23.公爵令嬢は不機嫌である 1
その日、わたくしが登校すると、わたくしの席の前でルシャーナが待っていた。
待っていた、という表現は少し異なる。
正確に言えば、仁王立ちでわたくしが来るのを待ち伏せしていた、になるだろう。
鬼気迫る様子で机の前にいるものだから、教室に入った瞬間、思わず「うっ」と呻いて後ずさってしまった。
すぐに、ルシャーナがわたくしを待っていたと理解したからだ。
「おはようございます、ルナエ様。あなたをお待ちしておりましたのよ」
顔は非常に不機嫌ながらも、優雅に挨拶をしたルシャーナに思わずたじろぐ。「おはようございます……」とは少し震えた声になったが、ルシャーナは気にせずにわたくしをじっと見つめた。
早く近くに来い、と言うことなのだろう。
教室の入り口で突っ立っているわけにもいかず、渋々わたくしは自席の方へ寄った。そもそも、ルシャーナのせいで机に座ることも、荷物を置くこともできない。
仕方なく、鞄を持ったまま軽く頭を下げた。
「どういったご用件でしょうか」
全く見当がつかない――わけではなかったし、今日あたり来るだろうとも思ってはいたが、まさか本当に予想が的中するとは思わなかった。
今日は、フレディがサークル設立申請をしてから丁度一週間目である。
申請処理がどのように行われているのかわからないが、フレディ曰く「少し時間がかかる」のであればそろそろ話が来るだろうと思っていた。
設立申請手続きをしたのはフレディで、代表者はエリオットだから、当然申請が下りた連絡が入るのも二人だ。わたくしはサークル設立の進捗を知らない。
とはいえ、一週間前のルシャーナの動きを見れば、そろそろ声がかかるだろう、くらいには思っていた。
どうやら学校運営委員会に伝手でもあるらしい。もしかしたらフレディやエリオットよりも先に情報を掴んでいるかもしれなかった。
ルシャーナは、白々しく用件を聞いたわたくしを睨みつけると、「ご存知でしょう?」と歪に笑った。
「殿下が設立なさった、サークルに関してですわ」
然も、わたくしが知っていて当然のように言う。わたくしは軽く首を振った。
「申し訳ございませんが、サークル設立に関しては殿下と、マーズ様のお手配なのです。
話は聞いておりますが、わたくしは手続きの状況が今どうなっているのかも知りませんわ」
だから変に因縁をつけるのは止めてくれ、と、言外ににじませる。
ルシャーナは「ほほほ!」と軽く高笑いした。
「面白いことをおっしゃいますわ。わたくし、知っていますのよ。サークル設立にあたって、あなたとソーノス様が初期メンバーとして既に参加されていること」
それから、ぎらぎらと瞳を輝かせると、ルシャーナは一歩わたくしの方に踏み出した。
「だというのに、他の参加希望者は難解な試験への合格が必須だというではありませんか。
あなたたち二人が何の制限もなく所属できるのに、他の令嬢の参加を拒むとは、不公平ではなくって?」
それで、彼女が何故これほど不機嫌なのかを理解した。
思わず吐きそうになったため息をぐっと堪えて、わたくしは「待ってください」と制止をかけた。
「誤解があるようです。説明させてください」
「いいえ、今のお話のどこに誤解が? あなたたちは設立申請に携わっていないんでしょう?」
どうにも、ややこしいことになった。
ルシャーナはつまり、わたくしとクアラがエリオットの寵愛を受けて贔屓されたのだ、と主張している。
それはイコール、わたくしたちが実質婚約者候補になったのだ、ということになる。
(さっき、申請手続きに関わってないって言ったのは失敗だったか)
考えつつも、結局同じだったかもしれない、と内心でため息を吐く。
手続きに関わっていないと主張したことで、ルシャーナは余計にエリオットやフレディの思惑だと認識してしまったようだった。
ルシャーナはエリオットに想いを寄せているから、ポッと出の伯爵令嬢がエリオットの心を攫って行ったように見えるのだろう。
わたくしたち主体ではない、というところが余計にルシャーナの心を抉ったようだ。
それなら、手続きに関わっていることにして、わたくしとクアラが自分からエリオットに近づいたことにした方がましだったかも知れない。
最も、その場合も「身の程を知りなさい」と激昂されたと思うので、やはりどっちもどっちだ。
実際は当然違う。
明日の昼休みにサークル加入試験を実施する予定があった。
今日だって、そのために作成した問題用紙を持参している。
フレディから試験レベルを確認するために一度顧問予定の教師に確認をする、と言われていて、問題用紙は今日のランチの時間、直接教師の元へ届けることになっている。
と、そのようなことを説明しても、今のルシャーナの状態では冷静に聞き入れてはくれないだろう。
ルシャーナはわたくしを睨みつけたまま、「殿下があなたたちを気に掛けるのは、単に物珍しいからですわ」と言った。
「確かに、勉学に励むのは良い事ですが。あなたやソーノス様のそれは、令嬢としては失格ですわ! 貴族令嬢たるもの、社交界に重きを置かずどうするというのです。
殿下が目をかけてくださっているのだって、たまたまあなたたちの知識が珍しかったからにすぎません」
回りくどいが、つまり「毛色が違ったから目に留まって気を使って貰っているだけ」で、恐らくは「話さえ合えば自分だってエリオットと親しくなれる」と言いたいらしい。
その後も、「大体ソーノス様はともかく、ルナエ様は日ごろからお茶会などにも参加されないではないですか」と小言じみた内容が続く。
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