第5話 桜島さんの様子がおかしい

 本屋から歩いて約十分。

 桜島さくらじまさんが言っていた場所、落ち着いてゆっくりできるという穴場カフェにやってきた。

 普通の道路沿いにあるが、どうやら地下への階段を下りることでお店に入ることができるらしい。まるで秘密基地のようで、入る前から高揚感が湧いてくる。

 可愛いモンスターのイラストが描かれた看板に迎えられ、俺たちは二人で中に入った。


「おぉ!」


 扉を開けると、店内では落ち着いたクラシックな音楽が流れており、コーヒーのいい香りが鼻腔をくすぐった。

 駅の近くであるため人が混んでいると思ったが、穴場カフェと言うだけあってあまり混んでいない。


「こんなカフェが近くにあったなんて……。ここにはよく来るの?」

「はい。私の行きつけのお店なんです。店内はあまりうるさくならないので、リラックスしたい時にオススメですよ」

「それはいいな」


 俺はカフェラテ、桜島さんはキャラメルラテをそれぞれ頼んで窓際の席に着いた。

 するとすぐに、桜島さんの口が開く。


藤山ふじやまくん、改めてお礼をさせてください。あの時は助けていただいて、本当にありがとうございました」

「いやいや、別に大したことはしてないよ」


 これは謙遜ではない。俺は本当に大したことはしていないのだ。

 偶然異変に気づき、警察を呼んで、あとは警察が来るまで時間稼ぎをしていただけに過ぎない。

 警察の人が来なければ、あの時の俺は何もできなかっただろうし。


「本当は私の両親も、藤山くんと藤山くんのご両親にお礼をしたいとずっと言ってるんです。迷惑でなければ、今度藤山くんのお家に伺ってもいいですか?」

「いや、別にそこまでしなくても……」

「だめ、ですか?」

「……わかった。親に伝えとくよ」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 上目遣いでお願いしてくるのはずるいって。誰だって断れないもん。


「じゃあ、もしよかったら連絡先交換しませんか? 日取りを決める時に必要ですし」

「そうだね。もちろんいいよ」


 俺は桜島さんのスマホに写し出されたQRコードを読み取り、可愛い犬のアイコンが友達リストに追加された。犬については詳しくないため合っているか分からないが、トイプードルだろうか。

 桜島さんに犬種を確認しようと思い、隣を見る。

 するとそこにはスマホで口元を隠し、目尻を提げながら頬を赤く染めた彼女の姿があった。その姿は絵になるほど美しく、思わず見惚れてしまうくらいに可愛らしい。


「……え、な、なんですか? あまりこっち見ないでくださいっ」

「ご、ごめん! なんか嬉しそうにしてたから、つい」

「恥ずかしい……じ、実は、同級生で異性の人と連絡先を交換するの初めてなんです。だから、その……あまり見ないでくださいっ」

「はいすいませんっ!」


 二度も見ないで! と言われてしまい、俺は謝ることしかできない。

 それにしても同級生で異性の人と初めて連絡先を交換したと言われて、少し嬉しい気持ちになっている自分がいる。

 桜島さんはいつも教室では男女複数人に囲まれており、比較的友達は男女問わず多い印象。さらに連絡先の交換なんて、クラス外の多くの男から求められているはずだ。なのに、たったの一人とも交換していなかったなんて意外である。


「とりあえず都合のいい日が分かったら連絡するよ」

「……はい。ありがとうございます」


 その後はまったりと、頼んだ飲み物を飲みながらさまざまなことを話した。

 学校でのことや趣味、漫画についてなど、時間を忘れて話に夢中になってしまうほどに楽しい時間だった。

 ふと外に目をやると、もう暗くなり始めている。時計を見ると、いつの間にか十九時を過ぎていた。


「もうこんな時間か。やばいな」

「どうかしたんですか?」

「実はこの後、海佳うみかが家に来ることになってるんだよ」

「海佳……? 東雲しののめさんですか?」

「そうそう」


 海佳は部活が終わると、特別な用事がない限り「ひまぁ〜」とか言って家に来る。

 その時間が大体二十時過ぎくらいだ。

 今から帰ってちょうどか、少し遅れるくらいだろうか。

 今日家に来るかは定かではないが、そろそろ帰った方がいいだろう。桜島さんのためにも。


「ごめん。こんな夜遅くまで話し込んじゃって。つい楽しくて時間を忘れちゃってたみたいだ。家まで送ってくよ」


 つい最近ストーカーに遭ったばかりで夜は怖いはずなのに、あろうことか夜遅くまで話し込んでしまった。

 配慮が足りてなかったと反省しつつ、桜島さんに謝ると同時に海佳にも謝罪の連絡をすることに決める。

 しかし、桜島さんからの返答がない。

 もしかして怒らせてしまったのだろうかと心配になって隣を見ると、案の定怒らせてしまったようだ。

 つい先程まで楽しく談笑していたのに、今となっては真顔で下を向きながらずっと何かを呟いている。本当に怖い。


「本当にごめん。早く帰ろうか」

「…………」

「あ、あの……桜島、さん?」

(……ふーん。東雲さんとお家で……ふーん……)


 再び話しかけるが、返答はない。三十秒ほど経った未だに、真顔で下を向きながら何かを呟いている。

 もしかして俺、呪われてる?


「桜島さん。俺――」

「すいません。東雲さんと藤山くんが仲良くしている様子を思い浮かべたら、つい羨ましくなってしまって」

「……え? あ、うん?」


 言っている意味が分からなかった。

 でも良かった。怒ってはいないようだ。


「羨ましいです。本当に」


 笑顔で言っているが、目の奥が笑っていない。

 え、なに? 本当に怖いんだけど。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。東雲さんの藤山くんをいつまでも独占していては、東雲さんに申し訳ないですし」

「別に海佳のではないんだけど……」


 海佳はただの幼なじみだ。

 クラスの中でも以前まで俺と海佳が付き合っていると誤解していた奴がいたが、決してそんな関係ではない。

 ただ家が近いだけであり、普通に仲の良い女友達ってだけである。勘違いされては困る。

 俺がきっぱりと否定すると、桜島さんは心なしか笑みを浮かべた。


「では、今日は私が独占してもよろしいですか?」

「…………え?」


 今日の桜島さんはどこかおかしい。そう思わざるを得なかった。

 いつも教室で見る彼女とは違う。

 妖艶な笑みを浮かべながら俺の目をひたすらに見つめ、こっちへ来いと言わんばかりに両手を広げている。

 なぜこのような状況になっているのか、どうすればいいのか分からず混乱してしまう。

 すると桜島さんは広げていた手を戻し、再び笑みを浮かべた。


「すいません、冗談です。どのような反応をするのか気になって、ついからかってしまいました」

「っ!?」

「藤山くんの困っている姿、とても可愛かったですよ」

「……本当にどうすればいいか分からなくなるからやめてくれ」

「また藤山くんの困った姿を見たくなったら、やっちゃうかもしれません」

「勘弁してくれ……」


 本当に勘弁してほしい。

 その後何度も言ったが、言う度に話を濁されて聞いてくれる様子はなかった。

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