第30話 カインとアベル


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『騎士になったら、魔物をバンバン倒すんだ!初代聖光騎士デュラン様みたいに!』

『お前、その伝説好きだな』

『だってカッコいいし!この国の始まりなんだよ!誰だって憧れるよ!』


 目を輝かせて語る弟。ローブ国民なら誰もが知っている伝承を嬉々として話し出した。アベルは脇に置いていた模造剣を取って、稽古を再開した。


『カイン!練習しよう!』


 アベルに促されてカインも剣を取る。カインは剣を片手に持ち構えたが、アベルは両手に持ち胸の前に抱えた。


『おい、またそれやるのか?』

『いいでしょ!カインもやって!』


 カインは『しょうがないな』と溢しながら、胸の前に掲げる。これは騎士になった者がデュラン像の前で誓いを立てる時のポーズである。


『誓いをここに!

我が肉体は不屈なり!我が魂は不滅なり!

神の祝福を受け国家と良民を護るため、忠道をここに示す!』


 満悦の笑みを浮かべるアベル。

 弟の夢を見たのは久しぶりだった。5年前の出来事があってから、夢に出てくるのは燃え盛る村と竜の軍勢、それを何も出来ずに眺めていただけの自分だった。


 穏やかな日々を、優しかった人々を、飼っていた羊たちや育てていた作物、そんな当たり前だった風景を思い出せたのは、美嗣に過去の話をしたからだろうか。


 カインは日も昇らない時間に目が覚めた。一番早起きの美嗣よりも早くベッドから下りて、窓辺に行き、寝静まっている町を眺める。まだ微睡みの中で弟のことを想う。


◼️


 カインとアベルには両親がいなかった。早くに亡くなり、兄弟は叔父さんに育てられた。彼は小さな牧場と畑をやっており、カインは野菜を育て、アベルは羊の世話をしていた。午前は学校へ行き、午後は家の手伝いをして、裕福ではないが平穏な暮らしをしていた。


 カインとアベルの容姿はあまり似ていない。褐色肌と白髪はカインやカインの父・叔父の特徴で、これは南部民族の血を色濃く受け継いでいるそうだ。だが、アベルの肌は白く栗色の髪であった。母の生き写しのような容姿をアベルも喜んでいた。


 何よりも騎士に憧れていたアベルは将来は騎士になることを望んでいた。そのために剣の練習をしていたし、神力を操り加護を発動できるように鍛練とイメトレをしていた。神力は微力なら日常使いに問題なく使えるが、スキルとして使いこなすには練習が必要だ。


 己の加護が判明するのはだいたい8歳から10歳の間だった。自然と風を操れたり、火を起こせたりと加護が形を為す瞬間は漠然としており、法則性もない。


 一説には加護は神の賜り物ではなく、森羅万象との相性ではないかと言われている。親子や兄弟であっても加護が全く違う事があり、その種類も千差万別である。カインは風の加護を授かり、それを圧縮して飛ばす事ができる。丸太の的に向かって氷風の劔を練習する姿を、アベルは羨ましそうに見ていた。


『いいな~、いいな~!ぼくも加護が早く芽生えないかな~』

『何の加護がいいんだ?』

『炎がいい!騎士団のガエルみたいな!』

『ガエル?』


 カインは『ガエル』の事を訊ねた。2週間前に騎士団がノド村に来たらしい。最近、竜が周辺を彷徨いたらしく、見廻りのために立ち寄ったという。ちょうどその時に竜が出現。ガエル達が見事に退治したようで、アベルは羨望の眼差しを向けた。ガエルと話をしたようで、その事を嬉しそうに話してきた。


『ガエルが放つ炎の柱が竜を焼き払って!スゴかったんだよ!』

『へぇ……、俺は王都へ行っていたから、見れなかったな』

『ぼくもあんな風にカッコいい技が使いたいな』

『そうだな』


 日が傾きかけたので、二人で家路に着く。茜色に染まった空が栗色の髪に射す。日が沈んでいる空の反対側は藍色に変化しており、暗い森と溶けるようであった。


『竜……来ないよね』


 アベルは東の空を見つめる。この森の更に奥に、紫霧の森がある。そこに竜が棲みついているという噂があり、最近遠目に竜の姿が見えたりした。村でも警戒をしているが、具体的な対策は何も講じていない。不安が渦巻いているが、その時はまだ大丈夫だと楽観視していた。

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