第26話 やろうぜ!
◼
その日カインは戻って来なかった。カインが居ないと依頼も受けられないので、部屋で待っていたが夜になっても戻らなかった。捜しに行きたかったが、今追いかけたらもっと嫌われそうで止めた。
カインは夜更けにハウスへ戻ってくる。階段へ上がる前にエメに話しかけられた。
「ミツグとは仲直りした?」
エメは奥の席で一人で晩酌していた。呼ばれてテーブルに着いたカインのために、エメは酒を注ごうとした。
「やめてくれ。酒は飲まない」
「16で飲酒が許されているのに律儀だね。みんなあんたくらいの歳には飲んでたさ」
「飲酒で醜態晒している奴を何人も見てきた。俺はああなりたくない」
エメは迷惑にならない程度に声を出して笑う。立ち上がって棚からワインを一本持ってきて、カインに差し出す。
「私の故郷の酒さ。あんたにやるよ。飲みたくなったら開けるといい」
「なんでみんな酒を飲むんだか?自制が効かなくなるのに」
「好きで楽しく飲んでいる奴もいるし、溺れたくて飲んでいる奴もいる。良くも悪くも何かを吹き飛ばせる事は都合がいいのさ」
カインはエメの言葉を考えながらラベルを撫でていた。話は自然と王命の話になる。
「あんたの気持ちは分かるよ。私も同じさ。結局この国は何も変わらなかった」
「……止めるべきじゃないか?何人かは紫霧の森へ行こうとしていたぞ」
カインは王都を見回ってきたが、竜王討伐の件で持ちきりだった。だが、騎士団が軍備を整えている様子はない。いくら頭数がいてもゴルドバベラムを打ち倒すには、力不足だ。
3年前に冒険者協会の中で一番強いパーティーがあった。アタッカー、シールダー、ヒーラー、バッファーと、必要な戦力は全て揃っており彼らの実力も確かなものだった。カインも一時期そのパーティーに所属していたが、リーダーの戦闘力は今のカイン以上であった。
だが、彼らは全滅した。
何日経っても戻って来なかったので、紫霧の森へ捜しに行くと、彼らの礼装や装備だけが洞窟の近くから見つかった。補食された後、それらは消化されずに吐き出されたのだ。誰もが絶望と落胆を植え付けられ、今日までゴルドバベラムを倒そうとする者はいなかった。
だが今回、3年前の出来事を知らない者や、知っていても恐怖が風化してしまった者が徒党を組み始めている。白銀クラスの冒険者も名乗りを上げたことで、熱気は収まらない。カインは顔の広いエメに止めて欲しかったが、エメはこの討伐に参加する気だった。
「この5年、王政や騎士団を信じて待ってみた。けど、奴らは梃子でも動かない。腐りきって中身がない樹木からは、青果は実らないのさ……」
そう毒づきワインを喉に流し込むエメ。ボトルに貼ってあるラベルを見て故郷と亡き家族を思い出す。
「カイン、やろうぜ!私達でこの国を護るんだ!これ以上竜の犠牲者が出る前に……」
カインはしばらく黙っていたが、グラスを持って掲げた。エメは杯を交わしてカインの意志を受けとる。
「ミツグとは仲直りしておきなよ。さっき見かけたけど、相当落ち込んでいたよ。よほどあんたが好きなんだね」
「……ああ、気味が悪いほどにな」
笑いながら凸凹コンビを揶揄う。忌避しているのなら、なぜ一緒にいるのか訊ねた。
「初めて会った時、あいつは家も家族もいないと答えた。いつも変なことばかり口走るし、奇声や悲鳴を上げて楽しそうにしているんだが、あの時のあいつの目は笑っていなかった」
カインは瞬時に感じ取った。
親とは死に別れだろう。そして、それは凄惨なものである可能性があった。『親がいない』と言った時、思考を止めていたからだ。それはカインが故郷の事を聞かれた時と同じである。
「そう、似ているんだね。あんた達……」
エメにそう言われて少し不服そうな顔をするカイン。次の日、泣きながら謝ってくる美嗣を見て、更に眉間に皺を寄せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます