24.伯爵令息はお腹が黒い

 ルシャーナの猛攻が収まったので、その後の休み時間に突撃されることはなかった。


 どちらかと言えばフレディの方が大変そうだ。

 エリオットが「受験希望者向けに告知を出す」と言ったせいで、皆、少しでも有利な情報を引き出そうとフレディに探りを入れているのだ。当然、エリオットが宣言したことを実行するのはフレディだと全員が知っている。


 そういうわけで、授業と授業の間の休憩時間に、わたくし以外のクラスメイトが殆ど全員フレディの近くに集合した。

 あれやこれやと質問が飛んでくるのに、律義なフレディは「お答えできません」と答えていて、その度爵位が上の家の子から睨みを貰っていた。

 フレディは助けを求めてエリオットの方を見ていたが、令嬢への対応だって配慮できない男なのだ、当然気づくはずもなく。

 最終的には、フレディの方からエリオットに話を振る形で事態を収拾させていた。


(手腕はすごいよな)


 推測でしかないが、エリオットの鈍感さ――よく言えば大らかさ――が生来のものだとすれば、留学中も同じように苦労したに違いない。あるいは幼少期からそうなのかも。

 対処方法を熟知している雰囲気だし、エリオットに巻き込まれて被害を受けるのも慣れているのだろう。

 そう考えれば、普段のわたくしとクアラに対する申し訳なさっぷりも理解が出来た。





 ランチタイムになると、大急ぎでフレディが教室を出ていく。

 告知の準備をするのだろう、と走り去った背中を見送って、わたくしもなるべく早く教室を出た。

 そうしないとエリオットに捕まってしまいそうだったし、エリオットに捕まらずともクラスの誰かに声をかけられそうだった。

 フレディがいないのなら、次の生贄はわたくしだろう。


 とはいえ、学校の廊下を堂々と走るわけにはいかない。最低限問題のない速度で早歩きをしてレストランへ向かう。

 コンシェルジュに声をかけると、まだ誰も到着していないようだったので、先に部屋へ案内してもらった。


(それにしても、殿下はどうするつもりなんだろ)


 全員が集まるにはもう少し時間がかかりそうだ。

 一人では広い室内で、わたくしはぼんやりと考える。

 運営委員会がどのくらいの速度で対応してくれるかはわからないが、加入試験の告知を出したら希望者が殺到するのは目に見えている。


 試験自体は、わたくしたちが受験するものと同じもの――それぞれがそれぞれに向けて作成した高難易度試験――をランダムで受験させる形でよいものの、あんまり人数が多ければ試験対応だけで大仕事だ。

 正直、サークルを作ってしまえばしばらくは調査に専念できると思っていたから、煩わしさを感じる。


(まあ、けしかけたのはわたくしだけど)


 はあ、と、ため息を吐いたところでクアラが部屋にやってきた。


「アリア、早かったのね」

「ああ、ちょっと、教室が大変なことになってて」


 いつもの席に座ったクアラが、「大変なこと?」と首を傾げる。わたくしはかいつまんで事情を説明した。


「スプレンダー様の誤解も大変だけど、加入試験の告知は……ううん、でもいずれはやる必要があるだろうし……」

「確かに、いつかはやる必要があっただろうけど。しばらくは静かに調査に専念できると思ってたから、どうなるのか想像つかない」

「本当よね」


 サークル代表がエリオットになるので、遅かれ早かれ一度は試験を実施しなければならなかっただろうが。のらりくらりと一年くらいは猶予を持てると思っていたのに。

 そして、一年もあれば、わたくしとクアラはエリオットからの依頼を解決して、エリオットたちから離れられたかもしれないのに。


(……その、方がいいよな?)


 少なくとも今ほど近しい関係でいる必要はないだろう。

 年内にはきっとエリオットの婚約者も決まると思われた。


「二人とも、お待たせ」

「待たせたな」


 何度目かになるため息をクアラと一緒に吐いたところで、エリオットとフレディがやってきた。





 案内の侍女が、全員揃ったのを見て素早くメニューを出してくれる。各々が注文を終えたところで、全員が顔を見合わせた。


「……その顔は、アリアから事情を聞いたね?」


 フレディがクアラに問う。クアラは静かに頷いた。


「大変なことになると思うわ」

「わたくしもそう思う」


 隣で同意すると、フレディは苦笑を浮かべて「アリアが言ったくせに」と少しばかり非難めいたことを言う。


「でも、あの場でスプレンダー様を落ち着けるためには、ああ言うしかなかっただろ。

 特別にハイクラス内だけで収めることだってできたのに、告知を出して受験者を募る形にしたのは殿下だ」


 きっかけは確かにわたくしで、けしかけたのも事実だが。

 やりようは他にいくらでもあった、と思う。ルシャーナだけを受験させることは不可能だっただろうが、これほどの規模にする必要もなかったのだ。


「まあ、別に平気だろ。最初に振り落としておいた方が後が楽だと思うけど」


 だというのに、エリオットは三人分の視線を受けてなお、けろりとした顔をしている。

 事の重大さを理解しているのか、いないのか。受験者がそれほど多くないと思っているのかもしれない。


「……あの、念のため伝えとくけど、告知が出たら多分、魔法課程に在籍するすべての生徒が受験希望するくらいの覚悟でいないと難しい……ぞ?」


 心配になって忠告すると、エリオットはきょとん、と目を丸めて私を見た。


「なら、受けさせればいいじゃないか」

「受けさせればいいって……」


 その手配を誰がやると思っているのか。

 口ごもっていると、エリオットはわたくしを気にせず視線をフレディに向けた。


「告知の内容は?」

「こんな感じです」


 問われたフレディが、素早く懐から紙面を取り出しテーブルの上に広げた。告知用の掲示資料の様だ。

 大きな紙には試験要綱がびっしりと記載されていて、これだけで受験する気が少し萎える。きっと、少しでも受験希望者を減らしたくて画策したのだろう。


「ああ、この条件いいわね、今期はこの一回のみの開催ってやつ」

「でしょ? 年内にそう何度もやりたくないし、事前に入れておけば要望は拒否できるから」


 さっと目を通したクアラがすぐさま指摘して、わたくしも大きく頷いた。


 資料に書かれていたのは試験についてと、サークルについての内容である。

 代表者がエリオットであること、初期メンバーは一週間後に実施する試験と同一の試験を受験し、合格することで加入確定となること、初期メンバーの試験結果(得点)は試験後掲示にて発表すること。


「わたくしたちよりも点数が高かった場合、無条件加入ってのはどういう意味だ?」


 その下に書かれていた文言が気になって問いかける。フレディは「ああ、それね」と頷くと、「対象者の、ここ」と、下の方の一か所を指さした。


「……専門分野に特化した研究サークルであることをふまえ、ミドルクラス以上の学力を持っている者、学年不問、“生活に根付く精霊魔法”について自身の考えを一万文字以内の論文として提出できる者……」


 思わず、じとりとフレディを見上げた。


「加入させる気ゼロじゃん」

「ゼロだよ!」


 思わず突っ込めば、フレディはからりと笑って「そりゃそうでしょ!」と言い張った。


「試験時点で絶対に合格者は出ない見込みだけど、万が一、合格できた人がいたとしよう。その場合、無条件加入にすると問題のある人物だった時のリスクが大きいでしょ。

 でも、こうやって試験結果に関わらず論文提出が必須ってことにしておけば、論文の採点期間を設けることが出来るし、“生活に根付く精霊魔法についての自身の考え”なんて、どうとでも言える内容でしょ。

 採点期間中に調査を入れて、結果的に不適格と判断したら、論文不合格って形で振り落とせる。そこで振り落とした人は“主旨違いのため以降の加入希望を受け付けない”形に持ってくこともできるだろうし」

「う、うわあ」


 クアラが耐え切れずに呻いた。


「フレディ、あなた意外とこう、なんというか……」

「……腹黒いな?」


 濁された言葉を引き継いで、クアラと一緒にフレディを見る。

 フレディはエリオットがしたように、きょとん、と目を丸めると、「何が?」なんて首を傾げた。

 わかっていないのか、わかっていてわかっていないふりをしているのか。


「メリットもあるよ。僕たちより高い点数で試験を合格した人がいたら、その人は完全に僕たちより格上の存在だ。

 それなら、排除するより一定の距離を保ちつつ取り込んだ方が役に立つ。でしょ?」

「いや、でしょ? って言われても……」


 回答としては、「その通りですね」としか言えない。全くもってその通りだ。

 フレディはなおもわからなさそうに首を傾げていたが、わたくしもクアラもその様子を外見通りに受け取ることはもうできなかった。


 エリオットが(こちらは本当に)気にしていない様子で、「まあ、いいんじゃないか」と頷く。


「それから、試験は運営委員会に動いてもらえばいいだろ」


 次いで、爆弾発言を放り込んだ。

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