20.令嬢は嘘が吐けない 1
その後の授業は散々だった。
興奮した教師を何とか(エリオットが)なだめすかして他の生徒たちの方に向かわせ、わたくしはその後の授業を放棄した。
うっかり真面目に受けてしまったがために、うっかりとても目立ってしまった。
せめて実技では目立たぬようにしようと思っていたのに、計画が丸つぶれだ。
あの、期待した、熱のこもった目で見られるのが嫌で、散々やったからもういいだろうと火の玉を出すのを渋っていたのだが、最終的に教師の「課題確認ができてませんので」の一言で全員の前で火の玉を出す羽目になったのも気に入らない。
ルシャーナが鋭い目でわたくしを見ていた。表面上は笑みを浮かべていたが、あれは完全にわたくしに敵意を抱いている。
適当に誤魔化してしまえばよかったのだが、教師に言われるまま「もっと大きく」だとか「指先まで小さく」だとか大きさを変えてしまったのも良くなかった。
途中から授業放棄していたわたくしは、他の方の課題確認がどのように行われたのかきちんと見ておらず、皆同じような指示を受けたのだと思ったのだ。
結果、それほど細かく大きさの指示を受けたのはわたくしだけで――図らずも魔力制御が完璧である、と、見せつける結果になってしまった。
「どうしてアリアはそんなに魔力制御が上手なの?」
問うてきたのはエリオットである。
次の授業が始まるまでの休憩時間、次の授業は魔法歴史学で、今期の科目内で最も厚いテキストを使う。
建国からの魔法文化の歴史については一般課程でも軽く学ぶが、魔法課程の魔法歴史学は建国以前からの内容を含むためだ。
三年間で到底学びきれるものではないのだが、魔法士養成学校の方針としては「自分たちの使う精霊魔法がどのようなものなのか、その歴史すら知らずに使うなどおこがましい」というものなので、魔法歴史学の授業には力を入れている。故に、この授業だけは三年間ずっと必修授業である。
「ええと、言うほどでもないと思いますわ」
わざわざわたくしの席近くに寄って来てまで聞いたエリオットに、苦笑しながら言葉を返す。
フレディもいるとはいえ、故意に親し気な様子を見せる必要もないだろうと思うのだが、エリオットはその辺りがわからない。
わたくしの口調が普段より丁寧なのに気が付いて、一瞬変な顔をして――それはそれで失礼だと思ったが――フレディに脇を小突かれて気が付いた。
フレディが深く息を吐いたが、わたくしも叶うならため息を吐きたかった。
「私もそれなりに得意な方だと思っていたが。君の出した炎は、まるでガラス球に閉じ込められたみたいに全くぶれることがなかった」
「そうそう、私も驚いたんですよ。殿下の魔力制御が一番だと思っていたので……アンリッシュ先生のあの熱の入りようといったら」
言いながら、フレディがくすくすと笑った。
わたくしは困ってしまって、「笑い事ではありませんわ」と我慢できずにため息を吐いた。
いくら興奮したからといって、令嬢にしていい態度ではなかった。わたくしだったからよいものを、ルシャーナだったらきっと訴えられていただろう。
「それで? 実際、どうしてなんだい」
フレディと同じように笑っていたエリオットが、もう一度わたくしに問いかける。
魔力制御がうまい理由を聞きたいらしい。
「それは……その、日常的に制御しているから、としか……」
上手く誤魔化す言葉が見つけられずに、わたくしは曖昧に答えた。
嘘ではない。
わたくしは日常的に魔力を制御していて、今、この瞬間だって魔力制御をしている。そうしないと垂れ流された魔力で学校中の精霊を惹き寄せてしまうからだ。
“魅了”のせいだが、元より保持している魔力量が多いのも問題だった。
いまいちピンとこなかったのだろう。エリオットは首を傾げて、「制御?」と不思議そうな顔をした。
全てを理解してもらえるとも思わなかったので、わたくしは「そろそろ次の授業が始まる時間ですわ」と話を切った。
「えっ、ああ、本当だ」
「ほら殿下、席につきますよ。テキスト出しました?」
隙を見て、フレディがエリオットの体を強引に押した。
エリオットは「まだ」とぼんやり答えながらも大人しく従っている。フレディのエリオットに対する扱いがあんまり雑だったので、思わずわたくしは笑ってしまった。
といっても、大きな声で笑ったわけではない。くすくすと小さな笑いだったはずだ。
その瞬間、鋭い視線に射抜かれて顔を上げる。
エリオットの右隣――わたくしから見たら斜め二つ前の席に座ったルシャーナが、キッとこちらを睨みつけていた。
(おお、こわ……)
思わず顔を向けてしまったが、視線は合わせぬように自然な動作で後ろを向いた。
背中にある、制服のリボンを気にするふりをして席に座る。
(今日のランチタイムは殿下に声をかけられる前に、さっさとレストランに行こう……)
そうしないと、さらにルシャーナから目をつけられてしまいそうだった。
四人でランチをとると約束してから初めてのランチタイムだったが、昼休みすぐにレストランへ向かうとすでにクアラが待っていた。
待っていたのがクアラだけだったのに安堵して、「お待たせ」と声をかける。
これがエリオットやフレディだったなら声をかけるのを躊躇っただろう。ランチタイムのレストラン前など人通りが多いのだ。
第三王子殿下と待ち合わせをしていると噂されたくはない。
「アリア。早かったのね」
「あまり人目につきたくなくって」
「私もそう。ちょっと厄介なことになってるんだもの」
言いながら、はあ、とクアラがため息を吐く。
案の定、クアラの方も問題が起こっているらしい。
フレディがサークル設立の申請をしてから一日経ったことで、「エリオットがサークルを作るらしい」という噂が急速に学内に広まっていた。
ハイクラスはエリオットの所属するクラスだが、直接的に聞きに来るような人は誰もいない。
さすが高位貴族の生徒ばかりなので、たかが噂に振り回されるような人はいなかった。
逆を言えば、それぞれが独自の情報ルートを持っているため、噂よりも多くの情報を掴みより正確に事態を把握していることになる。
ハイクラスの面々は、既にサークルの参加条件がわたくしたちの出題する試験を突破することだと、どこからかの情報で知っているのだ。
その情報を得ていない、ミドルクラス以下の生徒たちは、何とかしてエリオットと同じサークルに入ろうと虚偽情報に踊らされていると聞く。
クアラはその噂の影響を受けているのだろう。
「詳しいことは食事しながらにしましょ。ほら、来たわ」
クアラの視線が前を向いたのでわたくしもそちらを向く。
エリオットとフレディがやや小走りでやってきた。
「ごめん、待たせた」
「行きがけにスプレンダー公爵令嬢に捕まっちゃって」
軽く謝罪するエリオットと別に、フレディは遅れた理由を告げながら素早くコンシェルジュに目配せをした。
個室の手配は既に済ませてあったらしい、やってきた侍女に案内されて個室に向かう。
幸い二人が到着してから数秒と経たずレストラン前を離れられたので、目撃者はあまりいないだろう。
「同じ個室を月間で予約してるから、明日からはこの部屋の中で待ってていいよ。コンシェルジュに一言伝えてくれれば通れるようにしておくから」
わたくしたちが揃って先に待っていた理由に思い至ったのだろう。
フレディは「気づかなくてごめんね」と謝罪した。
「気にしなくていい。でも、明日からはそうさせてもらう。ありがとう」
これはフレディからの配慮だ。わたくしもクアラもありがたく受け取ることにして礼を言った。
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