レベル5

第29話 推しといられれば……


 1


 冒険者達の大敗はすぐに王都に広まった。

 死者27名、負傷者12名。これにより王国内の冒険者の数は3分の2まで減ってしまう。多数のパーティーが機能停止になり、今はその再編成と立て直しを余儀なくされている。


 冒険者協会ローブ支部は事態を重く受け止め、王命の掲示を取り止めた。また、多くの実力者が亡くなった事で依頼の振り分けにも影響が出ており、王国側への抗議も考えていた。


 中層ハウスも人が減り、静けさが漂う。エメがリーダーを勤めていたパーティーは、討伐に出掛けなかった副リーダーが後を引き継いだ。エメは自分に何かあった時のために副リーダーを王都に残していたのだ。だが、エメという屋台骨を失った事は大きく、しばらくは大きな討伐の仕事は受けない事に決めた。


 美嗣はあれから部屋に引きこもっている。

 簡単な仕事を受けに外へ出ることはあるが、以前のように積極的に魔物を倒しに行くことはなくなり、ダンジョン周回も行かなくなった。ベッドに横たわっては鬱々としている。


 アリアナが声を掛けても『大丈夫』と笑うばかりで、本心を語ろうとしない。むしろ、恐い思いをさせてすまないと謝ってきた。美嗣の様子が心配でアリアナはカインに相談する。カインは美嗣のベッドに座り、様子を窺う。


「調子はどうだ?」

「よくは、ないね」


 笑う気力もなくなってきた顔はすぐに無表情へ戻ってしまう。だが、カインには謝らなければならない事があった。


「ごめんなさい、カイン。私がゴルドバベラムを倒そうなんて言わなければ……みんなも、エメも、死ななかったかもしれないのに……」


 最後の方は嗚咽で言葉にならなかった。1度涙を流すと後悔と懺悔で押し潰されそうになる。咽び泣く美嗣にカインはそっと頭を撫でた。少し落ち着いた美嗣にカインは優しく語りかける。


「ミツグ、エメの事はお前のせいじゃない。彼女が選んだ事だ。ゴルドバベラムの討伐はエメの悲願でもあった」


 エメの家族は竜に食われた。

 北東の小さな村で家ごと襲われ、中にいた両親と妹は抵抗も出来ずに亡くなった。エメはその事がきっかけで『騎士』を辞めた。いや、以前から騎士団の及び腰な態度に煮えを切らしていたが、家族の件で残っていた信頼と期待もなくなったのだ。


 その後冒険者となり、積極的に竜を狩っていた。カインの事を気にかけていたのも、同じ痛みを背負っているからだ。エメの気持ちは美嗣にも痛いほど分かる。美嗣も親を理不尽に亡くしているからだ。


 美嗣の両親は事故で亡くなった。

 トラックの信号無視による衝突事故。横からなぎ倒されて、運転席の父親は即死、母親も変形したボンネットが刺さり死亡。遺体はひどい損傷で目も当てられない程であった。後部座席にいた美嗣はぶつかった衝撃で脳震盪を起こしたが無事であった。ガラスの破片で全身血塗れの中、目を覚ますと無惨な姿の両親を見て発狂した。


 美嗣はいつの間にか家族の話をカインにしていた。グニタヘイズの砦でもひどい死に様を見て、両親の事がフラッシュバックしかけていた。カインは心配したが、今は落ち着いていると答えた。


「カインは平気なの?」


 あの惨劇を見て平然としていられる者などいない。アリアナも悪夢に飛び起きては窓辺で祈りを唱えていた。


「俺は、慣れてしまったかな……。もちろん、死が当たり前な訳じゃない。けど、多く見過ぎたせいで、どっか壊れちまったんだろうな」


 非情だと言えば非情だが、彼が冷静であったからエメの決意を受け取って、美嗣を連れ出せたのだろう。カインのタフネスに感服する。


「そう、私は、ダメだな。なんにも考えられなくなっちゃう。両親が死んだ直後は、何して過ごしていたのか覚えていないの……」

「ああ、分かる。脱け殻になっちまうんだよな。俺も当時の記憶は曖昧でさ。でも、焼ける村や竜に襲われる人達、弟の死に様が夢に出てきて、しょっちゅう魘されるんだ」

「私もあるよ。なんで強烈な出来事は忘れてくれないんだろうね?」


 カインはふっと笑った。やはり彼は美嗣が好きになったキャラだ。もちろん、見た目に惹かれたのが最初だが、家族を失いそれでも強く生きている彼に美嗣は元気を貰ったからだ。


 高校を卒業して無感情に働いていた美嗣は『神領』と出会った。もともとソシャゲは熱中していたのがいくつかあったが、両親が亡くなってからは全部止めてしまった。気晴らしになるかと思って始めたゲームでカインと出会った時、彼の生い立ちに涙が止まらなかった。


 ストーリー上のキャラ付けだし、フイクションなのも判っていた。でも、さっきの言葉をゲーム内で語っており、自分の事とリンクさせていたのだ。


「カインはやっぱりすごいね。だから、私はあなたがずーっと好きなの!」


 美嗣の発言にカインは眉をひそめる。以前から不思議に思っていた疑問をぶつける。


「ミツグ。前から聞きたかったんだが、俺とどこかで会ったのか?」

「毎日会ってたよ!1年半前からね!」


 毎日ゲームを起動してカインのプロフィール画面を眺めて、『おはよう』から『おやすみ』まで共にした。ニヤニヤした顔で嬉しそうにする美嗣に、いつもの不気味さを感じる。


「やっぱりお前、頭のおかしい奴だな」


 呆れ顔のカインを見て、さらに顔がにやける美嗣。もう、推しキャラを最強にするとか考えるのは止めよう。推しといられれば、それだけで十分だ。

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