第19話 賭けをしよう

 化学基礎の時間。

 この授業ではまだ、中間テストの答案を返されていない。よって今回はテスト返しの時間となった。


「早速テスト返していくぞー。出席番号順に取りに来ーい」


 出席番号一番の人から、順々に先生のもとへ向かう。

 中にはテストを返してもらい、自分の点数を見て一喜一憂している人が散見される。

 クラスの平均点は53点。最高点は96点。赤点は四人。テスト時はあまり難しいと感じなかったが、それほどまでに平均が低いと返されるのが怖い。

 自分の点数が最高点でありますように、と合掌して神頼みしていると、隣に座っている桜島さくらじまさんに話しかけられた。


藤山ふじやまくん。何か賭けませんか?」

「え、賭け?」

「はい。負けた方は勝った方の言うことを聞く、ってことでいかがでしょう?」


 嫌な予感しかしない。

 だが、俺は今回のテストは全教科それなりに高い自信がある。何か賭けてみるのも面白いかもしれない。


「いいよ。負けてからやっぱりなしはダメだからね」

「もちろんです。では、賭けは成立ということで」


 ふふっ、と笑みを浮かべて桜島さんは席を立った。

 答案を先に返され、隣の席に戻ってくる。

 彼女の表情は満面の笑みだった。終わったかもしれない。


「どうだった?」

「内緒です」

「えー」

「藤山くんの結果を教えていただければ、私も教えますよ」

「同時に見せ合うってことか。わかった、いいよ」


 続いて遥香はるか海佳うみかもテストを返された。二人は返されてから、やや表情が曇っている。後で何点だったのか聞いてみよう。

 そしてようやく陽太ようたの番になり、出席番号が次の俺も席を立った。

 陽太は返されると、顔が一瞬で青ざめる。きっと赤点だったのだろう。ちゃんと勉強しないからだ。


「はい、藤山」

「ありがとうございます」


 俺の結果は92点。最高点より少し低いが、なんとか90点は超すことができた。

 安堵のため息をついて自席に戻ろうとすると、後ろから陽太に肩を掴まれる。


「どうした?」

綾人あやと。大事な話があるんだが」

「なんだよ」

「テストの点数、半分くれないか」

「それ前にも言ってたな。何点だったんだ?」

「26」


 赤点じゃねぇか。


「どんまい。じゃあな」

「待て! 親友を見捨てるのか!?」

「前にも言っただろ。お前の嫁にでも慰めてもらえって」

「綾人に言われて前に早速試してみたんだが、家の母親が俺の部屋に住んでる嫁たちを喰い散らかしていったんだ」

「何言ってんのお前」


 正確には、陽太は推しキャラのグッズをたくさん母親に破壊されたらしい。

 勉強をろくにしないで、嫁嫁嫁嫁言ってるのがいけないんだ。


「まあ、次頑張ろうぜ。勉強ちゃんとやるって言うなら見てやるから」

「まじか! 神よ!」

「はいはい」


 陽太アホを引き離し、俺は自席に戻った。

 そして陽太は今回のテストではすべての教科で赤点を取り、結局学年最下位になってしまう。よって再び嫁たちを鬼に喰い散らかされてしまうのは、また別の話である。



 自席に戻ると、桜島さんは頬杖をついて俺を待っていたようだ。

 ちゃんと彼女の答案は裏返され、誰にも見えないようにしてある。


「藤山くん。では、同時に結果を見せ合いましょうか」

「よし」


 俺は92点。桜島さんが最高点である96点を取っていない限り、ほぼ確実に勝てるだろう。

 桜島さんの頭の良さは未知数。だが、数学の問題を俺に聞いてきたということは、さすがに俺より点数が高くないはずだ。そう思いたい。

 俺たちは一斉にテストの答案を見せ合った。


「ふふっ。何をお願いするか迷ってしまいます」

「まじかよ……」


 桜島さんは最高点である96点。

 接戦だが、わずかに俺より点数が高かった桜島さんの勝利に終わった。めちゃくちゃ頭いいやんけ……。


「全員返し終わったから、大問一から順番に説明していくぞー」


 辛い。負けはないなと思ったのに。

 隣に座っている桜島さんは、俺の顔を見てニヤニヤしている。

 一体どんなお願いをされるのだろうか。想像しただけで、嫌な予感しかしない。


 そうだ。賭けのことは一旦忘れて、今はテストの復習に集中しよう。

 問題用紙を開き、先生の説明に耳を傾ける。

 周りはテストの点数を教え合ったりしていて全然話を聞いてないが、復習が一番大事……気を紛らわすのが最優先だ。


 ――カチッ。


 先生の話を聞いてて気づかなかったが、桜島さんがいつの間にか俺の真横に椅子を寄せてきていた。

 そして俺の問題用紙に、赤ペンで何かを書き始める。


『何をお願いしよっかな〜』


 直接本人の口からではないが、いつも敬語で喋っている桜島さんのタメ語に思わずドキッとしてしまう。

 ドキドキしているのがバレないように、間髪入れずに彼女が書いた文字の下に書き足していく。


『なんでもいいよ。俺ができる範囲なら』


 すると、桜島さんは笑みを浮かべた。


『じゃあ、今度私とデートしてください』


 ……え?

 予想外のお願いに、思わず隣を見てしまう。

 桜島さんは照れているのか頬を赤く染め、こちらを上目遣いで見ていた。

 一瞬からかわれているのかと思ったが、どうやら違うらしい。


『ダメですか?』

『賭けで負けたし、断るわけないだろ』


 斯くして、今度の休みに桜島さんとデートすることが決まった。

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