第27話 賭けをしよう part2

 俺の服の裾をちょんと掴み、心なしか頬を赤く染めている海佳うみか

 上目遣いでまだ帰りたくないなんて言われると、どうすればいいのか分からず困惑してしまう。


「もう少し、綾人あやとの家に居てもいい?」

「いいのか? もう夜遅いぞ」

「まだ二十時過ぎだから大丈夫」

「……そうか」


 海佳が家に来る時は、大体二十二時前までは家にいる。よって普段通りなのだが、今日は少し様子がおかしい気がした。

 いつもはずっと二人でいるが、今日は遥香もいて三人だったのが原因なのだろうか。

 甘え足りない、といった感じの様子がうかがえる。


「……だめ?」

「いや、いいよ。いつものことだろ」

「できればお泊まりしたい」

「それはダメ」

「え〜! ケチ!」


 頬を膨らませ、俺の胸をポカポカ叩いてくる。海佳は怒ると大体やってくるが、いつもあまり痛くはない。

 だってお泊まりなんてしたら、何されるか分からなくて怖いもん。

 それに俺の理性が保てず、野獣になってしまう可能性も有り得る。年頃の男女というのは、そういうものだ。

 いくら幼馴染といっても、男女二人だと何が起きるか分からない。

 結局海佳は断念し、落ち込みながらも俺の家に再び入った。


「ねぇ、ゲームしよ」

「なんだ。また負けたいのか?」

「っ! 今日は絶対勝つもん! 綾人のいじわる!」

「はいはい」


 部屋に戻り、テレビゲームを起動する。

 これからやるのは、キャラを選択してレースするゲーム『ハリオカート』だ。

 俺はベッドに座り、テレビに映ったキャラの選択画面を眺めた。海佳相手なら、どのキャラを使っても負ける気がしないため正直どれでもいい。おまかせにしよ。

 あとは相手のキャラ選択を待つだけとなった。

 すると突然、海佳はニヤリと笑みを浮かべる。


「綾人、何か賭けようよ」

「え、賭け?」

「うん。負けた方は勝った方の言うことを聞くってことで」


 なんか、ものすごく聞き覚えがあるセリフなんだけど……。


「……嫌だ」

「え、なんで!?」

「嫌な予感しかしないからだ」


 海佳にゲームでは負ける気がしない。

 しかし負けてしまった場合のことを考えると、どうしても賭け事なんてやりたくなくなってくる。

 実際、少し前に桜島さくらじまさんと賭け事して負けたし。


「ははーん? 綾人、私に負けるのが怖いんだー。さっきまた負けたいのか、とか言ってなかったっけー?」

「よし、ボコボコにしてやる。後で泣いても知らないからな」

「いいよー」


 分かりやすい挑発だったが、あそこまで言われてやらないわけにはいかない。

 今まで一回も俺に勝てたことないくせに、よく賭け事をしようと思ったものだ。調子に乗ったこと、後悔させてやる。


「やるのは1レースだけだからね」

「本当に1レースだけでいいのか?」

「うん、大丈夫」

「終わってからやっぱりなし! とか言うのはなしだからな」

「もちろん」


 なぜだ。なぜ俺に一回も勝てたことないくせに、余裕の笑みを浮かべているんだ。

 嫌な予感がする……が、何があっても負ける未来は見えない。大丈夫なはずだ。


「じゃ、よーい! スタート!」


 俺がベッドの上、海佳がベッドに寄っかかる形で座り、ゲームは始まった。コンピューターを含めた十二人が一気にスタートを切る。

 勝利条件はフィールドを先に三周することだ。

 一周目は俺が1位、海佳が3位で駆け抜け、二人とも二周目に突入する。

 その瞬間、事件は起きた。


「よいしょ」

「!?」


 可愛らしい掛け声とともに、コントローラーを持ちながら俺の膝の上に海佳が乗っかってきた。

 ずっとテレビに集中していたせいか、海佳の不自然な行動を察知できなかったため突然の出来事に困惑してしまう。

 俺の目の前には海佳の小さな顔があり、コントローラーを自由に動かすためのスペースがなくなってしまった。


「お、おい!? 海佳、退け!」

「やだー」


 極悪非道。

 もちろん俺は操作を一切できず、あっという間に海佳が操作しているキャラに追い抜かれてしまう。

 膝に乗っている海佳を思い切り退かすことはできなくはないが、それによって怪我をさせてしまう可能性がある。

 したがって、このまま続行するしかないという決断に至った。


「仕方ないな」


 どうすれば俺がまともな操作をできるのか。

 残された答えは一つしか残っていない。

 俺は海佳の後ろから手を回してお腹のところまで持っていき、海佳に抱きつくような形でコントローラーを持った。

 幸いだったのは海佳の顔が小さいこと。少し顔を横にずらせば、テレビの画面はちゃんと見える。


「ちょっ……ちょっと綾人!?」

「お前が退かないのがいけないんだ。我慢しろ」

「そ、そんなこと言ったって……」


 かなり密着している状態になっていて恥ずかしいのか、海佳の耳を一瞥してみると真っ赤に染まっていた。

 こいつの方から勝負中に邪魔してきたんだ。やり返しても文句は言われまい。

 俺はゲームに集中しながらも、海佳の右耳にふーっと息を吹きかけた。


「んっ……」


 すると、予想以上に可愛らしい声を出し、先程よりも更に耳を赤くしている。

 その様子がとても愛らしく、もう一度同じように右耳に息を吹きかけてみた。ついでに左耳にもやっておこう。


「あ、綾人…………それだめっ……」


 艶かしい声を上げ、同時にゴール直前で海佳はコントローラーを落としてしまった。

 よって俺が操作していたキャラは差し切り、1位でゴールを遂げる。


「残念だったな、海佳。俺の勝ちだ」

「……」

「……ん? 海佳?」


 名前を呼んでも返事はない。


「おーい」

「……はぁはぁはぁ」

「おい、海佳?」


 海佳は息を荒らげながら自ら立ち上がり、ベッドに座ったままの俺を見下ろしてくる。

 やがて両肩に手を置いてきて、そのまま後ろに突き飛ばされた。

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