目を覚ますと隣で眠っていた裸の美少女が彼女だと言い張ってくるんだが、全く記憶にない俺はどうすればいいんだ?
式崎識也
第1話 消えた記憶と少女
「……ねむ」
カーテンの隙間から溢れる朝日で目を覚ます。なんだか長い夢を見ていたような気がするが、上手く思い出せない。
「つーか、重い」
誰かが俺の上で、重なるようにして寝息を立てている。アホの妹がまた勝手に布団に入り込んできたな。そう思い声をかけようとして、ふと気がつく。
「……誰だ、これ? というか、どこだ? ここ……」
当たり前のように目を覚ましたから、てっきりここはいつもの自室なのだと思い込んでいた。けどよく見ると、全然違う部屋だ。それに俺の上で眠っているこの子は、どう見ても妹じゃない。うちの妹はこんなに胸が大きくない。
「え? どういこと?」
昨日のことを思い出そうと頭を悩ますが、いつものように自室のベッドで眠った記憶しかない。状況が分からない。というか俺、服着てないし。俺の上で眠ってるこの子も、感触的に何も着ていない。
「……やばくね?」
いや、やばいな。やばい。やばい! どうしてこうなった? なんだ? どうなってる? 俺はまだ17歳の高校生だぞ。酒に任せてワンナイトなんて、そんなのあるわけないし……。でもじゃあこれは何なんだ? 昨日のことなのに、何も思い出せない!
「…………」
すやすやと、気持ちよさそうに眠っている少女を見る。眠っていても分かる長いまつ毛。溶け込むみたいに柔らかな白い肌。艶やかな長い黒髪。……凄い可愛い。目を見張るほどの美人だ。
しかし、見覚えはない。全く1ミリも見覚えがない。
この子が目を覚ましたら俺、どうなるんだ? いやいやどう考えてもタダで済むとは思えない。最悪、この子も俺と同じで何も覚えてなかったら、きゃーっと叫ばれて警察を呼ばれて、それで俺は……終わる。
「くっ、どうしてこんなことに……!」
どうしてこうなった? どうしてこうなった! おいおい、まさかこんなところで人生が終わるなんて、想像もしてなかった。今まで清く正しく生きてきた俺が……いや、別にそんなに清く正しく生きてはいないけど! それでも女の子を騙すような真似は……したことあるけど!
それでも、見ず知らずの子に手を出すような真似はしてないはずだ‼︎
「……ん?」
そこで少女が、ゆっくりと目を開く。寝起きなのに澄んだ綺麗な瞳が、真っ直ぐにこちらを見る。……終わった。全身の血液が、魂と一緒に身体からこぼれ落ちる。
俺は、死を覚悟した。
「えへへ。おはよ、ハルくん。昨日はすごく……よかったね?」
「……は?」
しかし少女は俺の予想を裏切るように、照れたような顔で笑った。
「もう、起きてるなら起こしてくれればよかったのに。それとも私の可愛い寝顔に見惚れてたの? エッチだな、ハルくんは」
少女は甘えるように俺の胸に顔を埋める。それこそまるで、恋人のように。
「……あれ? 黙り込んじゃってどうしたの? ハルくん、もしかして……まだ、怒ってる?」
「あ、いや、ちょっと眠くて」
「そっか。ハルくんって朝、弱いんだ。……可愛い」
少女が俺の手を握る。……意味が分からない。この子は俺のことを知っているのか? この子が言ってるハルくんというのは、
「ハルくん、心臓すごくドキドキしてる」
「……そう?」
「うん。寝起きなのに、こんなにドキドキするものなんだね」
「あははは。そうだね」
「…………私の音も聴かせてあげよっか?」
「え?」
少女が俺から身体を離し、そのまま俺の頭を抱きしめる。柔らかな胸が俺の顔を包み込む。心臓がドキドキと高鳴る。少女の心臓もドキドキと高鳴っている。
「ドキドキしてる?」
「……うん。してる」
「じゃあ、ハルくんがカッコいいからだね」
「あはははは」
「…………」
俺から身体を離した少女が、潤んだ瞳でこちらを見る。俺はもう何が何だか分からなくて、泣きそうになるのを必死に堪えながら、少女の瞳を見つめ返す。
「好きだよ、ハルくん」
そう言って、少女はそのまま俺にキスをした。触れるだけ。それでも、そこに全ての愛情を詰め込んだような、そんなキス。
勘違いでも何でもなく、この子は本気で俺のことが好きなんだ。そう伝わるようなキスをして、少女は俺から距離を取る。
「じゃあ私、朝ごはん作ってくる。まだ早いから、ハルくんはもう少し寝ててもいいよ」
ベッドから起き上がり、制服に着替え始める少女。うちの高校と同じ制服だと、他人事のように思う。
「朝ごはんできたら起こしに来るから、また後でね」
弾んだ声でそう言って、少女が部屋から出ていく。俺は何も言えず、何もできず、ただ黙って少女を見送る。
「どうなってんだ?」
いくら頭を悩ませても、あの少女の名前すら思い出すことができない。なのにあの少女は俺のことを知っている。知っているどころか、愛している。
「……唇、柔らかかったな」
それに胸も……じゃねぇ! んなこと考えてる場合じゃない。もしかして俺、頭でも打って記憶、飛んだりしたのか? そんなことある訳ないと思うけど、そうじゃないともういろいろ説明できないぞ。
「……ねぇ、ハルくん」
ガチャリとまた扉が開いて、少女が顔を出す。何か忘れ物でもしたのだろうか?
「私がいない間にね、女の子と連絡とかしてないよね?」
「え? 何で?」
「……ハルくん、モテるから」
「いや、別にそんなことないけど」
「うそ。ハルくんモテるもん。……だから私、ちょっと不安になっちゃって」
小さなテーブルの上に置いてある俺のスマホを睨む少女。その目はさっきまでとは別人のように冷たい。
「なんてね、うそうそ。私、ハルくんのこと信じてるもん」
「あはははは。そうだよね」
「うん。だから本当はね、朝ごはん、パンかご飯どっちがいいか、それを聞きに来たの」
「そうなんだ。えーっとじゃあ……ご飯でお願いできるかな?」
「分かった! 腕によりをかけて作るから、楽しみにしててね!」
少女が部屋から出ていく。俺はその姿に安堵の息を吐こうとして、けれどそれを飲み込む。少女は俺に背を向けたまま、小さな声で言った。
「ねぇ、ハルくん。ハルくんちゃんと、
「…………もちろんだよ」
「うん。分かってる。そうだよね。……分かってる。分かってるから」
今度こそ少女が部屋から出ていく。妙な緊張感から解放された俺は、魂が抜けたように大きく息を吐く。
「ほんと、どうなってんだよ」
立ち上がり、その辺に転がってる制服に袖を通し、そのままベッドの上を確認する。……が、行為の形跡があるのかないのか、未経験なので分からない。
「……落ち着け。冷静になれ、俺」
訳がわからない。頭が痛い。いくら頭を悩ませても何も思い出せない。……けれどそれは、単に寝ぼけてるだけかもしれない。きっと美味しい朝食でも食べたら、全てを思い出すだろう。そうに決まってる。……そうであって欲しい。
人間、ピンチの時ほど前向きでないといけない。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
そんな甘い考えを否定するように、テーブルの上のスマホから着信を知らせる音が鳴り響く。そこに表示されている名前はさっき少女が口にした……『白山』だった。
そうしてここから、楽しい楽しいラブコメが始まった。
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