第14話 甘すぎるお礼

 テストが終わり、今となってはテストが返される毎日。

 授業がある教科は少ないため、一日が終わっても疲労感はいつもより少ない。

 今のところ、高校生になって初めてのテストにしてはかなり健闘できていた。

 テストが返された教科は国語総合と数学Ⅰ、コミュニケーション英語の三教科。点数としては平均で90点を超していて、自分の中ではかなり満足のいく結果になっている。

 そんな俺の結果を見て、目の前に座る陽太ようたはさっきから「すごい」としか言っていない。


綾人あやとすごいな……中学の頃から成績めっちゃ上がってるじゃん」

「今は部活やってないから、暇な時間は勉強してるしな」

「まじでこのまま行けば学年一位取れんじゃね?」


 学年一位か。人生で一度くらいは取ってみたい。

 だが、さすがに無理だろう。俺より頭のいい人なんて、この世には五万といる。俺はただ暇な時間に勉強をしていただけで、毎日していたわけではない。

 そんな俺が学年一位なんて、到底無理な話だ。


「まだ三教科しか返されてないから分からん。でも平均80点くらいは取れててほしいな」

「高いな。俺とは住む世界が違う」

「陽太はどんくらいなんだよ?」

「聞くか? 飛ぶぞ」

「……」

「30」


 赤点じゃねぇか。


「…………ごめん」

「謝るな! まだ希望はある!」

「ねぇよ。もう学年最下位ほぼ決定だろ」

「まだ決定じゃねぇよ!? あと四教科残ってるし、俺より低い人がいるかもしれないだろ!?」

「いたとしても数人だろ」

「……え、もしかして詰んでる?」


 今気づいたのか?

 俺はちゃんと勉強しろって何回も言ったからな。それでも勉強しなかったお前が悪い。


「ドンマイ」

「くそ……あ、そうだ! いいこと思いついた! 綾人の点数を半分もらおう!」

「アホか」

「頼むよ綾人! お前だけが頼りなんだ!」


 アホなのか? うん、アホだな。

 あ、そうだ。いいこと思いついた。もうこんなアホは放っとこう。

 帰っても何もすることはないが、アホに構うくらいなら帰った方がマシだ。そう思い、俺は席を立った。


「おい! 待て! 親友を見捨てるのか!?」

「見捨てるも何も俺にできることはないだろ。テストの結果が悪かったら、お前の嫁にでも慰めてもらえよ。じゃあな」

「……天才か? なるほど、その手があったか!! チホちゃんはどんな俺でも絶対に癒してくれるはずだ!」


 謎発言を繰り返す陽太は無視して、教室を後にした。

 やはりアイツはアホだったようだ。チホちゃん? また新しい名前じゃねぇか。どんだけいんだよ嫁。


「久しぶりに漫画でも買いに行くか……」


 約二週間、勉強漬けの毎日だったため、漫画を読む時間なんて一切なかった。

 久しぶりに勉強なんて忘れて、一日ずっと漫画を読むのもいいかもしれない。

 そう思い学校を後にしようとすると、後ろから誰かに右腕を掴まれた。同時に引っ張られ、相手の顔も分からないままどこかに連れて行かれる。


「ちょっ……誰ですか!? 離してください!」

「離しません」

「……ん? って、え!?」


 俺の腕を掴んでいたのは桜島さくらじまさんだった。

 予想外の展開に動揺が隠せない。


「少しだけお時間いいですか?」

「……別にいいけど、まずは腕離してくれませんかね?」

「逃がしませんよ」

「逃げないよ!?」


 桜島さんから逃げる男がこの世にいるのだろうか。

 まあ、この後の展開によっては逃げるかもしれないが。前に服を脱いで迫られそうになった時みたいな感じだったら、絶対に逃げるけどね。


「この辺なら誰も来ませんね」

「……」


 連れられてやって来たのは体育館裏。

 人の気配はもちろんなく、例外を除いて今後誰一人として来ないであろう場所だ。

 そんな場所に異性の人を呼び出すなんて、誰だって期待してしまう。これから告白されるのではないか、と。

 しかし、桜島さんが俺をここに連れてきた理由は告白なんかではないだろう。

 彼女の手には可愛らしい紙袋が握られている。恐らく、前に言っていたお礼のお菓子を作ってきてくれたのだろう。


「お礼のお菓子作ったので、持ってきました」

「本当に作ってきてくれたんだ。ありがとう」


 可愛らしい紙袋を受け取り、中を見てみると小さい球状のチョコレートがいくつか入っていた。

 俺はチョコが好きだ。偶然なのか、はたまた知っていたのかは定かではないが、すごく嬉しい。


「生チョコトリュフを作ってみました。お口に合うといいのですが」

「へー! 試しに一つ食べてみてもいい?」

「はい。是非」


 包装をはがし、一粒取って口に入れる。

 すると一瞬でとても甘いチョコの味が口に広がり、俺の口の中は幸せで満たされた。

 海佳うみかは作ったお菓子をみんなに配ることが多いため、これほどまでに甘いチョコ菓子を作らない。

 だが実を言うと、俺はもっと甘い方が好みだった。その点桜島さんが作ってくれた生チョコトリュフは、俺が求めていた高糖度になっている。甘すぎてちょうどいい。


「めっちゃ美味しいよこれ!」

「本当ですか? 愛情たっぷり込めて作ったので、本当によかったです。嬉しい……」


 桜島さんはそう言って、頬を緩ませた。

 愛情たっぷり込めたとか、軽く言わないでほしい。言われた身としては普通に恥ずかしい。だが俺のためだけにこのお菓子を作ってくれて、本当に嬉しいと心の底から思った。


「じゃあ、私は帰りますね。また明日」

「うん、本当にありがとうね」

「はい!」


 ずっと嬉しそうに頬を緩ませている桜島さんは小走りで帰っていった。

 俺はその姿を見届け、残りは家でゆっくり食べようと作ってくれたお菓子の包装を元に戻したのだった。


 その後は家に帰り、かなりの高揚感に包まれて部屋に入った。

 理由は言わずもがな。桜島さんが作ってくれたお菓子が、俺の求めていた甘さに届いていたからである。

 しかし、その高揚感は一瞬にしてなくなってしまう。


「あ、おかえりー。遅かったね」

「……なんで俺の家にいんの」


 ベッドに寝転がり、漫画を読みながらくつろいでいたのは海佳だ。

 絶対にこのお菓子を見られたら面倒なことになるため、急いで背中の後ろにお菓子が入った紙袋を隠す。


「今日部活なくて暇だったんだもん。綾人あやとと帰ろうとしたんだけど、もう教室にいなかったから家で待ってた」

「……まじかよ」

「……ん? 綾人」

「な、なんでしょう」

「なんか後ろに隠してない?」


 え、ちゃんとバレないように隠したつもりなんだけど。


「何も隠してないですよ」

「怪しい……」


 そう言って睨みつけてきた海佳は、ベッドからジャンプして飛びついてくる。

 すると当然、俺が隠していた可愛らしい紙袋の存在に気づかれてしまった。


「なにこれ」

「……お菓子だよ。もらったんだ」

「誰から?」

「……」

「誰から?」

「……」

「ねぇ、誰から?」

「……桜島さんから」

「なんで」


 急にこちらに向けてくる表情と視線が冷たくなり、まるで小汚い虫でも見ているような形相でとても怖い。

 さらに俺が黙秘しても追求をやめないため、完全に俺の心は折れてしまった。


「色々お世話になったからってくれたんだ」

「ふーん」

「……あの、海佳さん?」

「ふーん」


 こちらに向けてくる表情と視線は変わらず冷たいままだ。

 本当に怖い。誰か、助けて……。

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