第32話 帰郷


 3


 大通りから少し離れた花屋に向かうカイン。店主はカインの顔を見ると、用意していた青い薔薇を渡す。毎年、10月20日にこの花を買っているので、取り置きしているのだ。


 店主は『神の祝福を』と言葉を添えて薔薇を渡した。欲しいものを買って正門に戻ると、借りている馬のあぶみに足を掛けている美嗣を見つける。自分より高いくらに手をかけるが上手くいかず、地面に落ちてしまう。


「何やっているんだ?大人しくしていろと言ったろう」

「ご、ごめん!馬って乗ったことなくて!ちょっと練習しようかなって!」


 カインは溜め息をついて、馬の手綱を取り先に馬に乗る。美嗣に手を伸ばして引っ張り上げる。馬の腹をけり常歩で進ませる。門を出て東へ歩いていく。美嗣はカインの胴に腕を回して、上下に揺れる馬から落ちないようにした。常歩に慣れてきたら、会話する余裕が生まれた。


「本当にいいの?私が付いていって?」

「いいさ、別に隠したい事じゃない」

「でも、カインは故郷の事を探られるのが嫌じゃないの?」

「お前も自分の辛い過去を話してくれただろう。だから、お互い様さ」

「私の話なんてたいした不幸じゃないよ」

「不幸な事に大事も小事もねえよ」


 二人はカインの故郷・ノド村に行くために東へ向かっていた。馬で二時間ほど行くと丘が見えてきた。その先にあるのがノド村だった。民家は焼け落ち蔦が蔓延り、今は廃村となり忘れ去られた村。5年前から時が止まり誰も寄り付かなくなった場所に、何故か人影があった。盗賊や浮浪者が住み着いている事があるので、警戒しながら近付くと彼らは瓦礫を撤去していた。


 カインと美嗣が話し掛けるとその者はその家の親戚だという。以前から遺品を取りに何度か来ていたが、村を再興するために何か出来ないかと考えているらしかった。カインは彼らの厚意に期待と心配が入り交じる。


 いつかは復興したいとは思っていたが、まだ竜の脅威がある内は現実的じゃないと思っていた。だが、彼らは危険は承知で行動していた。このまま悲劇の村で終わらせたくないからだ。


 王政も騎士も信用できないし、何も望まない。自分達で行動しなければ何も変わらないと……。

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