第32話 失望されたくない
この過去について知っているのは、俺を含めた当事者三人と
他の人は知る由もないし、今後教えるつもりもない。
俺が取ってしまった軽率な行動。あの時のことは今でも鮮明に覚えている。
あまり思い出したくないはずなのに、事ある毎に思い出してしまう。思い出す度に、あの時に戻りたいと思ってしまう。
最初から、俺が彼女と付き合わなければよかったのだ。彼女と付き合ったせいで余計彼女を悲しませてしまったし、さらに辛い思いをする人が生まれてしまった。
だからもう、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。この過ちを、誰かに知られるわけにはいかない。
「
「中学の頃、一生懸命練習してたじゃないですか。高校こそは全国行くって意気込んでたじゃないですか。あの言葉は嘘だったんですか……?」
「嘘なわけない。俺は本当に、全国に行きたかった」
「だったらどうして!!」
「……言えない。紅音には、言えない」
「なんで……」
「ごめん。言いたくないんだ」
何があっても言いたくなかった。
紅音は以前、真面目でサッカーに一筋な俺をかっこいいと言ってくれた。慕ってくれていた。
だから、かっこいい先輩のままでいたかった。最低なことをしてしまった不甲斐ない過去を知られて、失望されたくなかった。
「悪い……俺、帰るわ」
紅音には「久しぶりに会えてよかった。また会おう」と伝え、その場を後にした。
***
綾人がどこかに行ってしまった後、紅音は俯きながら自分の行動を悔いていた。嫌われてしまったのではないかと。
綾人がサッカーを辞めた理由の噂を聞いてしつこく詰め寄った挙句、言いたくないことを無理矢理言わせようとしてしまった。嫌われてしまってもおかしくはない。
黙って俯いている紅音を見て、海佳と遥香は眉をひそめながら近づいていく。
「どうしよう……私、先輩に嫌われちゃった」
「大丈夫だよ、紅音ちゃん。綾人は紅音ちゃんのこと嫌いにならないよ」
「海佳の言う通りだよ。大丈夫。綾人くんは怒ってないと思うから」
「先輩……」
「きっと綾人は、紅音ちゃんにかっこ悪いところを見られたくないんだよ。中学の時、紅音ちゃんが慕ってくれたってすごく嬉しそうだったから」
海佳は目尻を下げた。
そして思い出す。初めて後輩ができて、慕われて、本当に嬉しそうにしていた綾人の顔を。
「また会おうって言ってたしね」
紅音は我慢できず、海佳と遥香の胸に飛び込んだ。
海佳たちは紅音の頭をよしよしと撫で、三人で抱き合っている。
しかし、
なぜなら、いる意味がないから。紅音なんかには興味がないから。
後輩だかなんだか知らないけど、邪魔だけはしないでほしいと願うばかり。最近は邪魔者が多くて困る。
やがて美咲は俯きながら歩いている綾人の姿を見つけ、不気味な笑みを浮かべながら小走りで近づいていった。
***
「
「あぁ、
「藤山くんが元気なさそうだったので、気になって追いかけてきちゃいました」
「そっか、わざわざありがとう。でも、今は一人にしてほしいな」
桜島さんは困った顔を見せた。
せっかく心配して追いかけてきてくれたのに突き放してしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
今の俺は少しおかしい。だからこそ、頭を冷やすためにも一人になりたかった。
「でも……」
「本当にごめん。また学校で」
そう言い残して去ろうとするが、左腕を掴まれてしまい動けなくなってしまう。
「待ってください。中学の頃、一体何があったんですか?」
「桜島さんにも言えないよ」
理由は紅音のときとほぼ同じ。
不甲斐なさを、弱さを、知られたくないから。
「そうですか……残念です。ですが、もし話してもいいと思う時が来たら、話してください。いつまでも待ってますから」
「でも――」
「私は藤山くんに何度も助けられました。なので、少しでも恩返しをしたいんです。藤山くんの力になれるなら、私は犯罪でもなんでもやりますよ」
……いや、犯罪はしちゃダメでしょ。
きっと冗談なのだろうが、真面目な顔で言ってるあたり冗談とは思えないのが怖い。
だが桜島さんと話して、少し気が楽になったような気がした。
後日、紅音には改めて詫びを入れ、今度一緒にご飯を食べに行く約束をした。
陽太も誘おうと思ったが、ゆっくり二人で喋りたいということらしく二人で行くことになった……俺の奢りで。
高級レストランとかになったらどうしようと思いつつも、その辺のファミレスであってほしいと願うばかりだった。
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