第22話 彼女の行方

「……え、どこ行ったんだ?」


 周りを見回すが、桜島さくらじまさんの姿は見当たらない。

 自ら席を離れるなら、一言くらい声をかけてくれるはずだ。

 トイレに行っているという可能性もあるが、それ以外の最悪の事態も想定できる。

 俺が最近よく誰かに見られているのと、何か関係があるのだろうか。もしも関係があるのであれば、桜島さんがかなり危ない状態だ。

 いや、でも今日は珍しくずっと誰かに見られているような感覚はない。その線は薄そうだ。


「桜島さん……」


 最悪の事態になっていなければいいが、やはり心配だ。

 とりあえず持っていた二つの飲み物をテーブル席に置き、周辺にいる人に片っ端から声をかけてみることにした。


「あの、すいません」

「はい?」

「この辺でベージュのワンピースを着た長い黒髪の女の子、見ませんでした?」

「ごめんなさい。見てないわ」

「……そうですか。ありがとうございます」


 それから約五組に聞いてみるが、誰も桜島さんの姿を見た人はいなかった。

 目撃情報なし。完全に詰んでいる。

 水族館内では、休日だからかすごく人が多いせいもあるだろう。一々見た人の顔や服装なんて覚えるわけがない。

 一応先程のテーブル席に戻ってみるが、やはり桜島さんの姿はなかった。

 嫌な予感しかせず、冷や汗が止まらない。

 どうすればいいのか分からず、呆然と立ち尽くしてしまう。

 すると、最初に話しかけた女の人が慌てた様子で話しかけてきた。


「あ、いた! そこの君! 探していた女の子は見つかった!?」

「……いえ、まだ見つかってないです」

「ベージュのワンピースを着た長い黒髪の女の子だったわよね?」

「はい」

「その子が出口に向かって歩いて行ったのを見た、って人がいたわ。二人の男の人に手を引かれてたって」

「……っ!! ありがとうございます!」


 どうやら俺が話しかけてから、俺と同じように桜島さんの姿を見た人がいないか周りの人に聞いてくれていたらしい。

 感謝してもし切れず、深々と頭を下げてから走って出口へ向かった。

 気になる点は、男二人に手を引かれていたこと。

 恐らく桜島さんはその男二人にナンパをされ、強引に外に連れ出されたのだろう。

 俺が彼女を一人にしたせいで。


「クソクソクソクソ!!」


 俺が彼女を一人にしなければ、こんなことにはならなかった。

 桜島さんはクラスのマドンナであり、学校のほとんどの男子から好意を抱かれているような存在。

 そんな彼女が一人でいて、ナンパをしない男なんてこの世には一人もいない。

 分かっていたはずなのに。俺はどうして……!


 歩いている人たちを避け、急いで水族館から出た。

 外はまだ暗くなってなく、先程まで暗い場所にいたせいか日差しが眩しかった。

 そして桜島さんたちが水族館を出てから、あまり時間は経っていないはずだ。

 桜島さんが無抵抗で連れて行かれたなら危ないが、抵抗していればまだ近くにいるはず。


「桜島さーーーん!!」


 今まで出したこともない大声で何度も彼女の名前を叫ぶ。

 頼む! 返事をしてくれ!


「桜島さーーーん!!」


 すると微かに、小さな声だが俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 再び彼女の名前を大声で呼びながら、周りを見回した。

 また、微かに俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 間違いない。桜島さんは、まだ近くにいる。

 焦らず冷静に、周りを見回す。


「……あ、いた!」


 水族館を出て、川を目の前に赤信号で立ち止まっている三人の男女。

 女子の方はベージュのワンピースを着た桜島さん。

 男の方は二人とも見るからにチャラそうで、絶対に離すまいと桜島さんの手を掴んでいる。


「あの野郎!!」


 急いで駆け寄り、桜島さんの手を掴む男二人を睨みつける。

 すると男二人は俺の存在に気づいたようで、「あぁ?」とドスのきいた声で威圧しながらこちらを見てきた。


「離してください。彼女が嫌がってるじゃないですか」

「なんだよガキ。今いいとこなんだから邪魔すんなよ」

「彼女が嫌がってるの、わかりませんか?」

「この子の意思なんてどうでもいいんだよ。俺たちの相手をしてくれればさ」


 ギャハハハハ、と気持ちの悪い声で笑うクズたち。

 そんなクズたちを見て、桜島さんは怯えた様子で震えていた。声も出せないのか、抵抗しつつも黙り込んでいる。

 せっかくのデート。きれいに着飾ってくれて、とても可愛かった顔が台無しである。

 お前たちのようなクズがいなければ。


「あ、もしかして君、この子の彼氏?」

「いやいや、有り得ないでしょ。釣り合わないって」

「確かにー」


 再び気持ちの悪い声で、ピーピー鳴き始める。

 本当に、気持ち悪い。


「彼氏ですが、なにか?」

「「……は?」」

「だから、俺の彼女だからその子から離れろ」


 驚いているクズどもを睨みつける。

 しかし、彼女でもいいじゃんと言わんばかりに喚き始めた。


「いいねいいね! そんなに怒らなくても混ぜてあげるからさ、彼氏くんも一緒に行こうよ」

「いや、名案すぎるでしょ!」


 何言ってんだ、こいつら。


「一回人の彼女寝取ってみたかったんだよなぁ!」

「うわ、わかるぅ! でも彼氏くんも誘っちゃう?」

「目の前でヤるからこそ、気持ちいいんだろうが」

「確かにー」


 さっきから何が面白いのか分からないが、ずっと二人は腹を抱えて笑っている。

 こんな最低なヤツらが、存在していていいのだろうか。


「……ふざけんな」

「「あ?」」

「ふざけんな。クズどもが」


 許せない。絶対に、許さない。

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