かわいそー」
「というか、先輩が来てるんだから立って挨拶するのが普通じゃない? そういうとこ常識ないよね、相変わらず」
と、倉田さんらしい少女とその取り巻きが、馬鹿にするような表情でこちらに近づいてくる。この辺はあんまり遊ぶ所がないから、休日にこういうショッピングモールとかに行くと、クラスメイトとかとニアミスして嫌なんだよなーと、どうでもいいことを思う。
「……先輩、行きましょ?」
いのりちゃんが立ち上がり、俺の服の袖を引っ張る。
「なになに? かっこいいじゃん。これがいのりの彼氏? あたしにも紹介してよ」
「倉田さんには……関係ないです」
「あはっ、あたしはあんたと同じバスケ部の先輩だよ? 関係ないとか、寂しいこと言わないでよ」
キャハハハっと、なんだか楽しそうに笑う3人組。俺は残ったアイスを飲み込んで、立ち上がりその3人を見る。
「いのりちゃん。一応確認するけど、これが言ってた先輩で間違いないよね?」
「…………はい」
「この偉そうなのが倉田さんで、両隣の名前は?」
「……
「分かった。じゃあ行こうか」
そのままいのりちゃんの手を取って、歩き出す。……いや、歩き出そうとするが、肩を掴んで止められる。
「待ちなよ。まだ話は終わってない」
「話するの? 別にいいけど、俺、頭の悪い子と話するの苦手だから、上手く合わせる自信ないよ?」
「はぁ? お前なに? 女の前だからっていい格好しようとしてんじゃねーよ。あんま舐めたこと言ってると、お前もそこの馬鹿みたいになるよ?」
「別にいいぜ? やってみろよ。つーかお前ら、俺の妹……真奈の奴にまで、ちょっかいかけてるらしいじゃねーか」
「なんだ、お前あの鈍感女の兄貴かよ。全然、似てないな」
「それはよく言われる。……つーか、なんだ。玉木さんと吉田さんって、去年まで同じクラスだったじゃん。なに? いつからこんな奴の腰巾着やってんの?」
俺が後ろの2人にそう声をかけると、2人とも嫌そうに視線を逸らす。
「……倉田さん、こいつは辞めておいた方がいいですよ。去年その……ちょっと揉めた時、話したじゃないですか? クラスにやばい奴がいるって。それがこいつなんすよ」
「いや、もう遅いけどね。妹や可愛い後輩のいのりちゃんにまでちょっかいかけてるようじゃ、もう手遅れだ」
「……へぇ、偉そうなこと言うじゃん。私が誰と付き合ってるか知ってんの?」
「知らねーよ。なんだよ、そのカッコ悪い台詞。虎の威を借る狸じゃねーか」
「先輩。それを言うなら狐ですよ」
「あ、ミスった」
「そういうとこ、格好つかないですよね? 先輩」
あははは、とわざとらしく笑う。いのりちゃんも、少し肩から力が抜けたようだ。
「というわけで、俺たちデート中なんでもう行くわ。……ほら行くよ、いのりちゃん」
「…………はい」
2人で手を繋いでフードコートを後にする。背後からまだ何か聴こえるが、それはもう完全に無視する。……けれど。
「いのり、ちゃんと部活来ないとダメだよ? そんな男と遊んでると、馬鹿になる。……大丈夫。今度来たら、またいろいろ教えてあげるから」
という声だけは、ちゃんと耳まで届いてしまった。だからきっと、いのりちゃんの耳にも届いてしまったのだろう。
「この後どうする? 映画でも見る?」
そう声をかけるが、いのりちゃんは返事をしてくれない。……どこかで、少し休んだ方がいいかもしれない。そう思い、とりあえず人気のないベンチに座る。
「そこの自販機で何か買ってくるけど、飲みたいものとかある?」
「…………オレンジジュース」
「分かった。じゃあ、買ってくる」
オレンジジュースとミネラルウォーターを買って、ベンチに戻る。
「はい、オレンジジュース」
「ありがとう、ございます」
「いいよ、これくらい。……それより、あんま気にしなくていいからね? あの子たちは1ヶ月後には、学校来れなくなってるから」
「……先輩が、何かするんですか?」
「大したことはしないよ。でも見た感じだと大した奴らじゃないから、どうとでもできると思うよ。玉木さんと吉田さんは雰囲気変わってて気づかなかったけど、元クラスメイトで必要なことは知ってるし。多分、手早く処理できる」
まあでも、やるならあの倉田さんからやらないと、あまり効果はないだろう。あの手の人間は、嫌な方面のカリスマがある。
ずっと特別扱いされてきた人間は、自分が特別じゃないと呼吸できなくなる。そして大抵の人間は、高校生にもなれば自分が特別でないと知ってしまう。だから彼女はああして他人を見下して、自分の心の均衡を保っている。
そういう人間は、周りから見下されるような状況にとても弱い。
……いのりちゃんは自覚なくやったのだろうけど、皆んなの前で1on1でボコボコにするなんてことは、あの手の人間が1番嫌がることだ。やるならもっと徹底的にやらないと、あんな風に逆恨みされてしまう。
「切無さんにもちょっと手伝って貰おうかなー。あの人、見た目だけは怖いし。あと……いろいろ調べるのは得意だから」
「……先輩は凄いですよね」
「何が?」
「その……怖くは、ないんですか……?」
「え、あれが? いのりちゃんは、あれが怖いの?」
「いや、あの人じゃなくて、その……他人に悪意を持たれることが、私は怖いです。それに……他人に悪意を持ってしまうことも、私は怖いんです」
「……いのりちゃん」
オレンジジュースを口にすることなく、ペットボトルをぎゅっと握り締めるいのりちゃん。初めて見るくらい、落ち込んでいる。
「…………」
このまま俺が中途半端なことをすれば、いのりちゃんへの当たりが強くなるかもしれない。いのりちゃんじゃなくても、他のバスケ部の子や真奈が被害に遭うかもしれない。
逆に、俺がこれから彼女……倉田さんたちにすることで、彼女たち自身が虐められるようになるかもしれない。深く傷ついて、一生苦しむことになるかもしれない。
「……でも、関係ないよな」
そんなこと、知ったことではないと俺は思う。ずっとそう思ってきたし、今でもそう思ってる。邪魔なら退かすだけだ。要らないなら捨てるだけだ。仮に俺がこれからやることであいつら全員、自殺しても俺は絶対に後悔はしない。
『あたしは、こんなことを頼んだじゃない! ハルには……人の気持ちが分からないだよ!』
ふと思い出す言葉。半年前、白山さんと別れるきっかけになった事件。助けてほしいと願った人間を助けてあげただけなのに、誰もが俺を否定した。
「……俺はたぶん今、あんまりいのりちゃんの気持ちが分かってないと思う。だから俺の言葉でいのりちゃんが傷ついたのなら……その、ごめん」
「先輩は悪くないですよ。それに、先輩が私の気持ちを分かってないのは、いつものことです」
「……それは、そんなことはないと思うけど。でも……訊くけどさ、いのりちゃん。俺があの人たちを不登校になるまで追い詰めたとして、いのりちゃんは嬉しい? またバスケ頑張ろうって思ってくれる?」
「…………」
いのりちゃんは答えない。きっと答えられないのだろう。そういうことでは、ないのだろう。……しかしそれでも俺は、妹にまで手を出されている以上、彼女たちをあのまま放置することはできない。記憶のことは一旦、先送りにしてでもそちらの対処を先にするべきだと思ってる。
「私はね、先輩。先輩みたいに強くなりたいんです」
「強く? 俺は別に強くはないけど……」
「強いですよ、先輩は。私には無理です」
いのりちゃんはそこで言葉を区切り、オレンジジュースに少しだけ口をつける。遠くから、楽しそうにはしゃぐ子供の声が聴こえる。
「私は……私には、無理なんです。あんな風に睨まれたら……怖いなって、思っちゃう。先輩みたいに堂々と言い返せない。嫌がらせされても、私は間違ってないって……先輩みたいに胸を張って言えない。だから私は、先輩みたいになりたいんです」
「……あの手の連中は、言葉で言うだけじゃ聞いてくれないよ」
「それでも、なんです。私、負けず嫌いだから。……負けず、嫌いだから。ほんとは、先輩まで馬鹿にされて……悔しいのに、何も言えなくて……!」
いのりちゃんの声が震える。ペットボトルを握る力が強くなる。
「本当はバスケも……辞めたくない! ずっと頑張ってきたのに、こんなことで……終わらせたくない! なのに、何で私が……逃げないとダメなの! 私なにも悪いことしてないのに……なんで」
「……そっか。うん、分かった。ずっと我慢して、1人で抱えて、辛かったな。大丈夫。俺はいのりちゃんの味方だから、大丈夫だよ」
いのりちゃんの頭を撫でてやる。いのりちゃんはいつものように文句を言わず、静かに涙を流した。……こんなに辛いことなら、忘れられればいいのにと俺は思った。
そして、俺は心に決めた。どんな手段を使ってでも、またいのりちゃんが生意気に笑っていられるようにしてあげようと、そう心に決めた。
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