第31話 何しに来たんだ

 それから四日後、カインは野菜を売りに王都へ向かう。羊の肉は精肉店に卸すが、野菜はそのまま王都にある料理屋へ納品していた。


 馬で二時間はかかるので帰る頃には日が暮れている。カインは野菜を届けると料金を受け取る。真っ直ぐ馬車へ向かわず、鍛冶屋の方へ向かった。鉄を叩く音に負けないように店主に声をかけ、訓練用の安い剣を一本買った。


 模造剣もいいがそろそろ本物の剣で練習をしてみたかった。アベルにはまだ早いが、剣を見て喜ぶ顔が今から想像できる。


 寄り道をしたせいで遅くなり、日が落ちてしまった。ランプの灯りを頼りに道を進んでいたが、村に差し掛かった坂道で異変に気付く。


 すでに太陽は沈み真っ暗なっているはずの空が赤く光っている。


 それは民家の光でもなく、焚き火の光でもない、ゆらゆら動く光が丘の先一帯に広がっている。カインは不穏な空気を感じて馬を走らせた。丘を越えた先に見えてきた光景は、燃えている村だった。


 家も畑も学校も教会も、すべて燃えている。そして、煙火の中を蹂躙するように黒い影が飛び交う。


『……ヴィーヴィル……』


 竜の襲来。

 奴等は家を踏み潰し、中にいる人を食らい逃げだす人を襲っていた。カインは惨劇に茫然としてしまったが、すぐに叔父やアベルの事が頭を過る。

 丘を下りて家へ向かう。

 街の中心から離れているため火の手はまだ回っていなかった。だが、羊の牧場が見えてきた所で竜に襲われているアベルが目に飛び込んできた。


 アベルは模造の剣で抵抗していたが、木の棒で竜に打撃が入ることはなく、肢で押さえつけられ胸を裂かれる。激昂したカインは持っていた剣で風の刃を放つ。竜の目に当たりアベルから牙を抜いた竜に向かって、もう2発スキルを当てる。肌感でしかないが、大技が使えると確信したカインは初めて奥義を放った。


『切り裂けっ!』


 竜の頭は旋風で切り裂かれていく。運よく急所を狙い続けたことで竜は絶命し、その場に倒れる。


『アベルぅぅ!』


 駆け寄ったアベルの体は血塗れで、胸部の下が抉られていた。肺に穴を空けられ息をするのもやっとだった。


『すごいや、カイン……ヴぃーヴイルを倒すなんて……ぼくにも、できるかな…』


 弱々しい声と虚ろな目。カインは弟の死期を悟った。


『ダメだ!ダメだ!ダメだぁ!

死ぬな!死んじゃダメだ!

騎士になるんだろう?なぁ……』


 アベルの頭を胸に抱え、優しく語りかける。アベルは血の混じった呼吸の中でなんとか言葉を紡ぐ。


『カインなら……なれるよ、りっぱな、騎士に……』


 アベルの呼吸は途切れてしまう。カインはアベルの名を何度も呼んだが、彼の死を突きつけられ泣くことしかできなかった。



 騎士団が到着したのは半日が経ってからだった。報せを受けたのは明け方だったのに、団長の判断と手配が遅れて、昼過ぎに事実を知ったガエルと他数人が馬を走らせ、すっ飛んできた。


 すでに竜は立ち去り、火も収まり、一番近くの村人が数人様子を見に来ていた。ガエル達は人手を分けて生存者を探した。だが、見付かるのは人の体の一部や残骸のみであった。


 クロエが丘の上で生きている子供を見付けた。


 ガエルが近付くとその子供は幼い子供を抱えて項垂れている。膝の上に横たわる少年は胸部の血も渇き呼吸をしている様子がない。ガエルは俯く少年に声をかける。


「君、怪我はないか?」


 カインが視線を上げると、真っ先に青い薔薇が目に入る。騎士の紋章に思考を取り戻し、甲冑姿の男に怒りの感情が沸き上がる。


『何しに来たんだよ……お前たち……』


 カインの声はか細く、消えそうだったが、その憎悪は伝わってきた。絶望に染まっていた瞳は、今は激情に変わっていった。


『何しに来たんだよ!お前ら!

竜はもう去っていった!みんな食われてぇ、村は燃え尽きたぁ!

今さら、騎士団が何しに来たんだよ!』


 ガエルは何も答えられなかった。カインはアベルの遺体を抱えて、立ち上がる。手を貸そうとしたクロエに怒鳴り、去っていった。


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