20.令嬢は嘘が吐けない 2

 とにかく食事をしながらにしよう、ということで、本日も各々が好きなメニューを注文する。

 わたくしの今日の注文はハンバーグサンドイッチだ。

 ハンバーグをサンドイッチの具材にした少し変わったメニューで、学内の男子生徒に人気がある。

 午前中、魔法実技と魔法歴史学と、体も頭も使ってへとへとだったのだ。甘味以外の食にあまり興味はないのだが、がっつり食べたい時だってある。

 デザートはイチゴのアイスクリームを頼んだ。


「ハイクラスは、やっぱり、その、スプレンダー様が……?」


 料理が届いて一息ついたところで、恐る恐る、と言った様子でクアラが声を上げた。

 視線はわたくしとフレディを行ったり来たりだ。エリオットに聞いても意味がないことは、クアラ自身も理解しているらしい。


「やっぱりというか、そりゃ、スプレンダー様かウブラ様になるよね」


 ため息と共に答える。

 図らずも、フレディが同じタイミングでため息を吐いた。


 エリオットが首を傾げて、「スプレンダー嬢がどうかしたか?」と問うてくる。

 色々言われているのは自分だろうに、言われたこと以外は気にならないようだ。


「あからさまに、わたくしとクアラを牽制してる。今日の授業だってずっと睨んでいたし。さっきもスプレンダー様から声をかけられたんだろ?」


 問えば、エリオットは思い出したように「ああ、確かに」と頷いた。


「今日のランチを一緒にどうかと誘われたんだ。先約があるって断ったけど」

「誰との約束か聞かれなかった?」


 クアラが不安そうに尋ねる。

 ここで自分たちの名前を出されていたら、ルシャーナから決定的な敵意を向けられるに違いない。恐々としていると、フレディが慌てて「安心して!」と割って入った。


「言いそうだった殿下をちゃんと遮ったから!」

「別に、名前を出そうとは思ってなかったぞ! なんで君に言う必要がある? って聞こうとしただけで」

「それはそれでまずい気が……」


 思わず「スプレンダー様、かわいそうに」と呟くと、クアラが横で「本当に」と同意した。

 これだけ想っているのに、エリオットにはちっとも響いていないのだ。まあ、エリオットにだって選ぶ権利はあるので、ルシャーナを選ばなければならないわけではないのだが。


「クアラの方は大丈夫だった? 大分噂が出回ってただろ」


 気を取り直してクアラを見る。

 わたくしとエリオット、フレディは同じハイクラスなので、互いに情報共有も、フォローし合うこともできるけれど。

 クアラは一人だけミドルクラスだ。

 教室も少し離れているので、わたくしたちはクアラの様子を知ることが出来ない。クアラは眉尻をぐっと下げて、心底困った顔で「全然大丈夫じゃないわ」と肩を落とした。


「侯爵家の方はいいのよ、あちらはちゃんと影を使われていて、きちんと情報を持ってらっしゃるから……でも、伯爵以下の貴族令嬢はダメね」


 ダメ、という言葉に思わずフレディと顔を見合わせる。

 実のところ、ミドルクラスの生徒は殆どが伯爵家の子供たちだ。

 アクアサクラ王国に公爵位を持つ家は五つしか存在せず、その内四家がハイクラスに所属している。残るひとつはわたくしたちの代の子供がいない。

 侯爵位を持つ家は公爵よりも数が多いが、どちらかと言えば前後の学年に多くて、今年は片手くらいらしい。

 さらに魔法課程への進学、という条件が重なると、爵位の比率が途端に狂ってしまうのだ。

 子爵や男爵は全体数は多いけれど、家業を継いだり領内就職をする人が殆どのため、一般課程を終えるとそのまま卒業することが多く、そもそもの進学率が高くない。

 騎士爵の家の子供や豪商の子供、あるいは才能を見込まれ進学した平民の子供などは、成績問わずロークラスに押し込まれてしまうが、こちらも数はあまり多くはなかった。

 そうなると必然的に、ロークラスに子爵以下の生徒を所属させる形になって、ミドルクラスは中間層の伯爵位の生徒ばかりになってしまうのだ。


 なんとなく、目立った身分差がないため楽でいいな、などと思っていたが、クアラの様子を見るにどうもそう簡単な話ではないらしい。


「さすが、名家の方々は情報ルートがしっかりしてますけど……すっかり、私とアリアが殿下に色目を使ってサークルを作ったことになってるんだもの」


 腹立たし気な様子のクアラに苦笑を浮かべる。大方予想通りの噂の回り方だ。


「でも、どの道ミドルクラス所属ならサークル参加も難しいんじゃない? 普通は遠慮するよ」


 誰が見てもぼんやりしているが、エリオットは第三王子だ。

 元からあるサークルにエリオットが所属したなら追従する気持ちも理解できるが、エリオットが創立するサークルに自分も入ろうなどとはあまり思うまい。

 たとえ入りたいと思ったとしても、何か条件があるくらいは考えるだろう。


(そう、スプレンダー様のように)


 サークルについて聞いてきたルシャーナの事を思い出した。

 公爵令嬢のルシャーナでさえ、「参加方法」があるだろうという前提で話をしていた。

 生憎とエリオットの事で(非常に不本意ながら)わたくしに敵意を向けられているが、ルシャーナ自体はきちんとしたご令嬢である。どちらかと言えば可愛らしいし、好ましい。


(スプレンダー様ははっきりしているからな、清々しい)


 それは光の加護のもたらす気質でもあるのだろう。

 スプレンダー家は五つある公爵家の内、「光の公爵」と呼ばれ、代々光の加護を受けている。具体的な加護の内容や効果は知らないが、光属性は規律や理性を司るとも言われていて、幻惑などにかかりにくいのだ。


「そりゃあ、王子殿下と同学年になったら、“もしかして私にもチャンスが!?”とか思っちゃうんじゃない?」


 クアラは答えながら恨めし気にエリオットを見つめた。

 とはいえ、エリオットにもエリオットの希望があるだろう。第二王子殿下だって婚約者がいないのだ。エリオットに先に決めろと言う権利はわたくしたちにはないし、個人的には本人の自由だと思っている。

 ただ、自分の影響を考えろと言いたいだけで。


「まあまあ。クアラは来年ハイクラスに入れるよう頑張ればいいじゃない」


 フレディがなんてことのないように言う。クアラが嫌そうに顔を顰めた。


「それって結局、一年間は耐えなきゃいけないんじゃない! 面倒だわ……」

「派閥もやっぱり影響してる?」


 思わず問えば、「そりゃあね」とクアラは苦笑いする。

 一般課程ではクラスという概念がなかったので、各々が必要な授業を好きなタイミングで組んで受講する、という形だった。

 一般課程は魔法課程と違い、三年間びっしりと必修授業が存在したが、必修授業も週の内何度か同じ授業を受けられるようになっていて、どのタイミングでどの授業を受けるのかを決められるのだ。

 そのため、余程示し合わせて時間割を作らなければ、基本的に個人行動が主体となる。

 以前兄に聞いた話によれば、一般課程は魔法課程よりも平民の比率が多いため、貴族を固まらせて妙な派閥や差別などが生じないように、という工夫らしい。

 と同時に、何度も同じ授業を開催することで、家庭教師を持っていない家の子供たちが、躓いたところを何度も受講できるようにする、という配慮らしかった。嘘か本当かはわからない。


 なので、貴族社会でありがちな「派閥」というものが最初に生まれるのは魔法課程からだった。

 ハイクラスは派閥ができるほど所属人数が多くないので、発生するのはミドルクラスでのことになる。


「王妃派と第三王子派はやっぱり主要派閥ね。

 第二王子派も若干いるけど、どちらかというと中立派に近いかしら。うちは家がそもそも中立派だから無関係だと思ってたんだけど……」


 言いながら、クアラはもう一度ちらりとエリオットを見た。

 エリオットは気づいた素振りも見せずに食後の紅茶を飲んでいる。所作だけは王子らしく優雅だ。


 いっそ形だけでも婚約者を定めてしまった方がエリオットもわたくしたちも楽なのでは、とさえ思う。

 そう簡単に行かないのが問題なのだが。


「中立派の伯爵令嬢が婚約者に上がるのが一番嫌なんだろうね。派閥勢力としては拮抗状態だ」


 おどけたようにフレディが肩を竦めた。


「そんなことより、アリアだよ」


 派閥についてを思えば、ハイクラスでよかった、と思わざるをえない。

 もっとも、最初からミドルクラスだったならこれほど早くエリオットに捕まることはなかっただろうし、わたくしがエリオットに捕まらなければクアラも捕まることはなかっただろう。そう考えると良し悪しである。


 当のエリオットは「そんなことより」なんて問題を棚上げして、わたくしに視線を向けた。

 わたくしは「え?」と首を傾げて見つめ返す。

 フレディが「そうそう、アリアだよね」と同意した。何がわたくしなのか。


「アリアが“また”何かやったの?」

「待って、常にわたくしが何か問題を起こしてるみたいな発言はやめてくれる?」


 クアラまでよくわからないことを言うので、思わず突っ込んでしまった。三人とも苦笑を浮かべて「十分問題を起こしてる」と言いたげである。

 そりゃあ、成績を故意に操作したり、学生ながら学術誌に寄稿しまくったりしたけれど。学生生活で何かトラブルを起こした記憶は全くない。基本的には模範生だったはずだ。

 クアラが残念そうな視線でため息を吐いた。


「自覚ないのね……」


 続けて、小さな声で「私には規格外すぎてついていけないところ、沢山あるもの」と言う。

 ますます理解できなくて首を傾げた。


「今日、ハイクラスは午前中に魔法実技の授業があったんだよ」


 苦笑を深めたフレディが気を取り直して話を進める。魔法実技の授業、という言葉で、二人が何を言いたいのか理解した。


(魔力制御のことか)


 そういえば、休憩時間に聞きに来たときは素気無く突き返してしまったんだった。

 あまり深堀りされたい内容でもないし、説明できる事柄でもない。精霊相手の“魅了”の効力については、両親にだって話していないのだ。

 幸い母も姉も精霊から好かれやすい体質だったので、両親はわたくしが飛び切り強くその体質を受け継いだのだと思っている。あながち間違いでもないし、わざわざ訂正する必要もない。


「アリアったらすごいんだ、僕、あんなに制御されきった魔力は初めて見た」

「俺もだ」


 簡単に授業の内容を説明して、フレディが眩しい視線をこちらに向けた。

 ついでにエリオットの分まで寄越されて、わたくしは少し狼狽える。クアラが興味深そうに「私も見てみたいなあ」とこちらを向いた。


「……ここで?」

「ここで。だってそんなに制御がしっかりしてるなら、燃え移る心配もないでしょ」


 別段、学内の魔法使用を禁止されているわけでもない。

 それはレストランも同様で、この個室も同様だ。わたくしがちらりとエリオットを伺うと、面白そうな顔をしたエリオットはゆっくりと頷いた。


(……まあ、何か問題になっても殿下に押し付ければいっか)


 エリオットからの要望のようなものだし。

 それで、手元がよく見えるように立ち上がり三人の前に立った。

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