第25話 俺は
恋人のフリ、か。
確かに
絶大な人気があり、その分影響力が強い。私の彼氏が嫌がることをしないで、と言われてしまえば誰も逆らえない。
男子は皆、可愛い女の子には嫌われたくない。その一心で動いているため、逆らうことは不可能に近いのである。
桜島さんと恋人のフリをすれば、もう誰にも殺意を向けられない。
楽になれる。後ろ指を指される学校生活から脱却できる。いいこと尽くめじゃないか。
せっかく提案してくれたのだ。恋人のフリなんて本当はしたくないはずなのに。厚意を無下にはしたくない。
だけど、本当にそれでいいのだろうか。
「……ありがとう。桜島さん」
「っ! じゃあ早速――」
「でも、ごめん」
「…………え?」
「恋人のフリはできないよ」
俺にとっては得でしかない提案だった。
普通に考えて断る理由なんて見当たらないし、こちらから頭を下げてお願いするまであった提案だった。
でも、恋人のフリはしたくない。
「な、なんでですか? 理由を教えてください」
「嫌なんだよ。恋人のフリなんて」
「私と仮にでも恋人になるのが嫌……ってことですか?」
「違う! そんなわけないだろ!」
「ならどうして……」
「恋人のフリってことは、フリでも一応付き合うってことになる。嫌なんだ。お互い好きでもないのに、意味の分からない理由で桜島さんを振り回して、付き合うなんて」
俺の身の安全のため。男子たちに殺意を向けられたくないため。
そんな大したことのない理由で、桜島さんを振り回すわけにはいかない。
「恋人ってのは、好きな人同士がちゃんと好意を伝え合って、お互いのことを想い合ってなるものなんだ。軽い気持ちで桜島さんとフリでも付き合うなんて、俺は絶対に嫌だ」
「
「だから、ごめん。せっかく提案してくれたのに」
「いえ、私の方が謝るべきです。すいません。軽率でした」
二人して頭を下げる。
別に桜島さんが謝る必要はないのだが、気を遣わせてしまった自分が不甲斐ない。
だが、どうしたものか。今教室に戻れば、混乱しているクラスメイトたちが待っている。
男子たちは血眼になって俺を探しているかもしれない。見つかったら殺されるな、間違いなく。
「みんなにはどう説明しようかな」
桜島さんは俺と付き合っていると公言してしまっている。だが、実際には付き合っていない。なんて説明すれば、分かってもらえるだろうか。
まず俺が説明しようとしても、みんなは聞く耳をもたないだろう。桜島さんに説明してもらうしかない。
「そうですね……私のせいですし、私がなんとかします」
「だけど……」
なんとかすると言っても、一体どうするのだろうか。
付き合っているということは、桜島さんが前言撤回すれば恐らく信じてくれるだろう。
しかし、水族館デートはなんだったのかと聞かれれば何も言えなくなってしまう。
二人でいるところを写真に収められている上に、俺は桜島さんと一緒に水族館に行ったと肯定してしまっている。
付き合っていない二人が、水族館に一緒に行っているのはおかしいと指摘されてしまえばお終いだ。
「私に任せてください。絶対なんとかしますので」
どうせ俺ではどうすることもできない。
そのため、自信満々な桜島さんに任せるしかなかった。
教室に戻ると、全員が一斉にこちらに視線を向けてきた。
特に男子たちは俺に対して殺意がむき出しで、ほとんどが鬼のような形相をしていた。
「みなさん、聞いてください」
桜島さんは一度自分のもとに注目を集め、すべては冗談だったと話し始めた。
最初は半信半疑な人がほとんどだったが、彼女が頭を下げて謝ったことで信じる人が次第に増えていった。
そして途中手を挙げた一人の男子に、問題である水族館の件を質問される。
「藤山くんには、ずっと相談に乗ってもらっていたんです」
「相談?」
「はい。実は私には好きな人がいるんです」
「「「!?!?!?」」」
衝撃の事実。本当のことなのかは分からないが、この場にいる俺含め全員が動揺を隠し切れなかった。
え、まじ? 桜島さん、好きな人いるの?
「その好きな人が藤山くんの身近な方なので、よく相談に乗ってもらっていました。水族館に一緒に行ったのは、私がデートに行く時用の下見です」
「桜島さんの好きな人ってもしかして……」
「ああ、
悲報。
陽太の方を見ると、意外と落ち込んでいる様子だった。嫁嫁嫁嫁言って二次元美少女に現実逃避しているため、三次元のことなんて気にしないかと思ったが。
当然だが撃沈していたのは、もちろん陽太だけではない。このクラスの男子全員が、明らかに落ち込んでいる様子だった。
クラスのマドンナには好きな人がいる。その好きな人は他校の男子。一縷の望みもない決定的な事実に、桜島さんを想っていた男子で落ち込まない人なんていない。
そしてこの事実は瞬く間に学校中に広がり、傷心して早退していく男子たちが後を絶たなかった。
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