25.王子殿下は気にしない 1
「運営委員会……ですか?」
驚いた声を上げたのはフレディだった。
エリオットは「うん」と頷くと、椅子に深く座りなおす。
「希望者がどのくらいになるのか、勿論受付期日になるまでわからないけど。全校生徒の七割を超えるなら、学校行事扱いとして運営委員会の助力を乞うことが出来るはずだ」
それから続いた言葉に、フレディがはっとした様子で「あ、あー!」と声を上げた。
「そういえばそんな校則があったな……っていうか、よく覚えてたね!?」
思わず、という調子で感嘆したフレディに、エリオットが「ふふん」と得意げに笑ってみせる。
普段ぼんやりしていて、なんでもフレディにフォローしてもらっている印象があるので、わたくしとしてもエリオットから案が出たのは意外だった。
「兄上にサークル設立の事を話したら、運営委員会を使えと助言頂いたんだ。どうせ王族が設立するサークルには人が殺到するからって」
なるほど、と、わたくしたちは頷いた。
どちらの兄から話を聞いたのか首を傾げかけたが、フレディが「そういえばウィリアム殿下はサークルをお持ちでしたもんね」と補足したので、第二王子からの助言なのだと理解した。
「第二王子殿下はどんなサークルをおつくりに?」
少し気になって問いかける。
フレディが答えるよりも先に、エリオットが「精霊魔法による植物生態研究サークルだ」と答えた。
妙にはきはきとした顔で、眼差しがキラキラしている。フレディが苦笑した。
「殿下はちょっと、その、ブラコンっぽいところがあるというか」
「ああ……」
「理解したわ……」
度々二人の兄王子の話が出てくるので、仲が良いのだろうとは思っていたが。
エリオットとお二人は年も少し離れているし、単純に尊敬しているのだろう。
「ということは、第二王子殿下も魔法研究にご興味が?」
「いや、ウィル兄上は植物を育てるのが好きで。魔法を使って植物の成長を補助するのが得意なんだ。ただ、卒業後は王宮内で植物に触る機会が減ってしまうから、せめて学生の間はいつでも植物を育てられるように、と……」
「じゃあ、そのサークルもすごい人が集まったのね」
「そう聞いてる」
クアラが問えば、エリオットは頷いて返事をした。
ウィリアム第二王子殿下は今年で二十一歳のはずなので、在学していた時期は大体四年前から六年前くらいの間だ。
当然、当時の運営委員会メンバーも全員入れ替わっているが、ほぼ全校生徒に実施された加入試験の運営手順などは記録として残っているだろう。
「ちなみに、その時はどうやって加入希望者を絞ったんだ?」
「種を植えたばかりの鉢植えを用意して、自分の持つ魔法でどのくらい成長させられるかを実践させたんだ」
「それは……相当な人数、落ちたでしょうね」
「合格したのは三人だったかな。ウィル兄上はお一人でサークル設立の手配を進めていたから、所属メンバーは兄上含めたその四人。結局増えなかったって聞いてる」
話しぶりからして、その三人とは今も親しい仲なのだろう。
厳しい試験を課すことで、真実自分と趣味を分かち合える友人を得たのだ。
(まあ、わたくしたちの場合はちょっと違うけど……)
エリオットは胸を張ると、「だから運営委員会に任せればいい」ともう一度主張した。
「殿下のその案は採用するとして、それなら運営委員会に事前に打診しておいた方がいいんじゃないか? どうせ、ハイクラスの様子を見たって七割は受験するだろ」
とにかく試験準備をせねばなるまい。フレディも「そうだね」と同意して、残りのランチタイムは顧問教師の元への訪問と、運営委員会を訪ねることになった。
一般課程の校舎には、教師それぞれの研究室は存在せず、教師たちがまとまって仕事を行う大執務室があった。
大執務室では簡易の間仕切りと簡易扉でそれぞれの個室が用意され、教師たちは割り当てられた自分の個室で仕事をしている。と言っても、簡易間仕切りのため天井は空いており、上から覗ける仕様だ。尤も、上から覗けるほど背が高い教師はいなかったが。
魔法課程では、基本的に教師一人一人に研究室が与えられていた。
魔法基礎学や魔法歴史学など、特別な教室を必要としない科目の研究室は一階に密集して連なっている。一般教室と並んでいると支障が出るため、一階にはだから研究室と応接室、学長室があるくらいだ。
反面、魔法具学実践や魔法薬学など実践的な科目については、授業内容に応じて特別教室が割り当てられるため、研究室も教室に併設されていた。その方が教師の移動が楽であるし、授業準備もしやすいためだ。
理屈は分かるが、生徒の立場からしてみると非常に面倒くさい。
一階の教室棟ならまだしも、用事のある教師が複数いた場合、人によっては校舎の端から端まで歩かなければならないからだ。
とはいえ、魔法課程の教師陣は基本研究者でもあるので、ランチタイムや休憩時間などに研究室から外に出ない人が多い。
いつでも授業内容について質問しに行けるし、こうして、サークルについての話を聞きに行くことが出来る。
「顧問は魔法具学を担当されているフランマ先生にお願いしているんだ。サークル室も、魔法具実験室付近の空き部屋を借りる予定」
南側の三階にある魔法具実験室の方へ向かいながら、フレディがわたくしたちに簡単に説明をした。
顧問教師はサークル設立申請時にこちらから希望を出せるらしい。出した希望が通るかどうかは運次第なところもあるが、フレディは最初からフランマ先生で希望を出し、希望通りにフランマ先生が顧問となった。
「……なんでフランマ先生?」
気になって問いかける。
フレディのマーズ伯爵家も火の加護を持つ家柄だが、“フランマ”といえば五公爵家の内、火を司る家門である。
同じ火属性繋がりでもあるのか、はたまた他に意図があるのか。気になったのはわたくしだけではなかったようで、エリオットも同じように「他の教師でもよかったんじゃないか?」と首を傾げている。
「もっと調査に詳しそうな人とか……」
廊下なので話をぼかしてエリオットが続ける。
フレディは苦笑を浮かべて、「そんなまさか」と笑った。
「先生たちは僕らの活動に参加するわけじゃないでしょ。それならどの先生でも同じだし、フランマ先生なら、サークル室に実験設備を整えられるんじゃないかって思ったんだ」
なるほど、と納得する。
確かに魔法具学の先生なら、魔法実験器具にも詳しい。あれらの器具だって、魔法具の一種である。最新情報なども手に入りやすいだろう。
さらに言えば、魔法具実験室にある程度の実験器具の実物が置いてあるだろう。わたくしの研究室にあるような、本格的な研究器具はないにしても、魔法具製作に必要な器具は一通り揃っているはず。
「……それなら大人しく、魔法学とか薬学とかでもよかったんじゃ?」
ふと、思いついた様子でクアラが呟いた。
魔法学は必修で座学を学ぶが、選択で取得できる応用分野になると実験一色になる。ただ、そうした実験が必要な科目については科目単位の特別教室はなく、「実験室」とひとくくりにされている。
「魔法学も薬学も、まあ、実験室を使用する科目の先生でも良かったんだけど。
サークルのイメージって、やっぱり顧問の先生のイメージがある程度影響するからね。実験メインの科目の先生についてもらうと、“生活に根付く精霊魔法研究サークル”って名前のイメージからちょっとずれるでしょ?
反面、魔法具の先生なら、あ、魔法具を作るのかなってイメージができる」
なるほど、と、思わず唸る。
わたくしたちの本来の目的はドクトリア運河の水の純度調査であって、そこから発展して、恐らくはアクアサクラを守護するアクーセルヴスの調査に向かう。
ただそれをカムフラージュするためのサークルが、実態の良くわからないサークルであるとなると周囲から不審に思われかねない。
人の持つイメージというものは大事だ。魔法具を作るサークルなのだ、というイメージを持たせていれば、わたくしたちの本来の活動はその分隠すことが出来る。
「それに、フランマ先生はフランマ公爵家門の方だけど、公爵の持つ幾つかの爵位を一つも継がず、魔法具開発に専念しておられる方なんだ。
僕たちにとってはなじみ深い感覚でしょ?」
“なじみ深い”と端的に一言で称したが。
それがどういう意味なのか、わたくしも、クアラも、当然エリオットも理解した。
要は、フランマ先生はフランマ家門だが、家門とは距離を置いて、影響を受けにくい立場にある、と言いたいのだ。
純度調査には派閥の関係も大きく関わる。
フランマ家門が王妃派・第三王子派どちらの派閥だったとしても、フランマ先生自身はあまり関りがない、と言いたいのだろう。
(そして、それはちゃんと調査されたから出た結論なんだろうな)
今回のためではなく、恐らくフレディは入学するにあたって所属教師すべての派閥の確認でもしたのかもしれない。
エリオットに対して不利になる教師、有利になる教師、中立的な教師。それで忖度を受けるつもりは毛頭ないだろうが、あるいはそういったことが起こらぬようにするためにも、実態を把握しておくことは必要不可欠だ。
(……何せ、殿下が“これ”だからな……)
思わず吐きそうになったため息を飲み込んだ。
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