第24話 付き合ってないんだけど

 翌日、教室内では俯きながら頭を抱えている人が散見された。

 特にというより、全員男子。女子は一人も頭を抱えている様子はない。

 朝、学校に来てからずっとこんな感じだ。

 原因は不明。もしかしたら俺と桜島さくらじまさんがデートしていたことが原因なのかもしれないが、違うと思いたい。

 だが、悲しくもその予感は的中してしまう。


藤山ふじやま、ちょっといいか」


 桜島さんがいない時を狙ったのか、俺のもとに一人の男子がやって来た。残念ながら、名前は知らない。


「どうした?」

「やっぱり、お前は桜島さんと付き合ってるのか?」


 前にも一度、俺と桜島さんが付き合ってるのではないかと聞かれたことがある。

 その時にちゃんと否定したはずだが、どうして二度も同じ質問をしてくるのだろうか。

 質問が桜島さん関連だからか、一気にこちらに注目が集まった。特に男子たちは殺気立っていて、俺を見る目がとても怖い。

 ……あれ、なんか海佳うみかも俺を見る目が怖い。さっきまで仲良く一緒に登校してたじゃん。そんな目で俺のこと見ないでよ。


「付き合ってない。前にも言っただろ」

「そうか……」


 ちゃんと否定したはずだが、男子たちは殺気を強める一方だった。


「でも、昨日二人で水族館に行ったんだろ?」

「なんで知ってるんだよ」

「偶然その場にいたクラスの女子が写真を送ってくれた」


 証拠になる写真、俺と桜島さんが二人で水族館にいる写真を見せられる。

 その写真はしっかり真正面から撮られたものだった。まるで俺たちが、水族館に来ることを事前に知っていたかのように。

 しかし、面倒なことになったな。

 二人で水族館に行ったのは事実。よって付き合っていると解釈され、誤解を招いてしまうのも頷ける。


「なるほどな。確かに俺と桜島さんは二人で水族館に行った。それは認める」

「やっぱり……」

「だが、付き合ってはいない。信じてほしい」


 教室にいる全員が疑いの目を向けてくる。

 何を言っても信じてくれなそうな雰囲気に、俺はどうすることもできない。

 前回助けてくれた海佳と遥香はるかも、みんなと同じように疑いの目を向けてきている。陽太ようたは教室内で唯一、気持ち良さそうに寝ていた。親友のピンチを助けずに、気持ち良さそうにヨダレ垂らしやがって。許さん。


「本当なんだ。信じてくれ」


 と言っても、信じてくれる人はこの教室には誰一人としていない。

 すると、何らかの用事で席を外していた当事者である桜島さんが教室に戻ってきた。


「藤山くん。クラスのみんなが注目してますけど、何かしたんですか?」

「いや、俺は何もしてないけど色々あってね……」

「ちょうどよかった。桜島さん、はっきりさせてくれないか。桜島さんと藤山は付き合ってるのか?」

「もしかして、昨日私と藤山くんが一緒にいるところをどなたかに見られてしまった感じですかね」

「ああ」


 動揺を見せるかと思ったが、一切そんな様子はない。

 桜島さんはなぜか不敵な笑みを浮かべ、教室全体を見回した。

 クラスのみんなは、桜島さんの答えを固唾を呑んで待つ。

 きっと桜島さんから否定されれば、もうこのようなふざけた噂は流れないだろう。

 彼女の影響力は絶大だ。俺なんかよりも信頼は厚い上に、男女関係なく友人が多い。

 だから……。


「ふふっ。やはり皆さんには知っておいてもらった方がいいかもしれませんね。皆さんが仰った通り、私は藤山くんと

「うんうん。これで解決…………って、はい!?!?」

「「「…………はぁぁぁあああ!?!?!?」」」


 うん、ちょっと一回タイム。頭を整理させて。

 俺、いつ桜島さんと付き合った? 付き合った覚えが全くないんですけど。

 ただ一緒に水族館行っただけだよね? もしかして知らないうちに付き合ってた? え、そんなことある?

 必死に情報を整理しようとするが、頭が混乱していてそれどころではなかった。


「ちょっ……桜島さん!? 俺たち付き合ってないよね!?」

「おい藤山! どういうことだ!」

「さっき付き合ってないって言ってた癖に!」

綾人あやと? ねぇ、嘘だよね? 綾人は私の彼氏だもんね?」

「海佳さん!? あなたとも付き合った覚えないんですけど!?」


 状況はますます悪化していく。

 桜島さんの爆弾発言により、クラスの男子たちは俺に対して攻撃を始めた。

 俺は桜島さんとも海佳とも付き合ってないはずだ。恐らく二人が一方的に言っているだけ。理由は不明だけど。

 なのにどうして、俺が責められなきゃいけないんだ……。

 この場にいると、誰かしらに刺されそうだ。

 俺は一旦戦略的撤退をすることに決めて教室を出ようとすると、桜島さんに腕を掴まれる。

 抵抗しようとするが、ピクリとも動かない。俺の力が弱すぎるのか、桜島さんの力が強すぎるのか……。


「ちょ、ちょっと離してくれませんかね!?」

「離しません。まだやらなければならないことが残ってますので」

「え?」

「キスです。私と藤山くんが付き合ってる証明として、ここでキスしましょう」

「ほんとに何を言ってるの!?」


 周りを見ると、殺意を込めてこちらを見ている人が多数見られた。

 このままでは、本当に俺の身が危険である。


「桜島さん、話をしよう。ちょっと来て」

「……なんですか? イチャイチャしたいのでしたら、別に私は教室でも……」

「全然違うけど!? いいから来て」

「わかりました」


 クラスのみんなには後でもう一度ちゃんと説明しよう。

 話を聞いてもらえるかは分からないが、両者ともに一度頭を冷やした方がいい。

 桜島さんには少しお説教が必要なようだ。


 人気のない場所まで桜島さんを連れて行き、俺たちは向かい合った。

 桜島さんの顔を見てみると、不気味な笑みを浮かべていた。そして、まるで何かをやりきったかのような達成感があるように感じられる。

 そんな彼女が、怖くて仕方がなかった。


「桜島さん、俺たちは付き合ってないよね。どうしてあんなこと言ったの?」

「私は藤山くんと秋田あきたくんのやり取りを廊下で聞いてました。それでもう私たちが付き合っていることにしてしまえば、すべて丸く解決するかなと思ったんです」


 秋田くん……ああ、俺に桜島さんと付き合ってるか聞いてきた奴のことか。

 だけど、絶対解決しない。

 逆に火種となり、余計奴らの俺に対する殺意が強まるだけだ。


「私と付き合っていることにすれば、藤山くんは彼らにもう殺意を向けられることはありません」

「どうして?」

「私がただ一言を彼らに言えば、もう手は出せなくなるからです」


 確かに、桜島さんの言っている通りかもしれない。

 桜島さんがただ一言やめてくれと言えば、恐らく奴らは言うことを誠実に聞いてくれるだろう。

 人気者というのは、本当に怖いものだ。


「恩人である藤山くんには、ずっとお返しをしたいと思っていたんです」

「それはありがたいけど……」

「藤山くん」


 時折見せる神妙な面持ちでこちらを見つめながら、透き通った声で名前を呼ばれる。


「クラスのみなさんが落ち着くまでの間、私とをしませんか?」

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