第42話 これまでとこれから
退屈していた。何か俺にしかできないような、そんなことを探していた。
「眠む」
夏真っ盛りの7月中旬。期末テストが終わって夏休みを控えた、1番授業に集中できない時期。俺は昼から授業をサボって、約束の時間まで特に当てもなくブラブラとしていた。
「喉、乾いたな」
近くの自販機でジュースを買って、ベンチに座る。目に映る景色は、特にこれといって代わり映えのしない見慣れた風景。
「あれからもう、1ヶ月か」
この街全体で起こった大規模な記憶喪失。人によってまちまちではあるが、数百人の人間が何らかの記憶の異常を訴えた。当時は新手の病か何かだと、大騒ぎになったものだ。
「しかしまあ、一月も経てばもう過去だ」
病院で検査をしても特に異常はなく、健康そのもの。何を忘れようと変わらず明日はやってくるので、いちいち過去に構っている暇もない。
「当の俺がそうだしな……」
俺もいろいろ忘れてしまい最初は困惑していたが、今となってはもう気にならない。思い出せない数日間。でも一月も経てば、大抵のことは忘れてしまう。数日間くらいの空白は、長い目で見ればないようなものだ。
「でも、彩ちゃんは心配してたなー」
従姉妹であり、担任の先生でもある彩ちゃん。彼女は凄く、俺のことを心配してくれた。一人暮らしをしてる癖に、今では3日に1回はうちにご飯を作りにくる。……まあ、単純に寂しいんだろうし、それくらいは構わない。なんか最近、やたらとべたべたしてくるような気もするが、きっと気のせいだろう。
「行くか」
空き缶をゴミ箱に捨てて、歩き出す。
「今頃、いのりちゃんは部活かなー」
先輩と揉めているらしかったいのりちゃん。妹を通じてそれを知った俺は、少しだけお節介をした。それで、性格の悪い先輩もその取り巻きも、ちょっとは大人しくなったらしい。いのりちゃんも、そんな先輩に負けずに部活を頑張ると決めた。
でも、それからいのりちゃんは、ほとんど毎日うちのクラスに遊びに来るようになって、少し困っている。いのりちゃんは可愛い後輩だし別にいいんだけど、みんなの前でべたべたされると変な噂を立てられる。
例え忘れても、やったことはなくならない。いい意味でも、悪い意味でも。
「さて、行くか」
そろそろ約束の時間。これから俺には大事な予定があった。
「全部、忘れて1からやり直すなんて、そんな都合よくはいかないよな」
多くのことを忘れた俺。しかし、全てを忘れた訳じゃない。……何度も何度も夢に見る、白山さんと鷹宮さんとの行為。
今のあの2人との関係は、とても歪なものだ。人を拒絶する転校生の鷹宮さん。彼女も記憶を忘れた1人らしいが、それを気にした風もなく、相変わらず周りと馴染もうとしない。
けど、そんな彼女と俺は幼馴染だったらしく、その縁で話すようになり、今では学校でも放課後でもほとんど一緒にいるようになった。
そして白山さんも、いろいろと忘れてしまったみたいだけど、それがきっかけでまた話すようになり、付き合っていた頃より仲良くなってしまった。
俺は今ほとんどの時間を、そんな2人……鷹宮さんと白山さんと過ごしている。しかし、2人の仲は良好とは言えず、喧嘩が絶えない日々だ。
「……でもそれも、俺のせいなんだよな」
人気のない小さな空き地。呼び出した2人は、どうやら先に着いていたようだ。鷹宮さんと白山さん。2人は視線を合わせず、何か会話をしている。
俺は覚悟を決めて、そんな2人に声をかける。
「2人とも急に呼び出してごめん。実は俺、2人に話さないといけないことがあるんだ。……ほんと、すみませんでした!」
俺は忘れていた数日のことを2人に話した。ようは二股して、2人に手を出してしまったかもしれないということ。そんなことを話して、俺は2人に土下座した。
軽蔑されて、もう仲良くはできないだろう。しかし責任を取るというのは、そういうことだ。何も知らないフリをして、なあなあな関係を続けていたら、陰で2人を刺しているのと変わらない。
それなら堂々と全てを告げて、自分が刺される道を選ぶ。そんな風なことを考えていた俺に、2人は声を揃えて言った。
「──そんなの、最初から知ってた」
「……え?」
と惚けている俺に、2人は言う。
「ハルってば普段は鋭い癖に、そういうところは鈍いんだね。あたしは、知ってたよ? ハルが何か隠してること。それにあたしも、全てを忘れた訳じゃない。大切なものは、忘れてもちゃんと胸の中に残ってる」
「そういうことだよ、ハルくん。ハルくんが傷つくだろうって、こっちの女と一緒に気づかないフリしてたけど、思い出しちゃったんなら仕方ないね」
2人は土下座する俺に手を差し出す。俺はまだ状況が理解できないまま、その手を取る。
「あたしはね、ハル。1回、抱かれただけで彼女ヅラするそこの重い女とは違う。ハルが誰と何をしても、最後にはあたしを選んでくれるって信じてる。……というか、あたしを選ばせてみせる。そう決めてるから、あんまり責任感じなくてもいいよ?」
「自分だって重い女の癖に、なに偉そうにしてるんだか。……でも、私はこんな女には負けない。ハルくんがハルくんの意思で私を選んでくれるよう、ちゃん私も頑張る。だから……いいよ? 許してあげる」
2人は優しく笑ってくれる。
「…………ありがとう。ありがとう! 白山さん、鷹宮さん。本当に、ありがとう!……でもちょっと、手、痛いからそろそろ離してもらってもいいですか?」
「ダメ。ハルってば手を離すとすぐにどこかに行っちゃうから、しばらくずっとこのまま」
「うん。ハルくんは私のハルくんなんだから、もうこの手はずっと離してあげない」
「……いや、そんなこと言われても。2人とも……」
あれ? やっぱり2人とも、めちゃくちゃ怒ってるんじゃないか? なんて思っていると、吹き出すように白山さんが笑う。
「そうね。反省してるって言うなら、なんか奢ってもらおうかなー。あたし、ケーキ食べたいな」
「あ、それは賛成。ちょうど私もケーキが食べたい気分だったので、よろしくね? ハルくん」
2人に手を引かれて、歩き出す。……どうやら俺が思っていたよりずっと、女の子というのは強いイキモノのようだ。
「……なんか、うだうだ悩んでた俺が馬鹿みたいだな……」
でもまあ、2人もきっといろんな想いを飲み込んで、こうして笑ってくれているのだろう。だからこれ以上この笑顔が曇らないよう、できる限りのことをしようと思った。
そして、2人に4個ずつケーキを奢った俺は、これからはもう少しバイトを増やそうかな? とか、そんなことを考えながら夜道を歩いていた。
「……居ない、か」
ずっと、何かを探していた。何を探しているのかも分からないまま、ただ何かを探し続けていた。……けれど、声はもう聞こえない。偶然なんてものは起こらない。
「暑いなー」
コンビニで買ったアイスを食べながら、俺は1人でそう呟いた。
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