第12話 テスト終わりの放課後

 一週間後、高校生になってから初めてのテストが無事に終了した。

 教室内では一夜漬けをしたのか眠そうに机に突っ伏していたり、正反対に解放感から大いに盛り上がっている人が散見される。俺たちはその後者だ。


「やっと終わったな! 綾人あやと、打ち上げしようぜ!」

「私も行きたい!」

「みんなで行こー!」

「「「おーーー!!!」」」

「……いや、お前ら部活だろ」


 俺は帰宅部だからまだしも海佳うみか遥香はるか、そして陽太ようたは部活の練習が再開する。

 残念ながら、テストが終わったからといって、今すぐ遊びに行けるわけではない。


「じゃあさ、部活が終わったらみんなで夜ご飯食べに行こうよ!」


 ノリノリの海佳がそう提案すると、陽太と遥香は迷うことなく賛成の意を示した。もちろん俺としても断る理由がないため、二人に続いて賛成する。

 桜島さくらじまさんも一応誘おうと思ったが、彼女はいつも通り多くのクラスメイトに囲まれていた。今俺が出ていけば、絶対変な目で見られてしまう。よし、やめておこう。


「俺たちは部活に行くけど、綾人は終わるまでどうする?」

「んー、暇だしその辺ぶらぶらしとくよ」


 と言っても、三人の部活が終わるまで結構時間がある。

 学校内の探検はよくするため、さすがに長時間の探検は飽きてしまう。どう時間を潰そうか。


「えー、たまにはバドミントン部の見学にでも来てよ」

「そうだよねー、可愛い女子たちが汗かいてる姿見れるよー。綾人くん好きそうだし、来てみたら?」

「うわー、綾人。それはさすがに引くわ」

「綾人……」


 ……もしかして俺、ただの変態だと思われてる?

 いや、え? 俺、そんな風に思われてたの? 普通に泣きそうなんだけど。


「偏見はやめろ。俺よりも遥香の方が汗好きそうだろ。男の運動後の汗とか好きそうな顔してる」

「ひ、ひどいよ綾人くん! 私はそんな変態じゃないのに! 綾人くんこそ偏見やめて!」


 お前が始めたことだろうが。

 俺と遥香が睨み合っていると、「そういえば……」と何かを思い出したかのように海佳が口を開いた。


「少し前に遥香言ってた気がする。男子の汗の匂いよくない? って。私はよく分からなかったけど」


 まさかのカミングアウト。

 海佳を除く俺たち三人は、あまりにも突然の爆弾発言をされて硬直してしまう。

 遥香は恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながらぷるぷる震えていた。対して爆弾発言をした当の本人は何も分かっていないのか、ずっと不思議そうにこちらを見ている。

 ありがとう天然海佳。やっぱりお前は最高だ。


「……海佳っ! それ絶対誰にも言わないでって言ったじゃん!」

「そ、そうだっけ? ごめんなさい……」


 どうやら遥香が汗フェチだということは、誰にも知られたくない秘密だったらしい。

 てか、遥香だよな? 俺が女子の汗好きそうって言い出したの。お前、ブーメランじゃねぇか。


「……消して! 今すぐ記憶消して!」


 そう言って俺と陽太の頭を思い切り殴ってくる。

 余程知られたくなかったようだ。


「わかった! き、聞かなかったことにするから殴るのはやめてくれ!」

「ほんとに?」

「誓う! はい、今の記憶は消えましたー」

「ふざけないでー!!」

「「うぐぉっ!?」」


 続いて、かなり強烈の顔面ビンタをお見舞いされた。陽太は俺と逆の頬をビンタされたようだ。

 めっちゃ痛い……が、もちろん記憶は消えていない。


「誰にも言わないって誓う?」

「「……」」

「誓うよね?」

「「……はい。誓います」」


 意識的に記憶を消すことはできないが、今すぐにでも記憶を消したいと思ったのは今日が初めてだった。



 その後三人は部活に行ってしまい、俺は学校内を適当に探検することに決めた。

 まだ入学してからあまり時間は経っていないが、幾度となく探検しているため何がどこにあるかは大体把握できている。

 することがないため仕方ないが、数十分も歩くとやはり飽きてきた。図書室にでも行こうかと進路を変更したところで、偶然桜島さんと遭遇する。


「……あ、桜島さん」

藤山ふじやまくん。テストお疲れ様です」

「お疲れ。桜島さんは帰らないの?」

「はい。まだ用事が残ってるので」

「……用事?」


 学校に用事。桜島さんは俺と同じで、どの部活にも入っていない。先生に相談したいことでもあるのだろうか。


「ええ。藤山くん。少し、お話しませんか?」

「別にいいけど……用事あるんでしょ? 大丈夫?」

「はい。大丈夫です」


 桜島さんがいいのなら、暇を持て余していた俺としては好都合である。

 さすがに陽太たちの部活が終わるまでの長時間話すことはできないだろうが、少しは時間を潰せるだろう。


「ここでは目立つので、場所変えませんか?」

「うん。どこに行く?」

「私、いいところ知ってます。こっちです」


 急に腕を掴まれ、引っ張られる形で歩き始めた。

 あまりにも突然だったため驚いたが、どうすることもできず引っ張られたまま後ろをついていく。

 やがて目的地に着いたようで、桜島さんは引き戸を開けた。

 やって来たのは四階の空き教室。机や椅子は置かれてなく、最近は使われてなさそうだ。

 俺と話しているところを誰かに見られたくないのだろうか。少し傷つくが、変な噂をまた立てられるよりかはマシだろう。


「じゃあ、入ってください」

「おう」


 言われるがまま、桜島さんに続いて空き教室に入った。

 机と椅子がないからか、ちょっと広く感じる教室の中央まで歩いたところで、違和感を感じる。


「……あれ? 桜島さん?」


 桜島さんはついてきておらず、ドア付近に立ったままだった。

 なぜかニヤリと笑みを浮かべ、開いていたドアを閉める。


 ――カチッ。


「……え?」


 静かな教室の中で鳴り響いた金属音。

 それは、桜島さんがこの教室を施錠したことを意味していた。


「桜島さん? なんで鍵閉めるの?」

「念の為ですよ。誰かに見られたら恥ずかしいじゃないですか」

「まあ、確かに。誰かに見られてまた変な噂を流されたくないからな」

「はい……」


 余程恥ずかしかったのか、頬を赤く染める桜島さん。

 その後なぜか着ていたベージュ色のカーディガンのボタンを外しながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


「…………え?」

「ここでは誰にも見られません」


 何を言ってるんだ?

 再び笑みを浮かべ頬をさらに赤く染める彼女に、俺はどうすればいいか分からなかった。

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