第37話 覗きはダメ!絶対!


 アリアナは一本道を真っ直ぐ進む。人の手入れがされなくなったらしく、草が生え木柵も朽ちていた。森を抜けると泉が見えてくる。湖面は青く澄み渡り、強い生命力を感じる。聖母アニエルが亡き後もこの場所だけは神聖を失っていなかった。


 アリアナは衣服を脱ぎ、髪をほどいて祈りの言葉を捧げてから、泉の中へ入る。冷たい水に身体を震わすが、浸かっていると奥からじわりと温度を感じる。泉に残っている神力が力を与えてくれるのだ。


 アリアナは祈った。

 国の行く末や竜の動き、これから起こる災厄を予見できないか神に祈る。伝承によると、聖女が祈る事で水面に少し先のビィジョンが映し出されるそうだが、何も映らない。


 アリアナは自分の力不足を嘆き、せめて皆の安全だけでも祈っていると、草を踏む音が聞こえた。後ろを振り返ると、神父とギレム卿が立っていた。


「神父様。何を血迷った事をしているのですか!男子禁制な場所です!すぐに引き返して下さい」


 裸体の羞恥より、怒りの方が勝った。一糸纏わぬ姿のアリアナを見てほくそ笑む神父とギレム卿。


「神聖な場所?ただ神力を補填できる泉ではないか。疲労回復のためにわしも浸かっていた事があるぞ」


 ギレム卿の言葉にアリアナは愕然とした。二人が何の目的でここに来たかはどうでもいい。神が残してくれた聖遺物さえも汚してしまい、涜神とくしんは留まることがない。


「あなた達はどこまで神を冒涜するのですか!祈りの塔だけに飽き足らず、聖光の泉まで汚してしまうとは!」

「汚すも何も最初から清廉なものも神聖なものもないのだよ。神力さえあれば奇跡など不用。今は只の像になっている神など拝んで、何になるというのだ」

「いいえ、奇跡の力は必要です。聖女が祈る事で国の危機を予知できるはずなのに、あなた達はその可能性も潰してしまいました!信仰を捨て金策を優先した結果がこれです!」

「なら、君には未来が見えたというのかね?」


 嘲笑するグザヴィエをアリアナは睨む。ずっと胸の奥に閉じ込めていた怒りを神父にぶつけた。


「今の私は冒険者です。聖女ではありません。ですが、そんな私でも見える未来はあります。あなた達の破滅です!」


 強気なアリアナの態度に眉をひそめていると、シャッター音が聞こえる。振り返ると美嗣が写真機で現場を撮影していた。


「はい!証拠写真いただきました~!男子禁制な聖光の泉に神父が進入!しかも、聖女を襲おうとしているとは!いや~、スキャンダルですな~!」

「なっ、貴様!ふざけた事を!」

「ふざけてんのはどっち~?信仰も規則も守らない、性欲に溺れたゴミどもは落ちぶれればいいのよ!」


 怒鳴り散らすギレム卿を黙らすために美嗣は写真機を収め、剣を抜いた。普段は丸腰の美嗣が帯刀していたのは、脅しの道具にするためだ。実際に襲われたら簡単に倒される。


「大人しくしてよ!それとも痛い目に遭いたい?」


 剣を構えて強者っぽく見せる。神父は愕然として項垂れていたが、ギレム卿は逆上して襲ってきた。

「えっ、ちょっ、うそうそうそ!」

 美嗣は驚いて避けたが、取り押さえ方など分からずあたふたしてしまう。ギレム卿と睨み合ってると彼の頭部に何かが当たり、気を失ってしまった。

 完全に伸びている彼を確認して、周囲を見回したが誰もいない。助力してくれたのはカインでもレイでもなさそうだった。木の上から様子を見ていたアーシェは静かに去っていった。

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