第2話 助けた女子高生の正体

 学校に到着し教室に入ると、普段よりもみんなが騒いでいた。

 一つの机を男女関係なく大勢で囲んでおり、朝とは思えないテンションで談笑している。

 何があったのか気になりつつも、廊下側にある自分の席に腰を下ろした。すると前の席に座っていた中学からの友人、濱崎陽太はまざきようたが振り返った。


綾人あやと、おっすー」

「おっす。あそこすげぇ人集まってるけど、なんかあったのか?」

「クラスのマドンナ復活」

「なるほどな」


 陽太の言葉ですべてを察した。

 数日前からうちのクラスのマドンナ、桜島さくらじまさんは風邪で休んでいた。そんな彼女が久しぶりに学校に来たとなれば、クラスの奴らに囲まれるのは必然だろう。

 病み上がり早々大勢に囲まれるとか、俺だったらストレスでまた休みそう。


「大変だよな、桜島さんも。今さっき来たばかりなのに教室に入ってきてすぐ囲まれてたぜ」

「まじか。陽太は行かなくていいのか?」

「残念だが、俺には嫁がいるからな。桜島さんなんて興味無いさ」


 よ、嫁? 彼女じゃなくて、嫁?


「最高に可愛いだろ? ウララちゃん」


 そう言って自慢げにスマホを見せてくる。

 写っていたのは可愛らしいアニメのキャラクター。

 忘れてた。こいつ、二次元に嫁いるんだった。


「お前、結構前にも別のキャラを嫁って言ってなかったっけ?」

「ん? あー、ジュリちゃんのことか。ジュリちゃんも最高に可愛いよな。俺の嫁」

「嫁何人いるんだよ」

「数えてないから分からないけど……百人は間違いなくいるね」


 腕を組み、堂々ととんでもない浮気発言。嫁たちが泣くぞ。

 二人とか三人でも有り得ないのに、百人て。桁どうなってんだよ。


「綾人にも嫁一人くらいいるだろ?」

「いるわけないだろ」

「えぇ……」


 有り得ないと言わんばかりに引かれてしまう。

 いや、絶対立場逆だろ。有り得ないこと言ってるの間違いなくキミの方だからね?

 なんてツッコミを入れようとしたところでチャイムが鳴ってしまい、朝のSHRが始まった。

 


 午前の授業が終わり、陽太と一緒に学食へ向かう。

 そして学生に優しい低価格のカレーライスを注文し、二人で向かい合って席に着いた。


「はぁ、もう疲れた。まだ午後の授業と部活が残ってるとか生きていけないわ」

「それな。まあ、陽太と違って俺は帰宅部だけど」

「羨ましいやつめ……!」


 陽太はサッカー部に所属している。

 サッカーは小学生からずっとしているらしく、相当上手い。さらに妬ましいことに、顔は結構イケメンな方である。

 見た目に反して嫁百人とか言ってるヤバい奴だが、その実情を知らない女子たちからはかなりモテている。くそ羨ましい。


「羨ましい? 帰宅部だって大変なんだぞ。早く帰るためにどれだけ頑張ってると思ってるんだ」

「何言ってんのお前。バカじゃねぇの?」


 嫁百人とか言ってる奴に、真顔でバカって言われるのが一番腹立つ。ネタじゃん。


「なぁ、お前の嫁ってほんとに百人もいんの?」

「? 急に分かりきった事聞いてどうしたんだよ。当たり前だろ」


 あ、まじの顔だ。お前はネタじゃなかったのね。うん、そろそろ手出そう。

 その後は普通に談笑しながらカレーライスを食べ、二人食べ終わったところで席を立った。

 食器を片付けてから教室に戻ろうとしたが、妙なことに気付く。


「なんか、めっちゃ見られてね?」

「それな。綾人、何かやらかしたのか?」

「いいや何も」


 なぜか、学食に来ているほとんどの生徒がこちらを見ていたのだ。

 ひそひそと耳打ちしあっているのが多く見られ、明らかに様子がおかしい。

 ただ学食を食べ終え、食器を片付けただけなのに。

 俺と陽太のどっちか。あるいは俺たち両方を見て、ひそひそ話をされている。


「……もう怖いし、早く教室戻ろうぜ」

「お、おう」

「すいません。ちょっといいですか?」


 普段あまり目立たないからか、注目を浴びてしまうと恐怖で震えが止まらない。

 そのため逃げるように教室に戻ろうとした瞬間、後ろから透き通った声で誰かに話しかけられた。

 恐る恐る振り向くと、目の前にはうちのクラスのマドンナである桜島さんが立っていた。


「「…………え、俺たち?」」

「はい」


 学校中でも有名な桜島さんが話しかけてきたせいで、ますます注目を浴びてしまう。

 ……いや、もしかしたら注目を浴びていたのは桜島さんが原因なのかもしれない。

 彼女とは同じクラスだが、俺たちとは一度も話したことがないはずだ。関わったことすらない。

 それなのに、一体何の用があるというのだろうか。


「正確には藤山ふじやまくんに、ですけど」

「……え、俺?」

「はい。藤山くん、今日日直ですよね? 先生が日直は職員室に来てほしいと言っていたので、それを伝えに来たんです」

「ああ……なるほど。教えてくれてありがとう」

「いえいえ」


 まさかクラスのマドンナが俺に告白……なんて期待もしたが、妄想が過ぎたようだ。普通に考えて有り得ない。

 陽太には先に戻ってくれと伝え、俺は一人で職員室に向かうことにした。

 ……はずなんだけど。


「あ、あの」

「はい?」

「……なんで付いてきてんの?」


 俺は日直だから職員室に呼ばれた。きっと配布物を教室に持っていくためだろう。

 しかし今日の日直は俺だけ。なのになぜ、んだ?


「さっき藤山くんに用があるって言ったじゃないですか」

「え? それってもう終わったんじゃ……?」

「終わってないですよ」


 桜島さんはにこりと笑う。

 さすがクラスのマドンナと言われるだけあって、スマイルを向けられただけで動悸が激しくなっていくのが分かった。可愛すぎるんだよ。

 でも、桜島さんの言っていることはよく分からない。

 彼女は先生から言伝を預かり、俺に伝えに来てくれた。それで俺への用は完全に済んだはずだ。わざわざ付いてくる理由なんてどこにもない。


「私、藤山くんに伝えたいことがあるんです」

「俺に?」

「はい。まずはこれを返しますね」


 桜島さんはポケットから紺色の手帳のようなものを取り出し、こちらに差し出してくる。

 返すと言われ、何か貸したっけ? と疑問に思いつつも受け取ると、奇妙なことに気づいた。


「え、これって――」


 俺の生徒手帳だった。

 表には俺の顔写真と名前、住所等の個人情報がすべて載っている。


「なんで桜島さんが俺の生徒手帳を?」

「落ちてたらしいです。現場に」

「現場……?」

「はい。警察の方が渡しそびれてしまったみたいで。ちょうど私と同じ高校だったので、お礼をしたいから直接届けるって言ったんです」

「は、はぁ?」

「なので、あの時は助けていただいて、本当にありがとうございましたっ!」


 普段大人しい桜島さんからは考えられないほどの大きな声でお礼を言われ、同時にとても綺麗なお辞儀を見せられた。

 状況が理解できず、思わず首を傾げてしまう。

 助けた? 俺が? 桜島さんを?

 ……………………あ。


「もしかして……」


 数日前、俺がストーカーから助けた女子高生って。


「はい。藤山くんが助けてくれなかったら、私はどうなっていたか……。なので、ちゃんとお礼がしたかったんです」


 桜島さんだったのか。

 全然気づかなかった。

 あの時はどうすれば助けられるか。警察の人たちが来るまで、どうやって時間を稼ぐかで必死だった。

 だから俺は、被害者である女子高生の顔をちゃんと見ていない。

 でもまさか俺が助けた女子高生がクラスのマドンナ、桜島さんだったなんて思いもしなかった。

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