第16話 逃げたいけど、逃げられない
俺と
周りを見回すと、俺たちと同様に男女二人でお昼ご飯を食べている様子が見られる。
「じゃーん! 海佳ちゃん特製の愛妻弁当だよ」
「愛妻弁当て……」
俺たちは夫婦じゃないんだけど……まあ、いいか。
海佳は作ってきたというお弁当の蓋を開け、こちらに中身を見せてくる。
メインはサンドウィッチ。見た感じサンドウィッチの具材は一つ一つ違う物であり、卵やハム、トマトなどが入っているようだ。
サンドウィッチの横にはミニトマトやレタス、ブロッコリーなどが丁寧に詰められている。
俺のために生チョコトリュフだけでなく、ちゃんとしたお弁当まで作ってきてくれた。きっと昨日帰ってから、すごく頑張ってくれたのだろう。感謝しなければならない。
「
「うん。いただきます」
まずは手前にあるサンドウィッチを手に取り、口に入れる。
すると濃厚な卵とマヨネーズの味が口に一瞬で広がり、とろける美味しさに舌だけでなく喉も喜んでいるのが分かった。
「どう? 美味しい?」
「めっちゃ美味いよ。美味しすぎていくらでも食べれそうだ」
「よかった。早起きして作った甲斐があったよ」
「本当にありがとうな。生チョコトリュフだけでなくお弁当まで」
「いいの。綾人が喜んでくれるなら、私はそれでいい」
「海佳……」
今日の海佳の様子はちょっとおかしい。
朝からずっと、彼女の目には俺だけしか映っていない。どうしてこんな事になったのかは分からないが、少し今の状況を心地よく思ってしまっている自分がいる。
きっと俺は、海佳に強く求められて嬉しかったのだろう。必要とされて、自分の存在を認めてもらえた気がして。嬉しくないわけがない。
海佳も俺と同じようで、とても嬉しそうに微笑んでいる。
しかし次の瞬間、海佳の顔からは笑顔が消えた。
俺が何かしたのだろうか、と不安になりつつも様子を窺っていると、海佳の目は俺に向いていないことに気づく。
「……どうした? 海佳?」
「……」
返答はない。
海佳の目は俺の後方に向いていたため振り返ってみると、一人の女子がこちらに向かって走ってきているようだった。
あれは……。
「
「……
「どうも。実は藤山くんのためにお弁当を作ってきたので、是非藤山くんに食べてもらいたいんです」
「でも……」
俺には海佳が作ってくれたお弁当がある。
作ってきてくれたのは嬉しいが、さすがにお弁当二つはお腹に入らない。
申し訳ないが、断るしかないだろう。
そう思ったところで、先程からずっと黙っていた海佳の口が開いた。
「桜島さん? 綾人は今私が一生懸命作ったお弁当を食べてるの。邪魔しないでくれる?」
「……」
「ちょっと! 聞いてるの!?」
「……あら、
「なっ……!?」
絶対気づいてたよね。
桜島さんは隣に座ってきて、俺は海佳と桜島さんに挟まれる状態で座ることになってしまう。
無論立って逃避すればいい話だが、立とうとすると両隣から腕を掴まれて強制的に元の位置に戻された。なんで?
「なんであんたが綾人の隣に座るわけ? 許可してないんだけど」
「どうして東雲さんの許可が必要なんですか? あなたは藤山くんの彼女などではなく、ただの幼馴染なのに」
桜島さんは『幼馴染』を強調し、海佳を煽っているように見えた。対する海佳からは完全に笑顔が消え、ずっと真顔の状態である。
何が狙いなのかさっぱり分からないが、とにかく誰かこの状況どうにかしてくれ。マジで助けてほしい。俺、どうすればいいの?
「桜島さんこそ、綾人と大して仲が良いわけじゃないのに一々邪魔しないでくれるかな?」
「邪魔なのは東雲さんの方ですよ。私と藤山くんは特別な関係なんです。仲の良さなんて関係ありませんよ」
「特別な関係、ねぇ? そういえば綾人にお菓子あげてたよね?」
「はい、あげましたよ。とても美味しそうに食べてくれて、すごく嬉しかったです」
「今日私もあげたけど、桜島さんのより私のお菓子の方が美味しいって言ってたよ?」
あかん。まじでどうしよう。
逃げたい。あ、逃げれない。離して。ねぇ、離してください。
「ふーん? 藤山くん、それは本当ですか?」
「いや、その……」
「藤山くん。私が作ったお菓子の方が美味しかったですよね?」
可愛らしい笑顔で、右側から右の大腿部を抓られる。
「綾人。私が作ったお菓子の方が美味しいって朝言ってたよね? 桜島さんにも聞こえるように、もう一回言ってあげて?」
可愛らしい笑顔で、左側から左の大腿部を抓られる。
二人とも怖い。てか、痛い。痛いから抓るのやめて?
「藤山くん?」
「綾人?」
どっちのお菓子の方が美味しかったか。言わなければ解放してくれそうにない。
正直のところ、両方とも甘くて美味しかった。
だがやはり、どちらの方が美味しいかと聞かれると俺にとって選択肢は一つしかない。
「……桜島さん、ごめん。海佳の方が美味しかったよ」
桜島さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
せっかく作ってくれたのに。美味しいと言ったら、あんなにも喜んでくれたのに。
ごめん、桜島さん。本当にごめん。
「……そうですか。残念です」
桜島さんは立ち上がり、明らかに落ち込んだ様子で肩を落として去っていく。
しかし、少し歩いたところで「……ふふふっ」と不気味に笑い始めた。
「まあ、仕方のないことです。ですが、本番はこれからですよ」
……本番?
「放課後、楽しみにしててください」
そう言い残して、桜島さんは立ち去っていった。
放課後。何をされるのかは分からないが、嫌な予感しかしない。
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