レベル7

第41話 政権交代


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 「これ、できた」


 アーシェは写真機と現像された写真をガエルに提出した。必要な写真だけを抜き取り、クロエに託した。これがあれば教会の売春に関与した貴族達を芋づる式に摘発できる。これで大半の名家は世代交代することになるだろう。あの方の息がかかった者に家督を譲らせる事ができる。



 シャルル城では議会が開かれていた。議題はもちろん国中から集まった訴状についてだ。多くの者が竜王・ゴルドバベラムの討伐を望んでおり、王政の煮え切らない態度に不満を抱いている。


「今年だけでも竜の被害は300件を超えており、死者は257名、負傷者は105名にまでのぼっています。この事態に対し、王政はなぜ静観したままなのでしょうか?」


 王太子・ルイスの発言に現王シャルル24世は何も答えない。ルイス王子の次に発言したのはロレンス卿であった。


「半年ほど前に、王政は冒険者に対して竜王の討伐を依頼しました。結果は惨敗。これはこの国の戦力を半分も削ってしまったようなものです。このまま騎士に討伐を命じず、その場凌ぎでやり過ごすつもりなら、この国に未来はないでしょう」


 まだ24歳のロレンス卿の言葉にお歴々れきれきの貴族達は返す言葉もない。保身のために強気な行動を取れない彼らを心底軽蔑しているロレンス卿は、新たな一手を踏み出す。


「私は今ここで、王の不信任を提示し、玉座の明け渡しを要求します」


 その言葉に議会は騒然となる。石のように固まっていた貴族達はロレンス卿を非難し、「不敬な!」「若造が!」と声を荒げた。それを静めたのはルイス王子であった。


「何を言っているんですか?この国は立憲王政です。王室よりも法律が上に立つ。ならば、不信任決議を行い、半数以上の議決が集まれば王の失脚もあり得ます」


 ルイスの全うな意見に皆たじろぐ。以前なら一人の貴族が不信任を起こした所で、心配要素などなかった。だが、今は家督の入れ換えが起こり、半数以上がルイス王子の支持者になっている。


「議決に応じてもらえますよね?父上」


 ルイスは父にやんわりと同意を求めた。シャルル24世は唸るだけで何も答えなかったが、ルイス王子は不信任決議を押し進めた。



 エメが騎士団を辞めてから、最初に飲んだ時、近況や仕事の話より、真っ先に『彼』の話になった。ノド村の生き残りだということで有名だった彼は、10歳という幼さで冒険者になり、高い戦闘力と賢明な判断力で生き残って、実力をつけてきた。エメが冒険者になってすぐに組んだらしいが、騎士にも引けをとらないスキルと奥義を持っていて、それに慢心しない堅実さがあると評価した。


 だが誰にも心を開かず、彼の過去を探ったり揶揄ったりする者を徹底的に拒絶していた。エメも打ち解けるのに時間がかかったという。


『……最初はさ、同じ境遇だと思っていたんだ。私も家族を竜に食われた。己の無力さと竜を呪ったよ。でも、カインはこの国の事も……呪っているのかもな』

『騎士は無能、教会はお飾り、国は我が身可愛さだと言われているな』

『あんたがそれを言うのかい?』


 エメはワイングラスを回しなから笑った。彼女の故郷の酒は酸味が少なく、芳醇な香りがする。


『なあ、ガエル……。この国は変われるかな?』


 あの時の俺は何も答えられなかった。


 当時の騎士団長は実力もない上に保守的でゴルドバベラムの討伐どころか、竜の討伐すらも対処しなかった。そもそも王命がなければ、隊の派遣すらできない。今の国王や王政がただでさえ少ない戦力を割くわけがない。自分が団長になっても、王や貴族達が変わらなければ、この国は爪先からじわじわと竜に食われていくだけだ。


 年々増加する竜の被害に、失意で押し潰されそうになっていたガエル。そんな彼に転機が訪れたのは、王太子との謁見だった。まだ14歳のルイス王子はこの国の現状を何よりも憂いていた。そして、自分が成人になるまで待って欲しいと言ってきた。成人で即位すれば摂政は要らず、彼の意志で王命を下すことができる。


 ガエルは待った。2年の間に騎士を育て、団長を追放し、軍備を整え、時を待っていた。


「ガエル団長」


 クロエの呼び掛けに目を開けるガエル。彼女はルイスが見事王座を勝ち取った事を告げた。ガエルは机の上の『写真』に視線を向ける。あの時の少年の言葉が今でも耳にこびりついていた。


 『何しに来たんだ』


 何も出来なかった日々を呪い、悔しさに苛まれながらも、ようやくこの時が来た。彼のために『竜王を討つ』時だ。


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