第23話 絶対に助ける

「おい、今なんて言った?」

「聞こえなかったのか? 耳まで腐ってんな」

「「あぁ?」」

「いいからその汚い手を離せ。彼女が汚れるだろ」

「どうなっても知らねぇぞ」

「来いよ」


 相手は男二人。さすがに分が悪い。

 加えて二人とも喧嘩慣れしていそうで、あまり喧嘩なんてしない平和主義な俺では全く歯が立たなそうだ。

 正攻法では勝てない。

 すなわち、正攻法以外では勝てる可能性があるということ。


「はっ、女の前だからって調子こいてんじゃねぇぞクソガキが!!」


 一人がこちらに向かってきたため、俺はファイティングポーズを構えた。

 桜島さくらじまさんは心配そうにこちらを見ている。


藤山ふじやまくん! 逃げてください!」

「逃げるわけないだろ」


 俺が逃げたら、桜島さんはどうなるのか。

 考えただけでも吐き気がする。

 逃げるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。

 だから俺は……。


「うぉえ!?」


 こちらに向かってきた男の一人は俺の素晴らしい一撃により、素っ頓狂な声を上げて膝から崩れ落ちた。

 たったの一撃。相手が特別弱かったわけではない。男ならば、誰でも絶対に弱点となる場所を蹴られるとこうなってしまうのだ。

 股間を思い切り蹴り上げられ、地面に這いつくばりながら涙目でこちらを見上げてくる。


「ひ、卑怯だぞ……」

「そもそも二対一の方が卑怯なんだよ」

「こ、この野郎!」


 もう一人も桜島さんの手をようやく離し、こちらに向かってきた。

 だが、既にやられた仲間の惨状を見て微妙な面持ちだ。

 相手の右ストレートをサイドステップしながら左手で受け流し、一人目と同じように股間を狙って思い切り蹴り上げる。


「うぉえ!?」


 そして二人は地面に這いつくばり、しばらく経つと股間を抑えながら走り去っていった。

 急所を思い切り蹴り上げられたら、ほとんどの男はしばらく身動きが取れなくなり戦意を喪失する。

 残念だったな。相手が悪かったんだよ。ふははははは。


「なんか俺の方が悪役みたいだな……」


 卑怯な勝ち方で、あまりかっこいい姿とは言えない。

 でも、無事に桜島さんを助けられてよかった。

 俺は泣き崩れている桜島さんに急いで近寄り、すっと抱き寄せた。


「ふ、藤山くん……」

「桜島さん、遅れてごめん。怖い思いをさせて、ごめん」


 短い間で怖い思いを二度もして、普通だったら精神的に耐えられない。

 俺のせいで。俺が桜島さんを一人にしなければ、こんなことは起きなかった。

 今の俺では、桜島さんを安心させることはできないかもしれない。だけど、少しでも桜島さんの心を楽にすることができるなら。

 そんな思いで、彼女の頭を撫でながら優しく抱き締めた。


「桜島さん、大丈夫?」

「……はい。でも、もう少しこのままで居させてください」

「仕方ないな」


 柔らかい身体をこちらに委ね、密着してくる。

 同時に、柑橘系のいい匂いが鼻腔をくすぐった。

 この状況をクラスメイトに見られたら、とんだ誤解をされてしまうに違いない。

 桜島さんにはまたしても迷惑をかけることになってしまうが、今回ばかりは仕方がないだろう。


 そのまま抱き締めた状態でいたが、しばらく時間が経つと桜島さんの方から離れていった。

 目元は真っ赤に腫れ上がっているが、なんとか落ち着きを取り戻した様子だった。

 やっぱりアイツらの股間、一回だけじゃなくて三回くらいは思い切り蹴り上げた方がよかっただろうか。


「桜島さん、大丈夫?」

「はい。もう大丈夫です」

「よかった」


 本当に、無事でよかった。


「藤山くん、助けてくれてありがとうございました」

「全然。当たり前だよ」

「すごく、かっこよかったです……」


 頬を赤く染めながら、微笑んで言う桜島さん。

 俺自身全くかっこいい助け方とは思わなかったが、桜島さんがかっこいいと思ってくれたなら別にいいか。


「ありがとう。でも、これからはちゃんと今日みたいにならないように気をつけるから」

「……はい」


 今日はもう色々ありすぎて、桜島さんも疲れただろう。

 ちゃんと家まで送ると決め、俺たちは帰路に就いたのだった。


 家の最寄り駅に到着し、二人で電車を降りた。

 俺と桜島さんでは家の最寄り駅は少し離れているが、今日のように酷い目に遭ったのに一人で帰らせるわけにはいかない。

 電車で帰る前はまだ明るかったが、もう暗くなり始めている。


「帰ろうか」

「はい」


 桜島さんを家まで送るのは今回が初めてではない。

 本屋で偶然会ってカフェで話した時に、一回家まで送ったことがある。

 よって家の場所は把握できいるため、先導する形で歩き出した。

 すると、後ろから突然桜島さんに手を掴まれる。


「桜島さん? どうしたの?」

「暗くて怖いので、手繋いでもいいですか?」

「仕方ないな」


 怖いなら仕方ない。

 男二人にナンパされたばっかりで、ナンパが横行する夜なんかは怖くて当然だ。

 今度こそちゃんと見失わないように、俺は桜島さんの手をぎゅっと握って絶対に離れないようにした。

 もう二度と、目の前で酷い目に遭わせたくない。絶対に遭わせない。

 そう誓うように、強く握りしめた。

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