22.令嬢は手掛かりを持参する

 翌日のランチタイムで、早速エリオットたちに報告書を提出した。

 昨晩ポネーレに呆れられながら作成した報告書には、魔力版の生成から冷水実験による属性特定、そこから得られた魔力分子配列図などをまとめている。

 全員が素早く昼食を終えた席で、しばらくぱらぱらと報告書を読む音が聞こえた。


「……すごいな、アリアは」


 ややあって、ほう、と息を吐きながらエリオットがこちらを見る。

 急に何を褒めるのか、と訝しむと、フレディが頷きながら「本当だね」と同意した。


「でもそれ、わたくしじゃなくて、助手の……いや、侍従だったっけ、が、やった実験なんだ。本当は冷水実験もわたくしがやりたかったのだけど」

「いやいや、そこじゃなくってさ」


 自分だけの手柄ではない、と主張すると、苦笑を浮かべたエリオットが首を振った。


「この間、属性検査紙でチェックした時に、混色じゃないかって言ってたじゃない?」


 それで、クアラが言葉を引き継いだ。


「本当に些細な色味の変化だったのに、実際に出してみたら本当に水属性と土属性の二種だったんだもの。びっくりしちゃった」


 からからとクアラが笑う。エリオットとフレディが頷いた。


「確かに、あの時の検査紙の色、ちょっと緑っぽかったもんな。水属性の青色に土属性の黄色だから、緑になったのは頷ける」

「それでも青みが強かったし、結果を見ても土属性の比率は僅かなようだし、よく見つけたね」

「まあ、実験すればわかることだから……」


 やたらと三人が褒めるので、わたくしは思わず小さくなって視線を落とした。


 わたくしとしては、それほど大したことはしていない。

 魔力版の生成も、その他魔力版で行いたかった実験も、全てセイクがやってしまったからだ。わたくしがやったことといえば、セイクへの指示出しと、実験の結果を報告書にまとめたくらい。これではどちらが助手かわからない。


「いやいや、そこからこういう考察を出してきたのは君だろう」


 わたくしが俯いたので、エリオットが不思議そうな声を上げて報告書の後半を開いた。

 ぐ、と開き癖をつけてテーブルの真ん中に差し出される。フレディとクアラはそこがどのページなのか理解したらしく、ちらりとも見やしない。

 仕方なく、わたくしはそろりと出された紙面を覗き見た。


 考察、と言葉が出た通り、実験結果から得られた考察を記載したページだ。

 首を傾げたわたくしに、エリオットは苦笑の色を深めた。


「土属性の純度から、水源から運河に流れ込む過程で自然的に混ざったものではないだろう、とか、結晶の剥がれ方から、水属性とかなり密に混ざり合っていたようだ、とか。

 あとは、分子配列が異なるから水属性と土属性の術者は違うだろう、とかさ」


 言わんとすることの意味が分からずにますます首の傾ぎを深くする。クアラが補足するように「だからね、アリア」と口を開いた。


「私たち、実験だけして、その結果だけ出されると思ってたのよ。その上で、考察は一から皆でやるものだって。勿論、アリアのこの内容をもとにさらに精査はするけど、実験依頼してこんなにすぐに、こんなにきちんとまとめられて出てくるとは思わないじゃない?」


 ふふふ、とクアラが笑う。


「勿論、アリアが魔法研究に力を入れていることはわかってるけど、実際どういう姿勢で取り組んでるかなんて知らなかったもの。

 誤解を抱かないでほしいんだけど、少なくとも私だったら、ここまで出すのにもう少し時間がかかったと思う」


 だから殿下は「すごい」って言ったのよ。

 クアラの言葉に合わせて、エリオットがうんうん、と大きく頷いた。


「ついでに今後の方針なんかも出してくれてるしね。勿論、これもみんなで揉む必要はあるけど」


 フレディは言いながらテーブル上の報告書を取ると、最終ページに差し込んだ今後の予定(仮)を広げなおした。

 確かに、今回の実験結果を受けて、次に調査すべき内容を(仮)としてつらつら並べた記憶がある。


「なんていうか、慣れてるよね。僕たちと年も変わらないはずなのに」

(そりゃ、まあ、前世と合わせたら何十年と研究一筋だったから)


 とは、さすがに言えず、わたくしは押し黙る。フレディも答えを聞きたかったわけではないのだろう、「僕なんか勉強の楽しさに気づいたのもここ一、二年の話で」と照れたように頭を掻いた。


「そうなの?」

「殿下の付き添いで留学してから、学びの楽しさを知ったというか。強制的に学ばなきゃいけない状況になって、楽しむ方法を覚えたというか」


 それで、なるほど、言葉がわからぬまま連れていかれたのか、と思い至った。


 エリオットは仮にも王子だ。

 王位継承権としては第三位だが、王位につかずとも将来的には兄王を支える要職に就くことが求められる。

 幼い頃から教育は厳しかっただろうし、帝王学も学んでいると思われた。


(もっとも、ぜんっぜんそんな気配がないけど)


 普段のエリオットの様子を見ていると忘れがちだが。

 仮にも、一応、血筋的には、王子なのである。

 実際の習熟度は分からないが、少なくとも国交のある隣国の言葉くらいは習得しているだろうし、外交上必要な主要言語はマスターしていると思われる。


 反してフレディは、エリオットの侍従といえど伯爵家の子息である。二人の関係が近しいところを見ても、幼少期からの付き合いだと推測するが、エリオットほど厳しい教育ではなかっただろう。

 どちらかと言えば、エリオットをサポートできるような内に向かう仕事の教育を中心に受けてきたのではないだろうか。

 少なくとも、言語はそこまで多く学習しなかったようだった。


(まあ、普通の伯爵令息だったら入学してから勉強するものだし)


 これが侯爵以上の貴族であれば、事前に家庭教師を招いて学習したかも知れないが。

 あるいは、わたくしの父のように、外交に携わる家門であれば別である。


「……じゃあ、呪文学に力を入れるようになったのもそのくらいから?」


 問えば、フレディは「そんなところ」と頷いた。


「レニヴェント語は、日常会話程度しか話せなかったんだ。でも、殿下の留学に合わせていくならもっと難易度が上がるでしょ? それで、色々と学習していくうちに、レニヴェントで作られている魔法道具の多くに呪文の刻印があることに気が付いて、そこから呪文学にのめり込んでいったんだよ」


 少しだけ照れた様子でフレディが教えてくれた。

 クアラが楽しそうにポンと両手を合わせると、「学びの楽しさに気づけたのは素晴らしい事ね」と頷いた。


「私は、お兄様の精霊を初めて見た時から精霊に心を奪われてしまって。彼らの事をもっと知りたいと思って色々と調べている内に、気が付いたら学問の道へ進んでいたの」


 そういう些細なところから始まるのよね、と。


「なんにせよ、興味を持ったことに打ち込める環境がある、というのは幸せだな。興味があっても、環境が許さない人だっているだろうし」

「それは、そうだな」


 エリオットの言葉はもっともだったが、なんとなく含む物言いが気になって、ちらりと彼の方を見つめた。

 難しい顔をして、広げたままの資料を見ている。


「……次のステージとしては、この土属性がどこで混ざったか? というところかな」


 そのまま、話を戻すように問う。

 ほのぼのと談笑していたクアラとフレディが、ぱっと顔を引き締めて「そうですね」と資料を覗き込んだ。わたくしも同じように覗き込みながら、「それが良いと思う」と同意する。


 自分で書いた、「今後の予定(仮)」にも、次やるべきは土属性の混入経路の調査、とあった。エリオットから依頼されている、「王都の水の純度が低下している」部分については、土属性が混入していたから、という理由で大きくカタがつく。

 問題はそれがどこから、どのようにして、混入したのか? ということなのだ。


(それがわからなきゃ、問題の解決には至らない)


 それに、と顔を顰める。

 詳細な調査はこれからになるが、やはり、水属性か土属性、どちらかあるいは双方の属性で“穢れ”が起こっている可能性が高かった。

 感覚的なもので、これは“勘”のようなものだ。

 報告書にはちらりと記載しているものの、明言はしなかった。


「どうやって特定できると思う?」

「そうね……」


 ぱっと顔を上げたエリオットが、ぐるりと室内を見回した。

 クアラが口元に手をやって、考えながら「王都内の水路は、いくつか水源が別だったと思うんだけど」と前置く。


「水源単位でグループに分けて、グループの中から代表の水路を一つ選ぶの。その、代表の水路から水を採取して、それぞれ土属性が混入していないかどうかを調査する。

 第一段階としてはこのくらいがよいと思うんだけど、どうかしら」


 ふむ、とエリオットが考え込んだ。

 わたくしとしては悪くない案だと思う。

 代表の水路の中から、土属性が混入していない水路があったなら、混入はそのグループと関係ないところで起こっていると考えられる。

 そうなれば、混入していたグループの中で、さらに上流、下流等、採取する地点を変えてゆき、どのポイントで混入したか絞り込んでいくことが出来るだろう。

 手間はかかるが、結局混入経路を探るには一通り採取していかなければならないので、ある程度省けたほうが効率が良い。


(問題なのは、全てのグループで土属性が混入していた場合)


 その場合、同じように採取地点を変更し絞り込んでいくことも可能だが、混入していない水路があった場合の比じゃない労力が必要になる。

 それこそ、わたくしたちだけで行うのではなく、研究所に協力要請した方が効率的だろう。

 ただそれは、“魔法”を“川”に対して行っていた時の場合だ。


「……現実的なんじゃないか」


 考えても仕方のない事だった。

 クアラの顔を見て頷いてやる。クアラは少しほっとした様子で笑みを浮かべた。


「そうだな、それがいいか」

「だね」


 エリオットとフレディも、同じようにどのような結果が得られて、どのような可能性があるのか推測し終わったらしい。


「願わくば、これである程度絞り込めるといいんだけど」


 暗い声でエリオットが言った。

 それがどういう意味なのか、この場の全員が理解できたので、誰も、何とも返事が出来なかった。

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