第21話 水族館へ
俺は今、窮地に立たされていた。
男との間接キスなら全然気にしないが、女子との間接キスはどうしても気にしてしまう。単純に恥ずかしいし。
しかし彼女が気にしないでいいと言っているのだから、別にいいのだろうか。
「
「別に嫌ってわけじゃないけどさ、男女だと色々あるから」
「
「うっ……」
そのため、色々なものを共有することは多い。当然中には間接キスになってしまうものもあるが、学校では気をつけてしていないはずだ。
なのになぜ、桜島さんが俺と海佳のことについて詳しく知っているのだろうか。
「海佳は小さい頃からずっと一緒にいるからさ、あんまりそういうのに抵抗ないんだよ」
「(ふーん。やっぱり私とはダメなのに、東雲さんとならいいんだ。ふーん)」
「……え? 桜島……さん?」
「はい。なんですか?」
「今、なんか言った?」
「いえ、何も言ってませんよ」
「……そっか」
一瞬すごい剣幕で何かをブツブツ呟いていたような気がしたが、気のせい……だったんだろうか。いや、気のせいであってほしい。
「あ、いいこと思いつきました!」
嫌な予感しかしないんですけど。
「いいこと?」
「はい! お互い半分飲んだら交換しましょう。そうすれば、間接キスなんて気にならないでしょう?」
「全然気になるけど」
「なんでですか!?」
いやだってそれ、どっちみち間接キスしてるじゃん。
確かに自分のもとに元々飲んでいたものは戻ってこないが、間接キスしていることには変わらない。
まあ、どうしても抹茶クリームのフラペチーノを飲みたいと言うなら仕方ないか。
スタベ飲むの初めてって言ってたし、色々な味を知りたいというのは当然だ。
「……仕方ないな。じゃあ、半分飲んだら交換しようか」
一応言っておくが、決してクラスのマドンナである桜島さんと間接キスしたいわけではない。ほんとに。
「ほんとですか?」
「うん。嘘はつかないよ」
「ありがとうございます!」
二人とも半分飲み終え、飲んでいる物を交換した。
桜島さんは提案しただけあって気にしていないのか、俺との間接キスを物ともせずにストローを咥えている。
俺はというと、さすがに恥ずかしくて未だに渋っていた。なんなら別に飲まなくてもいいのでは? とも思い始めてる。
すると、桜島さんは泣きそうになりながらこちらを見上げてきた。
「やっぱり私との間接キスは嫌、ですか?」
「全然嫌じゃないです」
――チュルチュル。
俺が悪かったです。
女子を泣かせてはいけない。小さい頃から父さんに言われ続け、ずっと守ってきた教訓。
せっかくのデート中。相手を泣かせるなんて、言語道断である。だから俺は諦めて、つい先程まで桜島さんが使っていたストローを咥えたのだった。
全部飲み終わったところで、俺たちは水族館へ向かうことに決めた。
飲んでいる途中で気づいたのだが、わざわざストローを使い回すのではなく新しい物を貰えばよかった。
しかしそれを桜島さんに提案すると、怖い顔で「ダメです」と言われた。いや、なんで?
「俺がカップとか片すから、外で待ってて」
「わかりました……あ、やっぱり私が片付けます」
「え?」
「藤山くんには私のわがままを聞いてもらったので、そのお礼です」
「……そっか。じゃあ頼むよ」
「すぐに片付けますので、外で待っててください」
「うん。ありがとう」
別に気にしなくてよかったのにと思いつつも、桜島さんにカップを渡してから外に出た。
少し待つと、桜島さんが小走りで駆け寄ってきた。
「お待たせしました」
「よし、じゃあ水族館行こうか」
「はい」
水族館に向かうと、先程よりも待っている人は少なくなっていた。入場待機列は無くなっていて、入場チケットを買えば順番に入れるようになっている。
早速入場チケットを購入し、俺たちは館内に入場した。
入場するとすぐに見えたのは、濃い緑のきれいな水草が生えている水槽。ここでは、魚やエビなどの小さな生き物が共存している。
「可愛い……」
どうやら桜島さんは気に入ったようだ。
小さな魚が泳いでいるのを見て微笑み、水槽に向かって手を振っている。
しばらく同じ水槽の前から動かないまま、初めて水族館に来た子どものように楽しそうにずっと中を覗いていた。
「可愛いね」
「はい……って、え!? 私がですか!?」
「どうしてそうなった!?」
ここは水族館なんだから、魚のことを言ってるに決まってるだろ。
まあ、確かに桜島さんも可愛いけど。
「……そろそろ次行こうか」
「はい」
続いて見えてきたのは、さまざまな色のLED照明できれいにライトアップされた中でクラゲが泳いでいる水槽だ。この景色は何度見ても圧巻される。
桜島さんは初めて見たようで、目を輝かせながら歩を進めていた。
それからもゆっくりと館内を歩き続け、ペンギンの水槽前にあるペンギンカフェで少し休憩することになった。
「ちょっと疲れちゃいました……」
「桜島さん、すごく楽しんでたもんね。飲み物買ってくるから、そこで座って待ってて」
「あ、ありがとうございます」
桜島さんをテーブル席に座らせ、俺はペンギンカフェのカウンターに向かう。
しかしこの時、俺は間違った選択をしてしまった。
俺は今日、どんな人と来ていたのか。学校内で一番可愛くて、男女関係なく人気な女子。
そんな子を、一人にしてしまった。
それがいけなかった。
ペンギンカフェで二人分の飲み物を買い、桜島さんを待たせているテーブル席に向かう。
「……あれ? 桜島さん?」
だが桜島さんを待たせたはずの席には、彼女の姿はなかった。
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