第31話 忘れたい過去

 中学生の頃、俺はサッカー部に所属していた。

 陽太ようたと二人でフォワードを任され、自分で言うのもなんだが、県内ではトップクラスの実力をもつ人材だったと思う。

 三年の最後の大会。市大会で優勝し、県大会に進むことが決まった日の帰り道。事件は起きた。

 サッカー部のメンバーで打ち上げをし、俺は一人で帰路に就いていた。その途中で、後ろから一人の女子に話しかけられた。


「あの、すいません」

「はい?」


 俺の中学とは別の制服を着ていて、恥ずかしそうに俯いているため顔は見えない。


「これ、受け取ってください」

「……え? ちょ、ちょっと!」


 一方的に手紙を押し付けられ、走り去っていってしまった。

 顔ははっきりと認識できず、どんな人だったのかも分からない。

 なんだったんだと思いつつも、家に帰ってから手紙を開けた。


―――


 はじめまして。

 突然の手紙、すいません。

 今日のサッカーの試合、見てました。

 すごくかっこよかったです。

 明日、伝えたいことがあります。

 十七時に臨海公園に来てください。待ってます。


―――


 可愛らしい丸文字で書かれているが、あまりにも一方的な手紙だった。

 俺の名前どころか、相手の名前すらも記されていない。

 だが内容を見ると、恐らくこの手紙はラブレターだと考えられる。一目惚れでもされたのだろうか。


「困ったな……」


 恋愛経験なんて一度もない。ラブレターをもらったのは初めてだった。

 相手のことは何も知らない。

 だが、明日来てほしいと言われている。

 もし俺が指定された場所に行かなかったら、彼女はどうするのだろう。少し考えただけでも、心が苦しくなった。


「行くしかないか……」


 次の日、俺は指定された場所に向かった。

 するとベンチに座っていた女子が立ち上がり、こちらに近づいてきた。

 見た感じ雰囲気は大人しそうで、すごく真面目そうな子に見える。


「この手紙くれたの、君だよね?」

「はい。私です」

「えっと、伝えたいことって?」

「私昨日、藤山ふじやまくんがサッカーで頑張ってる姿を見て、一目惚れしてしまったんです。本当にすごくかっこよくて、好きになってしまいました。なので、私と付き合ってください」


 やはり告白だったか。


「俺たち、初対面だよね? まだお互いのことよく知らないし、さすがに付き合うのは……」

「……っ」


 初対面で付き合うのは厳しい。そう断ろうとすると、今すぐにでも泣き出しそうな目でこちらを見てきた。

 泣きそうな目で見られると、断りづらい。あぁ……無力。


「いや、やっぱり付き合おうか」

「……え? でも……」

「初対面でも、これからお互いのこと知っていけばいいと思うしさ」


 斯くして、俺たちは付き合うことになった。

 後日からは学校が終わるとすぐに、彼女が俺の中学まで来るようになった。俺は部活があるため、彼女は部活が終わるまで待ってくれる。

 友人からは彼女が見ていると揶揄され、部活が終わると彼女と一緒に帰る。


「藤山くん、今度このカフェ行きませんか? ここのスイーツ、すごく美味しいんですよ」

「へー、そうなんだ。じゃあ、次の休みに行こうか」

「はい!」


 彼女とは、スイーツが好きという共通点で意気投合した。そのため打ち解け合うには、あまり時間がかからなかった。

 俺にとっては人生初彼女。彼女にとっても俺が人生初彼氏だったようで、すごく嬉しそうに微笑んでいた。

 しかし、俺たちの関係は信じられない形で終わりを告げることになる。


「おい! どういうことだ藤山! なんでお前が詩織しおりと付き合ってんだよ!」

「なんでって、俺は告白されたから……」

「くそ!! なんで……! 俺がずっと好きだったのに……!」


 場所はサッカー部の部室。

 練習が始まる前、同じサッカー部の奴に呼び出された俺は胸ぐらを掴まれていた。

 今この部室には、俺とこいつの二人だけしかいない。

 そしてどうやら俺の彼女は、元々こいつに誘われて試合を見に来ていたらしい。そんな彼女は俺に一目惚れをしてしまい、今のような状況になってしまっていた。


「ごめん。俺、知らなくて」

「分かってる! 藤山が悪くないってことくらい! でも、俺は詩織のことがずっと好きだったんだ! なのになんで! 会ったこともない藤山なんかのことを……!」

「ごめん……」


 謝ることしかできなかった。

 目の前にはずっと彼女のことが好きだった人がいる。しかし俺は、好きだったわけでもない彼女を泣かせないためだけに告白を受けた。

 結果的に、泣かせてしまう人がいることも知らずに。

 軽率に行動してしまったのがいけなかった。

 俺はその日の部活が終わると、彼女に別れを告げた。交際期間としては約一週間。ほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 「なんで? なんで?」と泣き崩れる彼女は家まで送り、二度と会わないようにしようと誓った。


「はぁ……」


 チームメイトのずっと好きだった人と、ろくでもない理由で付き合ってしまった。

 最終的には彼女を振り、泣かせてしまった。

 今まで感じたことのない罪悪感に押しつぶされそうになる。

 すべては俺が取った軽率な行動が原因なのだ。

 俺が彼女と付き合わなければ、このような結果にはならなかった。俺がサッカーをやらなければ、彼女とは出会わなかった。

 何もかも悲観的に捉えてしまい、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 そんな時に、ちょうど部活帰りだった海佳うみかに遭遇した。


「ん、綾人あやと? どうしたの? 辛そうな顔してるけど、大丈夫?」

「……ああ、まあな」

「?」


 海佳は俺の目を覗き込んできて、何があったのかを察したように頷く。


「よしよし」


 何も聞かず、背伸びをして俺の頭を優しく撫でてくる。

 するとなぜか溜まっていた涙がこみ上げてきて、気づけば何があったのかを海佳に泣きながら吐露していた。

 海佳は俺の言葉を聞きながら、「そっか……辛かったね……」と頭を撫で続けてくれた。そんな彼女に救われた。

 海佳がいなかったら、俺はきっと立ち直れていなかったと思う。そう考えると、海佳には感謝に堪えない。


 やがて俺たちは高校生になった。

 高校に入ると、陽太ようたにはまたサッカー部に入ろうと誘われた。

 だが俺は、その誘いを断った。

 もう二度と同じような悲劇を辿らないために。

 偶然が重なって起きた悲劇だとしても、また起こってしまう可能性がないわけではないから。

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