第30話 女遊びなんてしてないんだが

 栗林紅音くりばやしあかね

 肩下まで伸びた綺麗な黒髪と、ルビーのような紅眼が特徴的。一言で言ってしまえば、明るく元気溌剌な女子だ。

 中学時代は俺と陽太のサッカー部に入っていて、一人でマネージャーとして頑張ってくれていた。

 当時はサッカー部のマドンナ的存在であり、学年関係なくすごくモテていた。みんな振られてたみたいだけど……。

 俺たちよりも一つ年下なため、今では中学三年生。受験勉強で忙しい時期である。


「会いたくて来ちゃったって……受験勉強はどうしたんだよ」

「な、夏から頑張ればなんとかなりますよ!」

「いや、今から頑張れよ」

「え〜」


 明らかに嫌そうな顔をする紅音。

 勉強嫌いは変わってないらしい。


「志望校とか決まってるのか?」

「もちろんです!」

「おー、どこか聞いてもいい?」

「はい! 先輩たちの高校です!」

「え、なんで?」

「また先輩たちのサッカー部に入ってマネージャーをしようと思ってたんです! だけど……」


 どうやら紅音は、まだ俺がサッカーをしていると思っていたらしい。

 しかし中学の後輩たちが、俺はサッカーを辞めたと噂しているのを聞いた。その噂が真実かを確認するべく、今日はうちの高校のサッカー部の試合を見に来たらしい。

 それであの時、陽太ようたと話をしていたのか。


「なんで先輩はサッカーやめちゃったんですか?」

「色々あってな」

「色々って……じゃあやっぱり、本当のことだったんだ」


 急に俯き、ぷるぷる震え始める。

 何か怒らせるようなことを言ってしまっただろうかと不安になるが、記憶には一切ない。


「あの噂?」

「そうです。私は綾人あやと先輩のこと、尊敬してたのに……」


 え、なに?

 俺中学でなんて噂されてるの? もう卒業してるのに、俺みたいな冴えない卒業生の噂もしてるの? 普通に怖いんだけど。


「綾人先輩、教えてください」

「……おう」

「先輩が高校生になってからって、本当なんですか!?」

「してるわけないだろ!?」


 深刻そうな顔をしてるから、どんな噂をされてるのかと思ったら。

 俺が女遊び? ふざけるのも大概にしてほしい。


「本当ですか? 怪しいです」

「ひでぇ……俺が女遊びするような人間に見えるか?」

「見えます」


 うそん。


「一見真面目そうに見えますけど、私の目は誤魔化せませんよ! 陽太先輩にも聞きましたが、アイツはやばいって言ってました!」

「陽太の野郎……後輩にふざけたこと言ってんじゃねぇよ」


 絶対に許さん。あのふざけた口、後で二度と何も喋れないように縫ってやる。

 それからいくら誤解を解こうとしても、一切聞いてくれる様子はなかった。

 結局諦めるしかなく、海佳うみかたちのもとへ戻ることに決める。


「紅音はどこで試合見てたんだ?」

「応援席です」

「じゃあ、一緒に戻ろうか」

「はい!」


 海佳と遥香はるかは紅音のことを知っている。あまり話したことはないらしいが、顔見知りではあるため、数ヶ月ぶりの再会を喜ぶだろう。

 問題なのは桜島さくらじまさんだ。桜島さんとは高校で知り合ったため、紅音のことは知らない。

 普通に中学の頃の後輩だと説明すればいいはずだが、なぜだか嫌な予感がしてならない。

 応援席に戻ると、三人は座ったまま俺の帰りを待っていた。いや、あれ喧嘩してるわ。海佳と桜島さんが。

 遥香は知らない人のフリしてる。隣で喧嘩してんだから、止めてやれよ……。


「お待たせ」

「あっ! 綾人!」

藤山ふじやまくん、お帰りなさ……い?」


 俺が声をかけると、喧嘩をして睨み合っていた二人は笑顔になってこちらに振り向いた。遥香は真顔。

 そして俺の隣に立っている紅音の存在に気づく。


「えっと、隣にいる方はどちら様ですか? 随分と可愛い女の子のようですけど」


 元々は可愛らしい笑顔だったが、隣にいる紅音を見た瞬間に怖い表情を見せる桜島さん。目が笑っていない。

 海佳は紅音の顔をじっと見つめながら首を傾げていた。


「紅音ちゃんだ〜! 久しぶり〜!」

「紅音ちゃん!?」


 最初に気づいた遥香は紅音に近づいていき、よしよしと言いながら頭を撫でる。

 その様子を見て、ようやく思い出したのか海佳も続いて近づいてきた。


汐見しおみ先輩と東雲しののめ先輩、お久しぶりですー!」

「えー! ちょっと大人っぽくなったね」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 見ているだけで癒される空間の出来上がり。

 俺は一人だけ誰か分からず硬直してしまっている桜島さんのもとへ向かう。


「あの子は栗林紅音。俺たちの中学の後輩なんだ。サッカー部のマネージャーをしてくれてたんだよ」

「なるほど……でも、どうしてサッカー部のマネージャーと藤山くんが知り合いなんですか?」

「あれ、言ってなかったっけ? 俺、中学の頃はサッカー部だったんだよ」

「そうなんですか!?」


 驚きを隠せず、口が開いたまま目をぱちくりさせる桜島さん。

 そんな驚かれるとは思わなかったため反応に困ってしまう。一応これでも試合はスタメンで出てたし、陽太と二人でフォワードやってたんだけどな。

 未だ驚いた様子の桜島さんに、海佳たちと話を一段落させた紅音が近づいてきた。


「初めまして! 栗林紅音です。よろしくお願いします」

桜島美咲さくらじまみさきです。こちらこそよろしくお願いします」

「桜島先輩ですね。まだ挨拶したばかりで恐縮なんですけど、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「もちろんいいですよ」

「桜島先輩は、綾人先輩とどういう関係なんですか?」


 一瞬で、この場の空気が変わった。

 元々は和やかな雰囲気だったはずが、今では少し冷たく物騒な雰囲気になっている。

 先程まで談笑していた海佳たちは突然静かになり、こちらに耳を傾けていた。

 すると桜島さんはニヤリと笑みを浮かべる。


「私と藤山くんの関係、ですか。最近はよく同じ質問を受けますね。そうですね……ただならぬ関係、とでも言っておきましょうか」

「「なっ……!?」」

「やっぱり!!」


 助けて……三人の視線が刺さる。

 特に紅音。やっぱり女遊びをしている噂は本当だったんですね! と目で訴えてきてるのが分かる。違うんだって。誤解なんだって。

 確かに桜島さんとは、ただならぬ関係なのかもしれない。だけど、そういう意味じゃない。


「綾人先輩! 私に嘘つきましたね? 許しません!」

「「「……嘘?」」」

「はい! 綾人先輩がサッカーを辞めたのは、女遊びをしたかったからってことです!!!!」


 大声で言いすぎだ!!

 周りにいる人からの視線が痛い。

 「うわ、最低……」とかひそひそ言われてるし。

 「お母さん、女遊びってなに?」「しっ! 聞いちゃいけません!」とかも母子に言われてるし。

 誤解なのに……どうしてこうなったんだ。

 だが救いなのは、俺がサッカーを辞めた理由を海佳と遥香が知っていること。二人は顔を合わせながら口を押さえている。


「……紅音ちゃん、違うよ」

「はい?」

「綾人がサッカーをやめたのは――」

「言うな」


 俺は海佳の言葉を少し大きめな声で制止させた。

 誤解をされたままでも、仕方がない。

 なぜなら、絶対に紅音には知られたくない消したい過去だから。

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