第35話 百合は聖域!


 その塔は祈りの塔と呼ばれている。

 シスターが3日3晩神に祈りを捧げるための場所で、祈祷中は塔への出入りは禁じられている。月に1度決められたシスターが水と食料を持って、塔の最上階の部屋で寝起きする。


 食事と睡眠以外は祈り続け、その忠信が一定まで達すると神が祈りを聞き届け、願いを叶えてくれるという。美嗣は妖翅を使って塔をよじ登る。出っ張りや窓の部分を足場にして、最上階の窓脇へたどり着く。中を覗くとシスターが一人ベッドの側で祈っていた。現在夜の10時。就寝前のお祈りだろう。


 部屋の中には一人だけのはずなのだが、ゆっくりとドアが開いた。扉の向こうにいたのは中肉中背の男で、神聖な祈りの間にズカズカと入ってきて、ベッドに腰を下ろす。


「ほれ、早くこちらへ来ぬか」


 男に言われてシスターは彼の側に寄り、ベッドに座る。男が肩を回し、下卑た自然を彼女に向けた。


「あの、純潔は守ってもらえるのでしょうね」

「もちろんだ!聖女を穢しはしない!」


 シスターは重い息を吐いて、服を脱ぎ始めた。美嗣はその場面を写真機で撮影する。


「はぁ……、あんなクソおやじにセクハラされて、嫌だろうな……」


 これ以上は胸くそ悪くて見ていられないが、こんな淫行が蔓延るのも仕方がなかった。魔族がいなくなって最も権威を失ったのが教会であるからだ。


 500年前に外の脅威が無くなったことで、神力による加護や奇跡を望まなくなり、神はただのお飾りとなった。信奉者は年々減り続け、お布施もなくなり、土地や人員を減らしても財源を確保できなかった。


 そして、行き着いた結果が売春であった。今、部屋の中にいるのは服装からして貴族であろう。権力者に媚びを売って融資をしてもらう他に教会が生き延びる術はなく、もう100年近くこの悪習が続いている。


 美嗣は数枚の写真を撮って、塔を下りる。陰を縫ってこっそり宿舎に戻ろうとしたが、アリアナと鉢合わせしてしまう。寝巻き姿の彼女は美嗣が出ていくのに気付いて、後を付けてきたという。祈りの塔を見上げて、事情を知っているのか聞いてきた。美嗣は黙っていた。


 本来はアリアナからの独白により淫売の事実を知るのだが、美嗣はその過程をぶっ飛ばした。性的被害を暴露する事ほど辛い事はない。だから黙ってストーリーを進めようとしたが、アリアナは自分の過去を明かそうとした。美嗣と二人でベンチに座り、話を聞く。


「私がシスターになったのは、孤児で行き場がなく、村の教会で育ったからです。そのまま修道女となり、14歳でアニエル大聖堂に異動してきました」


 聖光教会の総本山であるアニエル大聖堂への異動はアリアナの信仰と期待を高め、より一層務めに励むようになった。だが初めて祈りの塔へ入った時、その希望は絶望へと変わった。


「裸を見られたり、触られるのはとても不快で、でも逆らう事もできなくて……その日は相手が帰った後も、苦しさと悔しさで眠れませんでした」


 どことなく同僚のシスターに生気がない事を不可思議に感じていたが、信仰の中枢である大聖堂の悪事にただただ失望した。そんな日々が半年も続いた時、純潔までも失いそうになって、アリアナは相手を燭台で殴り、塔から逃げ出してしまった。


 暴力を振るったという罪悪と逃げたしたという恐怖から、アリアナは聖堂へ戻れずに野宿をしていると、アルバニが迎えに来てくれた。罰せられる事を覚悟したアリアナだったが、アルバニは彼女に今までの賃金を渡して教会から追放した。その後はばつが悪くて故郷に戻れず、生きるために冒険者になったという。


 アリアナの独白が終わると、美嗣は涙と鼻水を流し始めた。


「アリアナ…………その、……ごめんなぁさぁいぃぃ!」


 美嗣は顔面を変形させる勢いで号泣した。アリアナは困惑で何も言えない。


「わたしぃ!はじめて会ったときにぃ!押し倒してぇ!身体中触りまくってぇ!よく考えたら初対面の奴といきなりベッドインなんて、嫌だったよねぇ!本当にごめんなぁさぁいぃ!」


 美嗣はベンチの上で土下座して謝った。ビックリしたアリアナが慰める。


「いえ、嫌なんて思っていません。確かに自暴自棄ではありましたが、嫌悪感はなかったですし…………それに、きもち良かったです」


 最後の方は声が小さくて聞こえなかった。


「ミツグさんこそ、私が穢れて見えたのではないですか?処女ですが男性に嬲られた体です。聖女などとは程遠い、汚れた女です」

「そんなことないよ!アリアナは綺麗だよ!それに百合セックスならセーフでノーカンだから、大丈夫だよ!純潔は保たれた!」

「ゆっ、ゆり、セックス?」

「そう!百合は聖域なのだ!」


 涙と鼻水で崩れた顔で真剣に訴える美嗣の姿に、アリアナは嬉しくなって自然と笑みが溢れた。夜も更けてきたので、二人で手を繋いで宿舎や戻っていった。


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