25.王子殿下は気にしない 3

 フランマ先生への試験提出が終わったので、次は運営委員会室だ。

 運営委員会室は、校舎西側の二階にある。特別教室二部屋分を委員会室として利用していて、片方が執務スペース、もう片方が応接室らしい。南側三階から西側二階に向かう道すがら、フレディが教えてくれた。


「手続きなんかは全部応接室の方で行うんだ。だから執務室の外扉は常に鍵がかかっていて、委員会メンバーしか鍵を持っていないって聞いてる。執務室と応接室は、室内の扉で繋がってるんだって」

「学生の運営委員会なのに、随分しっかり区切られてるんだな」


 思わず感想を漏らすと、フレディは苦笑しながら「学校政府みたいなもんだからね」と肩を竦めた。


「サークル関連の取りまとめをしているのは、文化官のフェルティリス先輩だから、試験のこともフェルティリス先輩に聞くのがいいと思うんだけど……」


 けど、と、煮え切らない言い方をして、フレディが顔を上げた。

 たどり着いた運営委員会室は、ランチタイムだというのにざわついた気配がする。

 執務室と思しき左の扉から、ざわざわと人の声がいくつも聞こえるようだった。ランチ返上で仕事をしているのかもしれない。わたくしたちは顔を見合わせた。


「運営委員会って、アポなしでも大丈夫だったかしら?」


 先ほどフレディの言った、学校政府、という言葉を気にしてクアラが問うた。

 「大丈夫だよ」とフレディは返事をしたが、そのすぐ後で「たぶん……」と付け足される。


「学校の運営についての委員会で、急を要する内容も多いだろうに、いちいちアポなんて取ってられないだろ」


 ため息を吐いたのはエリオットだった。

 尻込みするわたくしたちを避けて、扉の前に立つ。執務室側の扉だ。わたくしたちが待ったをかけるよりも早く、エリオットの手は軽く扉をノックしていた。


 その、周囲を気にしない様子は“さすがエリオット”と言うべきか、はたまた、“さすが王族”と言うべきか。

 わからなかったが、一瞬静まり返った室内からそろりと扉が僅かに開いて、「どなたですか?」と見知らぬ顔が出てきたので、わたくしは止めていた息を何とか小さく吐き出した。


「一年のエリオット・ウラヌ・アクアピアと申します。急な訪問で恐縮ですが、フェルティリス先輩はいらっしゃいますか」


 運営委員会のメンバーは二学年以上だからか、エリオットが普段よりも丁寧な口調で問いかける。

 アクアピア、という家名に気づいたらしい、顔を出した先輩が急にぱっと扉を開け放つ。驚いたのはわたくしたちだけではなかった。


「サラ、急に扉を開け放つなど……」

「エリオット殿下! ああ、丁度良いところに!」


 室内の奥の方から、男の鋭い声が飛んできたかと思えば。

 サラ、と呼ばれた先輩が顔を明るめて両手を広げた。驚いたエリオットが二歩、こちら側に下がってなければ、勢いのまま抱きしめていたかもしれない。


 目の前に立っていたのは、豊かなグレーの髪を持つ美少女だった。

 ぱっちりとした二重の大きな瞳、色白の肌は頬が少し上気して、ほんのり赤く色づいている。緩くウェーブがかった長髪を首のあたりでひとまとめにして、襟元には孔雀を模した襟章をつけていた。

 身長はわたくしよりは背が高く、エリオットよりは少し低い。見る限りクアラより高そうなので、女生徒の中では背が高い方だろう。


「お呼びしなければと話していたところだったのです。本当に、丁度良くお越しくださってありがとうございます」


 サラ、という先輩はそう深く頭を下げると、エリオットが見えるように体をどけた。


「エリオット殿下だって!?」


 サラの声を聞き留めたのか、室内が俄かに騒がしくなる。

 フレディが慌てた調子で、「先輩方」と声をかけた。


「殿下にご用事があるのはサークルの事についてでしょうか。

 丁度、僕たちもご提案したいことがありましたので、良ければ隣でお話させていただきたいのですが」


 運営委員会室以外に主要な教室のない廊下、といっても、廊下で騒ぐのは良くないことだ。サラ先輩を退けて大きな体格の男がやって来ると、「その通りだな」と頷いた。

 なんとなく見覚えのある顔だ。わたくしはまじまじとその男を見上げた。


「私はパーバス・テネビル・ルクス。運営委員会の委員長です。皆さんを応接室に案内しましょう」


 パーバス、と名乗った男は、言うが早いか執務室側の扉を強制的に閉めてしまって(サラ先輩他、室内から不満のような声が聞こえた)、数歩進んだ隣の部屋の扉を開ける。

 じっと、エリオットを見つめて入室を促した。エリオットがわたくしたちを振り返る。


「殿下」


 正直に、わたくしとクアラはこの場にいなくとも問題はなかっただろう。

 サークルの申請手続きをしているのはフレディなのだし、サークルの代表はエリオットである。

 加入試験もまだ受験していないので、わたくしたちは未だ「仮」初期メンバーの状態のはず。

 それでも、ここまで来てわたくしたちだけ帰る、というのはあまりに不自然だった。

 何より、何もかもフレディに任せきりなのは気が引ける。


 フレディに促されたエリオットは、わたくしとクアラの顔を見回すと、一つ、頷いてから応接室に入室した。

 一緒に来い、ということらしい。


「なんだか余計なことに首を突っ込んだ気分だわ」


 クアラが疲れた声で苦笑して、わたくしも肩を竦める。小さな声だったが、フレディには聞こえたらしい。「僕としては心強いけどね」と笑ったフレディも、らしくなく疲れた顔をしていた。


「殿下の設立される、“生活に根付く精霊魔法研究サークル”についてですが。加入希望者が、すでに殺到しているのです」


 最後に入室したフレディが扉を閉めるや否や、パーバスは着席も促さずに口を開いた。

 無礼、ではあったが、それほど困っているのだろう。エリオットは立ったまま「その件で私たちも提案があって来ました」と頷いた。


「以前、ウィリアム殿下がサークル設立をされた時、加入試験の取りまとめを運営委員会に依頼したと聞きました。今回も、運営委員会の力を借りたいのです」


 存外はっきりとした提案に、パーバスの目が丸くなる。

 それから何かを言おうと口を開いて、また閉じて。

 パーバスが返答を探している間に、執務室に続く内扉が無遠慮に開いた。


「殿下、それなら話が早い。僕らもそれを提案しようと思ってたんです」


 現れたのは別の男だった。

 エリオットと同じくらいの身長だが、制服の上から見てもしっかりと筋肉がついているのがわかる体格の良さで、少しくすんだ金髪に薄い茶色の瞳を持っている。顔だけ見ればハンサムで、女生徒から人気がありそうだ。男は梟の襟章をつけていた。


「フェルティリス先輩……」


 その、ハンサムな男が名乗るより前に。

 ぼそりと隣でフレディが呟いた。

 この人が、サークルを取りまとめている、文化官のフェルティリス先輩らしかった。

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