20.令嬢は嘘が吐けない 3

 胸の前で、掌を向かい合わせるように広げる。

 間に小さな炎の球が浮かぶようなイメージをして、「イーニス」と呟いた。

 呪文がトリガとなって、体内の魔力が魔法に変換されていくのを感じる。細かく制御しながら出力すると、イメージした通りの火球がぽっと浮かび上がった。


「わあ」


 クアラが立ち上がって近づいてきた。

 炎に鼻先が触れてしまうんじゃないかというほど近くで、まじまじと観察している。


「本当に揺らぎが一つもないわ……! 大きさは変えられるの?」

「変えてたよな?」


 わたくしの返事よりも先に、エリオットが「できるよな」と訴えてくる。仕方なく、「どのくらい?」とクアラに問うた。


「じゃあ、イチゴくらいの大きさ」

「はい」


 イチゴ、と言われたので、大きさをそのくらいに小さくするのと同時に、形もイチゴっぽく変化させた。クアラが「まあ!」と驚きの声を上げる。


「すごい、そんなこともできるのか」

「炎が全く揺らがないから、本当に火のイチゴになってる……」


 それから、視線をエリオットに向ける。エリオットは意図を察して「それじゃあ、お皿」と注文をした。


「こんな感じかな?」


 なので、丁度今日、エリオットのデザートに出されたイチゴと同じ器に炎のイチゴを入れてやる。

 大きさを変えたというよりは炎を追加したイメージだ。同じ炎で色も同じなので、イチゴ部分と皿部分の境界は重なってしまったが。


「食べれそう」

「火傷するからやめてくれ」


 さすがに怪我をさせてしまう。

 物欲しそうな顔でクアラがにじりよったので、わたくしはぱっと炎をかき消した。


「すごいすごい、アリア、それで十分食べていけるんじゃない?」

「……そりゃどうも。でも、そんな大道芸人の真似事をする気はないぞ」


 いたく感動した様子でエリオットが言うので、思わずムッとして言い返す。

 大道芸人になるくらいなら大人しく魔法研への所属を希望したい。というよりも、そもそも貴族令嬢に言う褒め言葉でもない。

 さすがに言い過ぎだとはフレディもクアラも思ったのだろう、フレディが「殿下、気持ちはわかりますけどアリアは伯爵令嬢ですよ」と注意する。

 クアラが小さな声で噴き出した。


「ふふふ……でも、どうしてアリアはそんなに魔力制御が上手なの?」

「あー……日常的に魔力制御してるから?」


 話を変えるのが一番だと思ったらしい。

 わたくしもその方が有難かったが、転換された話題自体は嬉しくない。

 曖昧に疑問形で返せば、案の定クアラは「なんで疑問形?」と首を傾げるし、エリオットとフレディは「さっきもそう言ってたな」とこちらを見詰めた。


「そもそも、日常的に魔力制御する必要なんてないだろう。なんでそんなことを?」


 疑問は最もである。

 わたくしだって、何の障害もなく普通の貴族令嬢として育っていたら、同じことを思うに違いない。わたくしが少し特殊であるのは理解していて、だからこう、なんとかして平凡に擬態できないかと模索しているのに。

 どう答えたものか、言葉が出ずに「うーん、」と曖昧な声だけ漏れた。

 表情までまるきり困った顔になったらしい。三人が顔を見合わせる。


「……別に、言いたくないならいいけど」


 代表してエリオットが言う。じゃあ聞かないでくれてもいいのに、とは思ったが、わたくしがこんなに嫌がるとは思わなかったのだろう。

 ここで頑なに拒否をすれば、「魔力制御を日常的に行っているのは、何か深い事情がある」ということ自体を認めることになる。

 それはそれで構わなかったが、共に研究していく中でわだかまりを残すのも嫌だ。わたくしは緩く首を振ると、「えーと、なんというか、」と言葉を探した。


「わたくしの魔力……ちょっと……その……多すぎて……」

「ああ、ルナエ伯爵夫人はデソロー公爵家のご出身だったもんな」


 どうにか誤魔化せないかと吐いた言葉に、エリオットが同意する。

 その辺りはぼんやり王子でもきちんと把握しているらしい。わたくしは頷き返して、誤魔化しの言葉を見つけた。


「色々と影響を与えてしまうんだ。だから、その……幼少期から、なるべく影響を与えないように、魔力の漏れを最小限にとどめる訓練を……」


 嘘、は、言っていない。肝心なところを伝えていないだけで。

 ただ、エリオットもフレディも、勿論クアラも、わたくしの話にある程度納得したようだった。


「なるほどなあ。確かに、魔力過多の人が魔力制御できず、周囲に影響を及ぼした事例はいくつか見た記憶がある」

「私もあるわ。といっても、古い文献だったけど……」

「ルナエ家は古い家だし、そういうところで魔力制御の重要性を理解していたのかな」


 各々が好き勝手に考察を始める。

 わたくしは知られぬようにほっと息を吐いた。嘘ではないので許してほしい。

 別に、そのような経緯があって両親から魔力制御の重要性を学んだわけではなかったが。


(どちらかというと、誰にも気づかれずに魔力制御の訓練してたし……魔力量を測るときはお母さまくらいの量を目安に減らしたくらいだし……)


 このあたりは間違っても口に出すまい。

 黙り込んだわたくしを見て、クアラが何かもの言いたげな顔をしていたが、丁度その時リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴って、本日のランチはお開きとなったのだった。

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