第7話 邪魔されて

「よく分かったね。私が尾行してるって」

「俺は今視線に敏感になってるんだ。ずっと誰かに見られている気がする」

「前から言ってるよね。一応言っておくけど、それは私じゃないからね?」

「知ってるよ」


 俺がいつも感じている視線。それは確定で遥香はるかによるものではない。なぜなら俺が遥香と話している時も、陽太ようた海佳うみかと四人で話している時も視線を感じているからだ。

 恐らく、遥香が俺と海佳を尾行していたのは今日だけだろう。それにしても……。


「なんで、俺たちを尾行したんだ? 普通に話しかければよかっただろ」

「面白そうだったからだよ。え、話しかけてよかったの?」

「……意味が分からん」

「だっていい雰囲気だったじゃん。仲良く腕組みながらイチャイチャしちゃってさ。いや、夫婦かって」

「なっ……! それは――」

「教えてくれてもよくない? 付き合ってるなら付き合ってるって言ってよ」

「付き合ってないわ!」


 遥香の暴走が止まらない。

 暴走した栗色縦ロールを止めるのは、俺には不可能だ。こいつを止められるのはもう一人しかいない。


「……あ、やっと見つけた! 綾人あやとー!」


 来た! 救世主、海佳がこちらに近づいてくる。

 そして買った物が入ったレジ袋を俺に持たせ、なぜか自分の腕を絡ませて抱きついてくる。


「おいっ!?」

「今日一日腕組むって言ったでしょ! 約束破っちゃダメ!」


 海佳の目には遥香が映っていない。だから遥香の存在に気付いていない。

 ふと遥香の方に目をやると、面白そうにニヤニヤしながらこちらを見ている。

 やっぱり付き合ってるじゃん、とでも言いたげな顔だ。

 これ以上遥香を暴走させないためにも、そろそろ海佳に遥香の存在を気付かせないといけない。


「ごめんごめん。それより海佳、後ろを見てみろ」

「それよりって……もう。後ろに何かあるの……って、え!?!?」

「夫婦の仲睦まじいやりとり邪魔しちゃってごめんねー。でも酷いよ海佳。結婚してたなら教えてよ」

「けけけけけ結婚!?!?」


 俺たちまだ結婚できねぇよ。そもそも付き合ってすらないのに、結婚て。いくらなんでも話が飛びすぎだろ。

 海佳なんか急にぶっ飛んだこと言われたせいで、顔を真っ赤にしながら「あわわわわ……」って慌てふためいている。

 どうやら海佳でさえも、暴走栗色縦ロールの猛攻を耐えられなかったようだ。


「いい加減にしろ遥香。海佳が限界だ」

「そだねー、ごめんごめん。海佳もごめんねー」

「……もう遥香嫌い」

「えぇ!? ごめんー! 許して海佳ー!」


 ぷくっと頬を膨らませ、もう知らない! と言わんばかりに遥香の謝罪を知らんぷりする海佳。

 対して遥香は膝をつき、二つの縦ロールを横に揺らしながら許してほしいと懇願している。

 ここ、店内なんですが。周りの人にめっちゃ見られてるんですが。子供に指を差されて、親に目隠されてるんですが。


「……はぁ。他のお客さんに迷惑だし、場所を移そうか」


 というわけで、俺たちは三人で食品売り場から少し離れた場所にあるフードコートへ向かった。

 四人席に腰をかけ、俺の前に海佳が座り、その横に遥香が座る。先程知らんぷりされたせいか、遥香は座る場所に関してちょっかいを出さなかった。


「遥香も反省してるみたいだし、そろそろ許してあげたらどうだ?」

「……ふんっ」

「海佳ごめんね。からかいすぎちゃった」

「別にそれはいいの。いつものことだし」


 え? じゃあ何に対して海佳は怒ってるんだ?

 てっきり遥香が暴走して夫婦や結婚と言い、海佳をからかったことが原因で怒っているのだと思っていた。しかし、全くもって違うらしい。

 遥香も俺と同じ考えだったらしく、自分の何がいけなかったのか必死に考えている。

 すると、少し涙目になっている海佳は俯きながら小さな口を開いた。


(…………せっかくの綾人とのデートだったのに)


 ポツリと誰にも聞こえないような声で呟いたため、向かいに座っている俺には何を言っていたのか分からなかった。

 恐らく遥香に対して文句を言ったのだろうが、なぜか遥香はニヤリと笑みを浮かべて再び謝罪をした。


「……もう邪魔しない?」

「しないしない! 絶対しない!」

「……じゃあ、今回は特別に不問にします」

「やったー! 海佳大好き!」


 手品を使ったのかと疑うほどの急展開で仲直りして、抱き合う二人。

 何がどうなっているのか分からず、俺は目をパチクリさせることしかできない。

 だが、一応仲直りできたということで一件落着した。

 その後、俺たちは他愛もない話で盛り上がり、いつの間にか空は暗くなり始めていた。


「つい話し込んじゃったな」

「うわ、もうこんな時間。早く帰らなきゃ」


 遥香は腕時計を見て、露骨に焦りを見せながら立ち上がった。

 遥香の家は門限なんてないし、これから用事があるとも思えない。

 隣に座っている海佳は焦った様子の遥香を見て、心配そうに見上げる。二人は仲直りする前とは比べ物にならないほど近い距離にいる。なんならもうくっついてた。


「何か用事でもあるの?」

「うん! ずっと楽しみにしてたテレビが今日やるの!」


 なるほど、テレビか。

 だが、随分余裕そうだ。あともう少しで、高校生になってから初めてのテスト二週間前になる。人によっては、既に少しずつ勉強を始めている頃だ。

 海佳を見ていても思ったが、二人ともテストは余裕なのだろうか。それとも、勉強の息抜きなのだろうか。

 一応言っておくが、俺は特に問題ない。なぜなら帰宅部であり、暇を持て余しているからだ。やる事がなくなると勉強に当てる時間が増えるため、学生の中では結構勉強している方だと思う。


「テレビか。最近見てないな」

「え!? テレビ見ないでどう生きてくの!?」

「スマホがあれば十分だろ。てか、勉強の方は大丈夫なのか?」

「「勉強???」」


 なんで勉強? と言いたげな顔でこちらを見てくる二人。なるほど。こいつらテストの存在忘れてやがる。


「二週間後だぞ、テスト」

「「…………てすと?」」

「中間テスト」

「「……そいえばそんなのもあったねー」」


 知っていたが、知らなかったフリをして棒読みする二人。それにしても、さっきからずっとハモってるな。


「大丈夫大丈夫! まだ二週間もあるし!」

「二週間なんてあっという間だろ」

「遥香の言う通りだよ! 二週間前から勉強なんてしたくないもん! 一週間前から勉強始めれば間に合うよ!」

「後で泣きついてきても知らないからな」


 俺だって自分の勉強がある。

 部活やアニメに夢中な陽太が泣きついてくるのは目に見えているし、自分の勉強に加えて三人の勉強なんてとても見られない。


「「勉強しないと……」」

「頑張ろうな」

「綾人!」

「綾人くん!」


 急に二人に名前を呼ばれる。

 どうしてだろう。すごく嫌な予感しかしない。


「「勉強教えて!!」」

「俺も自分の勉強しないと……」

「「教えて!!」」

「……はい」


 分かってはいた。どうせ俺が教える羽目になるって。

 なぜなら中学の頃から、陽太を含めて三人の勉強を見て教えていたのは俺である。高校になってからも同じような流れになるのは必然だ。

 ……あの、そろそろ自分たちで勉強してくれませんかね?


「「頑張ろうね!」」

「……はい」


 拒むことは許されない。拒んだら、何をされるか分からない。だから俺は、「はい」としか言えない。

 よって、とりあえず今日は解散となり、また明日再び集まることに決まった。

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