第4話 奇遇ですね
教室に戻ると、一瞬にしてこちらに視線が集まった。
あのクラスのマドンナである
桜島さんのためにも、絶対に否定しなければならない。ストーカーにあんな事をされてまだあまり時間が経ってないのに、立て続けに意味のわからない噂を流されるなんて彼女からしたら我慢ならないだろうしな。
「みんな勘違いしてるけど、俺と桜島さんは別に付き合ってなんかない。桜島さんにも迷惑だし、根も葉もない噂を信じないでほしい」
「だったらあの二枚の写真はなんなんだよ」
きっぱり否定したはずだが、教室の中央に集まっていた一人が信じられないと声を上げる。
この教室に桜島さんはいない。俺が頑張って一人で収束させるしかないようだ。
「ただ話してただけだ……なんて言っても信じてもらえないよな」
「教室で
いや、別にクラスメイトだったら仲良さそうに話してても普通じゃない?
写真見たけど、俺なんてクラスのマドンナに話しかけられてめっちゃ戸惑ってる顔してたし。確かに桜島さんは飛びっきりの笑顔だったけど。
「それは――」
何を言えば信じてくれるのか分からず、言葉に詰まってしまう。
だって何を言っても絶対信じてくれないじゃん。
こちらを見ていたクラスメイトたちは怪訝な顔を見せる。俺が否定し切れず、まさか本当に付き合ってるんじゃないか、と思われているに違いない。
すると、見兼ねた
「
腰に手を当て、自慢げに言う。
確かに俺と海佳は家が近いため、幼い頃からずっと一緒にいる。そのことはクラスの大半が知っている事実であるため、説得力がある。
話を聞いていたクラスメイトの中には、「確かに……」と頷いている人が散見された。
「そうだよねぇ。綾人くんと桜島さんじゃ釣り合わないもん。綾人くんみたいなどこにでもいるような顔じゃ、桜島さんは靡かないよ」
海佳に続いて
そして
「そうだそうだ! 綾人にはもう嫁が――!」
やっぱお前は黙っといてくれ。
「確かに、
「いくらなんでも考えすぎか」
「よかった。俺らの桜島さんは守られたぞー!!」
「「「うぉぉぉおおお!!!」」」
クラスの奴ら(主に男子)は教室の中央に集まり、全員でガッツポーズを決める。まじでなんなんだこいつら。
だが、無事に一件落着。
俺の力だけでというわけではないが、これで桜島さんに余計なストレスがかからずに済むだろう。本当に良かったと思うと同時に、安堵のため息をついた。
誤解が解けたところで、クラスの面々は部活に向かい始めた。陽太たち三人も続いて部活に向かう。
俺は部活に入っていないため、学校に残っていてもやることがなく帰宅を余儀なくされる。
「みんなよくやるよなぁ。部活なんてもうやりたくない」
陽太はサッカー部。海佳と遥香はバドミントン部に入っている。全員中学から続けている部活だ。
俺も一応中学時代はサッカー部に入っていたが、高校ではちょっとした事情があって入らなかった。
その時のことについてあまり思い出したくはないため、考えないようにしながら早歩きで学校を出る。
しばらく歩いたところで、駅前にある本屋に入ることにした。特に買いたい本があるわけではないが、暇な時は面白そうな本がないか探しに入ることが多い。
「そろそろ新しい漫画でも読みたいしな」
みんなが部活をしている時間。それは俺にとって、何もすることがない時間だ。
部活の時間が終われば海佳が家に遊びに来ることが多いため、その後は退屈しない。だから海佳が来るまでは漫画を読んだり、ゲームをしたり、昼寝をしたりで時間をつぶしている。
特に漫画は高校に入ってから読み始め、今ではもう完全に沼にはまってしまっている。
「次はラブコメ漫画でも読みたいな。いいのないかな……」
本屋の中を歩くこと約三十分。ようやく面白そうなものを見つけた。
本屋で歩いていると、絶対と言ってもいいほど時間を忘れてしまう。長い時は一時間くらい本を見て回っていたこともあったくらいだ。
そして気になった本に手を伸ばし、取ろうとしたところで誰か知らない人の手にぶつかってしまう。
「あっ、すいません!」
「こちらこそ……あ」
「ん? え!?」
あまりにも衝撃だったため、急いで手を離し、後ずさりしてしまう。
手がぶつかったのは、知らない人なんかではなかった。
俺と同じ高校の制服を着ており、モデル顔負けのスタイル。高校に進学して間もないにもかかわらず大人びた顔立ちをしており、すらっと腰まで伸びた黒髪を揺らした美少女。そしてつい最近ストーカーから助け、ほんの少しだけ接点ができた桜島さんだ。
そんな彼女にとっても予想外だったのか、一瞬驚いた顔でこちらを見た。するとすぐに頬を赤く染め、思わず見惚れてしまうほどに可愛らしい笑顔を向けてくる。
「藤山くん。奇遇ですね」
「……うん、そうだね。あ、これ、どうぞ」
「いいんですか? もう残り一冊しかないみたいですけど」
「俺は大丈夫だよ。少し気になっただけだから」
「でも……」
申し訳なさそうな顔をして、俯かれてしまう。
俺は別に、この本が目当てで本屋に来たわけではない。
だがもし桜島さんがこの本が目当てで来ていたらと考えると、俺はここでは譲るのがベターだろう。
「本当に大丈夫だから。めっちゃ欲しいってわけじゃなかったし」
「そうなんですね。では、ありがたく頂きます。大切にしますね」
「いえいえ」
手に取ったラブコメ漫画を桜島さんに渡し、一緒にいるところを誰かに見られる前に足早に帰ることを決める。
もし同じクラスの奴に見られでもしたら、また誤解を生みそうで面倒だしな。
「じゃあ、また明日」
「……待ってください」
いち早く帰るため背を向けたところで、俺から受け取った漫画をぎゅっと両手で持った桜島さんに待ったをかけられた。
「ちょっとここで待っててください」
そう言って桜島さんは近くにあったレジに小走りで向かい、会計を済ませるとすぐに戻ってくる。
俺はなぜ待たされているのか疑問に思いつつも、ちゃんと一歩も動かずに待っていた。
「あの、この後って何か用事ありますか?」
「何もないけど……」
「良かったです。じゃあ少し、お時間いただけませんか?」
両手の指先を合わせながら、上目遣いでこちらを見つめてくる。うん、断れるわけないよね。
「構わないけど、どこか行きたい場所でもあるの?」
「藤山くんと少しお話しをしたいなと思いまして」
「え、お話し?」
「はい! ……嫌、ですか?」
またしても上目遣いで言われる。もちろん断れるわけがない。
「嫌じゃないよ。俺なんかでよければいくらでも付き合うけど」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
嬉しそうににっこりと笑う。
桜島さん曰く、近くに落ち着いてゆっくりできる穴場カフェがあるらしい。そこで少し話していくことに決まり、早速二人で向かったのだった。
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