第28話 ずっと隠してた抑えきれない気持ち

海佳うみか、どうしたんだよ」


 綾人あやとに名前を呼ばれた私――東雲しののめ海佳の体は、いつの間にか言うことを聞かなくなっていた。


「……」


 もう我慢できなかった。

 体は燃えるように熱く、耳に息を吹きかけられてからずっと体がうずいている。

 今まで味わったことのない、初めての感覚。

 私の体はどうしてしまったのだろう。

 年頃の男女がベッドですること。それは動画を見て勉強したから、ちょっとは分かる。

 いい雰囲気になって、服を脱ぎ、やるべき事をやる。女子高校生が……って動画もあった。

 私も一応女子高校生だけど、そんな体験は一度もない。

 動画に出ていた人たちは、みんな今の私と同じような感覚を味わっていたのだろうか。


「綾人……」


 私に押し倒されてベッドに仰向けになった綾人を逃がさないようにお腹の上に乗っかり、見下ろすように綾人を見る。

 すると綾人は視線を逸らし、困った顔を見せた。すごく可愛い。


「海佳、退いてくれ」

「やだ」


 再び綾人は困った顔を見せる。

 逃げようと抵抗はしてくるけど、あまり力強く私を退かすつもりはないらしい。


「急にどうしたんだよ。この状況、誰かに見られたらどうすんだ」

「心配しなくて大丈夫だよ。だって、誰にも見られないんだから」

「なんで断定を……」

「家の鍵は閉まってるし、綾人の両親はまだ帰ってこないでしょ?」


 幼馴染で、ほぼ毎日のように家に来ているから、綾人のことならなんだって分かる。


 綾人の好きなもの。

 綾人の好きなこと。

 綾人の好きな異性のタイプ。

 綾人の好きな髪型。

 綾人の好きな服装。

 綾人の好きな仕草。

 綾人の好きな声色。

 好きな漫画やアニメ。ゲーム。食べ物。飲み物。お菓子。休日の過ごし方等々。


 綾人が関係することは、大体全部知っている。広く浅く。どんなことでも。

 好きなことだけでなく、嫌いなものも。ルーティンや朝起きる時間、寝る時間も例外ではない。

 今何をしてほしいのか、何をしてほしくないのかすらも。

 綾人のことなら、何もかも知っている。


「そうだけど……」

「だから、大丈夫だよ」

「でも……」


 綾人は優しいから、どんな私でも受け入れてくれる。


「いいから、私に全部任せて」


 綾人の顔に、少しずつ顔を近づけていく。

 もう戻らない。私は止まらない。

 綾人とキスしたい。初めての思い出を、綾人に捧げたい。

 目と目が合い、綾人はようやく理解したらしい。私がこれから何をしようとしているのかを。

 やがて鼻先が触れ、あとほんの少しで唇と唇がぶつかってしまう距離まで来た。


「……海佳」


 すると綾人は私の唇を片手で押さえ、俯きながらゆっくりと起き上がった。その後私を膝の上に乗せ、向かい合う。


「それはダメだ」


 はっきりと、私とはキスできないと言われてしまった。


「……なんで」

「なんでって、俺と海佳は恋人じゃないだろ」


 いつの間にかずっと体にこもっていた熱は感じなくなり、むしろ体全体は冷たくなっている。


「それでも私は……」

「俺は海佳のことなら大体は分かるつもりだ。海佳、本当にこのまま俺とキスをしてよかったのか?」

「どういうこと……」


 綾人が何を言っているのか。

 分かっているけど、分かっていないフリをする。


「ファーストキスは大事にしたい。ずっと前から海佳が言ってた言葉だ。最愛の人と恋人になって、絶対ロマンチックなキスをしたいんだって言ってただろ」

「そうだけど……綾人は何も分かってないよ」


 私の気持ちなんて、分かるはずがない。


「……本当に、何も分かってない」


 私は綾人のことが大好き。

 だけど私は、この気持ちを伝えて恋人になってほしいと一度たりとも迫ったことはない。

 なんでか分かる?

 ずっと一緒にいるからいつでも告白できるのに、私が一度も気持ちを伝えなかった理由。

 好きという言葉は使っても、恋人になってほしいとは言わなかった理由。


 単純に振られるのが怖かったから、という理由ももちろんある。

 でも、根本的な理由はそんな単純なものじゃない。

 

 それが私がいつまでも告白をしない根本的な理由。

 綾人は優しすぎるから、女の子に告白されると断れなくて絶対に付き合ってしまう。

 中学生の時、全く知らない人に告白されたのにOKして付き合ってたこともあったよね。


 振ったら可哀想だからとか、断れないからとか。そんな理由で私は綾人と付き合いたくない。

 ちゃんと綾人に私を好きになってもらって、私からじゃなく綾人から告白されて付き合いたいの。

 綾人は分かってる? 分からないよね。

 私のこのずっと隠してた抑えきれない気持ち。

 最近は好きな気持ちが抑えきれなくて、ちょっと暴走しちゃってたけど。これからはまた、前と同じように綾人の方から好きになってもらえるように地道に頑張りたい。


「海佳……」

「ごめん。最近の私、ちょっとおかしかったよね」

「そんなことないよ」

「ううん、おかしかったよ。今日のことも忘れて。私、もう帰るね」

「……わかった。送ってくよ」

「ありがと」


 私たちは一斉に立ち上がり、部屋を出た。

 一応言っておくけど、綾人のことは誰にも渡すつもりないから。

 最近は桜島さくらじまさんとも仲良いみたいだけど、私たちの邪魔をしようって言うなら容赦はしない。

 それだけは覚えておいてね。

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