23.公爵令嬢は不機嫌である 2
段々とサークル参加の件からずれてきたお叱りを頂きながら、わたくしがさてどうしたものかと困っていると、ちょん、と誰かに肩を突かれた。
思わず後ろを振り向くと、申し訳なさそうな表情のフレディが、「殿下?」と口を開いた。
開口一番何を、と思ったが、不本意にもそれが何の問いか理解して、わたくしは静かに、深く頷いた。
「殿下(が原因)」
「本当に申し訳ない……」
今回ばかりはフレディが謝る事でもない――と思ったが、結局設立時の初期メンバーにわたくしとクアラの名前を書いたのはフレディのはずなので、やっぱりフレディが謝る事かも――肩を竦めてため息の代わりにする。
フレディは苦笑を浮かべると、フレディの登場に気づいていないらしい、ルシャーナの方に向き直った。
「スプレンダー様」
「ですから、もう少し淑女としての嗜みを――マーズ様?」
フレディが強めに声をかけると、はっとした様子でルシャーナの声が止まった。
今気が付いた、と言わんばかりに目を丸くして、フレディの事を見つめる。
当然、フレディがいるということは、エリオットも登校している。そのまま、ルシャーナの視線がフレディの後ろへと向かった。
「おはよう、スプレンダー嬢」
フレディの背後から、エリオットが前に出る。ルシャーナは一瞬気圧されたように後ずさると、慌てて綺麗にカーテシーをした。
「おはようございます、殿下」
頭を上げたルシャーナは居心地が悪そうだ。
わたくしの前に二人が立ってしまったから、分が悪いと思ったのだろう。
「アリアと何の話をしていたんだ?」
だが、その瞬間ルシャーナの瞳がキッと釣り上がった。
まだ言い足りない、と言いたげにわたくしの方を睨みつける。
「……殿下の設立された、サークルの参加方法についてお聞きしていたのですわ。なんでも、ルナエ様とソーノス様は、既に無条件で参加が決まっているそうで」
棘のある言い方だなあ、とは声には出せず、わたくしは黙り込んで俯いた。
落ち込んだからではなく、単にそろそろ表情を作り続けるのに疲れてきたからだ。
申し訳なさそうな顔を作り続けるのも飽きてきたし、ルシャーナの感情に振り回されるのもそろそろやめたい。
けれど、そんなわたくしの様子は落ち込んでいるように見えたらしい。
フレディが心配そうに「アリア、大丈夫?」と聞いてくる。わたくしは俯いたまま頷いた。
「誤解があるようですね。確かに私とフレディ、アリア、クアラの四人でサークル設立のため動いています。設立時の初期メンバーとして数名記載が必要だったので、全員の名前を書きましたが。
私の作るサークルは真に学問に精通している人材に所属してもらいたいのです。ですから、初期メンバーであるフレディ、アリア、クアラの三人も、加入試験を受験してもらう予定です」
漸く、エリオットが誤解を正す。
ルシャーナが「えっ」と声を上げてもう一度わたくしを見た。わたくしはまた、先ほどと同じように頷く。
「あなた、知っていたの?」
けれどそれで満足しなかったらしい。ルシャーナ様に問われて、仕方なくそろそろと顔を上げた。
「存じておりました。ですから、先ほどから誤解を解こうとしていたのですが……」
暗に、あなたが白熱して捲し立てるから伝えられなかったのだ、と言えば、ルシャーナの顔がカッと真っ赤に染まった。
怒りではない、羞恥の赤だ。
「それは……申し訳ないことをしましたわ」
それから、真実申し訳なさそうにわたくしに向き直る。
軽く頭を下げただけだが、公爵令嬢が躊躇なく過ちを認める様、自体はとても清々しく見える。
(まあ、だからあんまりこの人の事嫌いになれないんだけど……)
ルシャーナは少し直情的なのだろう。それから、思い込みが激しい。
「わたくしがすぐにお伝え出来なかったのもございますから、申し訳ございませんでした。
先ほど殿下がお話くださったように、そういうわけで、わたくしも、ソーノス様も、参加が確定しているわけではないのです」
少し考えて付け足すと、ルシャーナは納得した様子で「ええ、ええ、わかりましたわ」と頷いた。
「……それでは殿下、その加入試験ですけれど、わたくしも受験できますかしら」
それから、突拍子のないことを言い出した。
えっ!? と、頓狂な声が上がる。
声の出どころ的に殿下が発した声だが、慌てたフレディが「ええっ!?」とさらに大きな声で驚いて見せたので、ルシャーナの意識はフレディの方へ向いたようだった。
「何か問題があって?」
「えっと……その、かなり難易度が高くなる予定ですので……」
詰め寄られて、フレディがしどろもどろに後退する。
ちらちらとわたくしに視線を向けてくるので、助けろ、と言うことらしい。
わたくしは仕方なく肩を竦めると、「受験自体は問題ないのでは?」とエリオットに答えを求めた。
「……というと?」
「ですから、いずれにせよ加入希望者には同じ様な試験を受験してもらう予定でしたし、一緒にスプレンダー様に受験いただいても問題ないのではと」
逆に言えば、最初にへし折っておけばもう一度、という気にはなるまい。
試験ジャンルもくじで選ぶようなランダム性の高いものだし、そもそも専門的知識が必須の高難易度試験、の予定だ。
試験対策自体がしづらいだろうし、たとえ対策されたとしても、一朝一夕で身に着くようなものではない。
三人の試験がどうかは知らないが、わたくしの試験は殆ど論述問題のようなものなので――そもそも、決まった「正解」がないのだ。
エリオットは顎に手を当てて数秒考えると、「そうだな」と頷いた。
「ただ、試験難易度を確認するのに私たちが先行して受験したいから、一緒に受験は認めない。スプレンダー嬢の他に受験希望者がいるかも知れないから、試験日は一週間後あたりの日付で告知を出そう」
どうだろうか、と、ルシャーナに視線を向ける。
ルシャーナはエリオットの言うことを噛み砕いて理解すると、ぱっと顔を明るめて、「そちらで問題ございません」と頷いた。
「わたくしも公爵家の一員です。普通の学生と同じ学力と思われるのは心外ですわ。必ずや合格して見せます」
それから、意気込むように宣言をした。
漸く自席へ戻っていったルシャーナの背中を見とめて、ふう、と深い息を吐いた。
エリオットとフレディが心配そうにわたくしの事を見たが、ここで一層親し気にして、もう一度ルシャーナの熱をぶり返すのも嫌だったので、軽く首を振って合図する。
察したフレディがエリオットの背中を押して席の方へと移動した。
いつの間にか殆どの生徒が教室の中にいて、ざわざわと話し合っている。
先ほどエリオットが宣言した加入試験についてだろう。
わたくしの席は窓際の一番後ろ、一席だけ飛び出ている位置なので、隣はなく前の生徒と親しいわけでもない。こういう時は、周囲に人の少ない席でよかったと思うばかりだ。
わたくしが席について荷物を片付けるころには、既に担任がやってくる時間になっていて。
朝からひどく疲れてしまった、と、ひっそりため息を吐いた。
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