25.王子殿下は気にしない 2

 そうこうしている間にフランマ先生の研究室までたどり着く。事前にアポイントを取り付けていたようで、ノックをするとすぐに扉が開いた。


「やあ、待ってたよ。入って入って」


 コジット・ウーゾス・フランマ先生は、真っ赤な髪に、ルベライトの瞳を持つ背の高い男性だった。

 研究一筋できた、と言わんばかりにひょろりとした体型で、逞しさなどは感じない。代わりに温和そうな様子が好ましく、わたくしたちは促されるまま研究室に入り込んだ。


 研究室の中は、思いのほかすっきりとしていた。

 中央に大きな執務机、手前に応接用のソファとテーブルがあるのみで、左手の壁面が一面本棚になっているくらいだ。実験をしそうな雰囲気はどこにもない。もっと雑然とした部屋のイメージを持っていたので、貴族の屋敷の執務室と何ら変わりない様子に驚いた。


 フランマ先生は魔法具開発の天才とも名高いが、実際の開発などは学校ではなく自宅の研究室で行っているのだろうか。

 興味深げに室内を見回したわたくしたちを見て、先生は「あまりここでは研究しないんだ」と恥ずかしそうにはにかんだ。少しだけ、目の下にできた皺が一層優し気に見えて、わたくしはまじまじと先生を観察する。


「僕の魔法具開発は、失敗が多くてね。爆発することも結構あるから、生徒に危険が及ばぬよう、学内では研究しないことにしてるんだ。魔法具なんかは、発表前に知られると問題のある機密情報も多いし。

 だからここは、学校の仕事でしか使ってないんだ」


 フレディが「そうだったんですね」と感心したように頷いた。

 緊張した様子が見えないので、やはりフレディはフランマ先生と以前から交流があるのかもしれない。


「先生、今回は、サークル顧問のお話、受けていただきありがとうございました」


 落ち着いたところで、エリオットが代表して声をかける。フランマ先生は優しげな表情のまま、「いえいえ、殿下のお役に立てるなら」と笑った。


「それで、加入試験を実施したく、問題を持ってきたのですが」


 エリオットが話を続けたので、わたくしとクアラは鞄の中から試験問題を取り出した。フレディも自分の試験を取り出している。


「あれ、殿下の分は?」

「俺の分は俺が持ってる」


 いつもであればフレディが一緒に持っていそうなのに、不思議に思って尋ねれば、エリオットもまた鞄を開けて中から試験問題を取り出した。自分で持ち歩いていたらしい。


「誰がどの試験に当たるかわからないからな。不正がないようにと思って」

「なるほど」


 思ったよりも徹底している。わたくしは思わず苦笑を浮かべた。


「話はマーズから聞いてるよ。全員で問題を作って、それぞれ入れ替えて試験するんだって?」

「はい。それで、不正防止のため先生に試験開始まで保管いただきたいのと、私たちの作成した試験問題の難易度を判定してほしいのです」


 エリオットはフランマ先生に向き直ると、改めてそう依頼した。

 フレディからある程度の話は聞いていたのだろう、フランマ先生はゆっくりと頷くと、エリオットの試験から受け取る。


「わかったよ。組合せはどのように?」

「事前準備ができないよう、明日、くじで決めようと思っています」

「……よければ、僕の方で決めようか?」


 ふと、フランマ先生がわたくしとクアラの方を見る。


「君たち二人の事はよく知ってるよ。特にルナエ嬢は。以前出された魔力道の研究論文は非常に興味深かった」

「! あ、ありがとうございます」


 まさか読んで頂けていたとは思わず、慌てて頭を下げる。

 下げてから、カーテシーにすればよかったと後悔した。咄嗟の事で令嬢らしからぬ返答をしてしまった。


「あの概念を魔法具の開発に応用出来たら、さらにより良い魔法具が開発できるのではと思ってね……精霊と魔法具を結び付けたり、魔法具と術者を結び付けたり。そうすれば、魔石に頼らず常時思う通りの操作ができるんじゃないかと」





 魔力道、の研究は、一番新しく発表したばかりの内容だった。

 精霊契約をすると、精霊と術者の間に「魔力道」と呼ばれるものが生まれ、その魔力道を介して魔力の行き来がされる、というものだ。


 わたくしはその研究から、魔法の発動効率をどのように高められるか、精霊契約をどのように結ぶことが可能か、あるいは契約せずに魔力道を発生させることはできないか、と、術者と精霊の方にばかり注目していた。


 魔法具、と言う単語にはっとする。

 目から鱗の思いだ、その発想はなかった。確かに、魔力道、のようなものを魔法具との間に発生させることが出来れば、起動や停止など、魔法具の操作が遠隔で自由自在になる。

 そもそも魔力道は、術者と精霊の物理的距離が離れていても、魔法を使用できる原因を探った結果見つけた概念なのだ。


「……その発想はなかったです。でも、魔力道を魔法具に転用できるかどうか……あれはわたくしが提唱し始めたばかりの概念ですし、まだしっかりと立証できたものでもありません」

「勿論、わかってるよ。ただ非常に面白い論文だったから、ぜひ一度話してみたいと思っていてね」


 フランマ先生は「ソーノス嬢も、」とクアラの方へ視線を向けた。


「精霊についての生態調査報告は非常に面白かった。考えてみればなるほど、と思わざるを得ないけど、属性によって棲息している場所や、好むもの、性格に傾向が出るというのは、新しい視点だったよ」

「こ、光栄です」


 クアラも慌てて頭を下げる。わたくしと同じように、頭を下げた後ではっとした顔をした。やはり急な褒め言葉に動転したらしい。


 具体的な言葉を添えて感想を頂けるということは、その分しっかりと研究を見てくださっている、という証拠でもある。わたくしたちは恐縮しきってフランマ先生を見上げた。


「殿下とマーズには申し訳ないが、正直、二人の出す試験がどの程度の難易度になるのか予測が出来なくてね。あまりにも飛びぬけて難易度が高ければ、組合せ次第で加入が不可能になってしまうから……ある程度、僕の方で調整した方がよいかと思って」


 にこにこと、フランマ先生は「どうかな?」とエリオットを見た。手配をしているのはフレディだが、決定権があるのはエリオットだとよく理解している。

 エリオットは少し考える素振りを見せて――「お願いします」と頷いた。


「その方が安心でしょう。組合せは先生にお任せします。作成者に問題が当たらないようにだけご注意いただければ」

「任せて」


 心得たように頷いて、フランマ先生は受け取った試験を全てまとめると、執務机の中にしまった。

 わたくしたちが出た後、試験の内容を確認していただけるそうだ。

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