第9話 修羅場
部活は活動停止期間となり、部活に入っている人たちもこれからは本腰を入れて勉強をしなければならない。
というわけで、一週間前に図書館で勉強した三人に
場所は学校の図書室。周りには同じように勉強をしている人がたくさんいて、集中しやすい環境になっていた。
ちなみに小さい頃に俺と海佳がよく腕を組んでいた、というのは嘘だったためちゃんと叱っておきました。
「陽太ー、大丈夫かー?」
「……ん……」
陽太はペンを持ちながら、呑気に机に突っ伏している。
部活が忙しくて今まであまり試験対策できてないはずなのに、勉強放ったらかして寝るとか猛者か? もうテスト一週間前だぞ。
「陽太起きろー。赤点取るぞー」
「……リリカちゃん……」
「……」
こいつはもうダメかもしれない。
リリカちゃん。どうせ、また陽太の嫁だろう。てか、また前に言ってた子と違う名前だし。
あとは自分で頑張ってくれ。お前のことはもう知らん。
それから三人で勉強をすること約三十分。
この場にいる誰もが予想のつかなかった、大事件が起こる。
「
突然、誰かに話しかけられた。だが、どこかで聞いたことのある声だ。
勉強を一旦ストップし、声のする方に目をやると、そこには
なぜ俺にあの桜島さんが話しかけてきたのか、と向かいで勉強していた海佳と遥香が驚いた様子で見てくる。当然俺もめっちゃびっくりしたが。
「桜島さんか。どうしたの?」
「藤山くんは数学が得意だと聞きました。なので、少し教えてもらいたい場所があるんです」
数学が得意だなんて、ここにいる三人以外に言ったことはないはずだが、一体その情報を誰にもらったのだろうか。海佳か遥香だろうか。
「なるほど……いいよ。どこが分からないの?」
「本当ですか? ありがとうございます! ここだとお二人の勉強の邪魔になるでしょうし、場所を変えませんか?」
「あー、そうだね。ごめん二人とも、ちょっと行ってくる」
「「……」」
今まで海佳と遥香の勉強を見ていたため、二人の了解を取ってから席を立とうと思ったが、どちらからも返答はない。
なんなら二人の視線は俺には向いてなく、桜島さんの方に向いている。心なしか睨んでるような気もする。いや、なんで?
……あれ? 桜島さんも二人を睨んでる?
「
「そうだよ綾人くん。海佳の言う通り、私たちのことは気にしなくて大丈夫だよ」
「でも……」
桜島さんの方に視線を向ける。
彼女は笑みを浮かべていた。だが、目が笑っていない。
「いえ、やっぱり申し訳ないので私たちは場所を移しますね。隣で寝ている
「「なっ……!?」」
そう言って桜島さんは俺の腕を引っ張り、二人の言葉を無視して俺を連れて行こうとした。
俺としては別にどちらでも構わないのだが、どうやら二人は違うらしい。
逆の方から俺の腕を引っ張り、連れて行かれないようにと必死に抵抗している。
「お、おい……やめろ! ちぎれる!」
「さあ藤山くん、あっちに行きましょう」
「「だめー!」」
痛い痛い痛い。ほんとに両腕ちぎれるって。
あ、先生がこっち見て睨んでる。早くこの状況どうにかしないと怒られて出禁になるかも。
でも、やっぱり腕が痛くてそれどころじゃない。誰か助けて。まじで。
「……じゃ! じゃんけん! じゃんけんで決めよう!」
本当に両腕がちぎれそうだったため、必死に頭を回転させて出した名案。
それはじゃんけん。じゃんけんで俺と桜島さんが移動するか、しないかを決めるという名案だ。
「「「じゃんけん?」」」
俺の言葉を聞いて、三人は一度腕を解放してくれる。助かった……。
「ああ。桜島さんが勝ったら俺と桜島さんは移動する。海佳と遥香が勝ったら移動しないってことでどうだ?」
海佳と遥香は「それなら……」と了承してくれる。
そして桜島さんはなぜか顔の前で両手を組み、その手の隙間を覗いていた。どうしてそのポーズを取っているのかは分からないが、ただならぬオーラを感じる。
これからやるの、ただのじゃんけんなんだけど。
その後、海佳と桜島さんがじゃんけんをすることになり、結果は桜島さんの勝利に終わった。
「だだだ大丈夫! まだこっちには遥香がいるし!」
「海佳。さすがにそれは……」
確かに元々は二対一だった。しかし二回もじゃんけんをするとなると、桜島さんは圧倒的に不利になってしまう。
「安心してください、藤山くん。私は絶対に負けませんから」
「桜島さんがいいならいいけど……」
すごい自信だ。
桜島さんは再び顔の前で両手を組み、その手の隙間を覗く。
結果は桜島さんの二連勝に終わった。文句なしの圧倒的勝利に、海佳と遥香はひれ伏すしかない。すごく悔しそうだ。
「じゃあ藤山くん。行きましょうか」
「あ、ああ。海佳、遥香。桜島さんの分からないところ教え終わったらすぐ戻ってくるから、それまで二人で勉強しといてくれ」
「「……うん」」
二人の了承を得ると、俺は桜島さんに引っ張られるがまま連れていかれる。
桜島さんは邪魔をしたくないと言っていた。そのため姿が見えない場所に連れていかれると思ったが、予想は大きく外れた。
「え、ここ?」
「はい。ここです」
連れられた場所は、俺たちが先程まで勉強していた場所からあまり離れていなかった。
すぐ近くというわけではないが、話していればその内容が分かるか分からないか微妙な距離である。
「じゃあ、始めましょうか」
「うん。どこが分からないの?」
「えーっとですね……」
桜島さんは数学のワークから分からない問題を探し始める。やがて見つけると、その問題を指差した。
「あー、この問題か」
『(問)当たりくじ3本、はずれくじ7本が入った袋の中からA,B,C,D,Eの5人が順に1本ずつ引くとき、5人のうち少なくとも2人が当たったとき、CとEが当たる確率を求めよ。ただし、一度引いたくじは戻さないものとする。』
確かにこの問題は初見では難しい。必要な条件をすべて求め、条件付き確率で求める必要がある。
だが何度か同じような問題を解けば、案外簡単に解けるようになる問題だ。
「これはまず……」
「はい」
どのように解くか説明するべく問題の条件を書き始めると、桜島さんは徐々に近づいてきた。やがて肩がぶつかり、ピタッとくっついてしまう。
「難しいですね。この問題」
「そうだね……あの、ちょっと近くない?」
「? どうゆうことですか?」
分かっているのか、分かっていないのか。さらに距離を縮めてきて、ほぼ密着状態になってしまう。同時に柑橘系のいい匂いが鼻腔をくすぐった。
勉強を教える時に自然と距離が近くなってしまうのは仕方ないが、さすがにこの距離は近すぎる。
「……いや、勉強を教えてるにしても距離が近すぎないかと思ってさ」
「そうですか? 普通だと思いますけど」
え、普通なの?
「いやいやいやいや。絶対普通じゃないって。みんなからまた誤解受けちゃうよ」
「周りの目なんて気にしないでください。ずっと、私だけを見ていればいいんです」
「桜島、さん……?」
桜島さんは妖艶な笑みを浮かべる。
その顔は実に艶かしく、思わず引き込まれてしまいそうな感覚に陥った。
すると桜島さんは俺の耳に顔を近づけ、息を吹きかけるように口を開く。
「私だけを見てください。藤山くん――」
「ちょっと! 何してるの!?」
背後から、静かな図書室のせいかかなり響いた声が聞こえてきた。
その声は海佳のものであり、かなり怒っているのが声だけで分かる。
俺たちはすぐに距離を取り、海佳の方に視線を向けた。
「……ふーん。へー」
「ちが……違うんだ! 海佳! これは――」
「なに? なにが違うの? 教えてよ、綾人」
「いや、えっと……」
焦りすぎて頭の中が真っ白になってしまい、何も言葉が出てこない。
海佳が怒るのは当然だった。
勉強を教えるという約束で図書室に来ていたのに、放ったらかして桜島さんと変なことをしていたのだから。
怒らない方がおかしい。
「ただ勉強を教えていただけで……」
「そんな風には見えなかったけど」
ですよね……俺もそう思います。
「……酷い」
そう言い残し、海佳は自分の荷物をまとめて図書室を出ていってしまった。
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