30. 令嬢は思い出す 1

 目下の課題は、来週の採点をどうするか、ということだった。


 図書館のミーティングルームに落ち着いたわたくしたちは、各々席に座りながら「さて、どうしよう?」と尋ね合う。

 今回の試験で、各自一人ずつとはいえ互いの問題を解くことが出来たので、凡その傾向が理解できたのも「どうしよう?」となる理由だった。

 わたくしがそうしたように、エリオットたち三人も論述問題が多いのだ。


「論述問題が多いとなると、魔法でどうこうっていうのも難しいよね」


 全員が思っていたことを、代表してフレディが指摘する。わたくしはため息を堪えて頷いた。


「多分、全員が同じ意図で論述問題多めにしたんだよな。わたくしは点数調整がしやすいのと、予習しにくいからなんだけど……」


 問題の意図を伝えれば、各々が「同じだ」と頷く。さっきから頷いてばかりだ。

 クアラだけ、少し躊躇いがちに「私も論述問題は入れたけど」と手を上げた。


「精霊学はそもそも学問としてまだ日が浅いし、知識問題を取り入れるしかなかったの。だから、論述問題は一問だけで、そのほかは記述問題よ」

「それでも難しかったよ」


 クアラの主張にフレディが苦笑を浮かべる。難しかった、という割に、四人の中で九十点台を出したのはフレディだけだ。そもそも問題が異なるので比較しようもないが。


「他の皆は論述問題以外ってどのくらいあるの? アリアは四問中三問が論述って言ってたけど」

「あの量を書くのはしんどかったぞ……」


 エリオットから恨めし気な視線が向けられる。わたくしは肩を竦めて「しょうがないだろ」と答えた。


「誰が答えることになるかは分からなかったし。魔法理論なんて、論じてなんぼじゃないか」

「まあ、そう言われると、そうだけど」


 大体、魔法理論なのに論ぜぬ試験など何の意味も無い。いや、そこまでは言い過ぎだが、魔法具実験室でも言ったように、わたくしたちと同じくらいのレベルを求めるのであれば、そのくらい答えて貰わないと困るのだ。


「殿下の回答も面白かったぞ」


 ふと思い出して伝えると、エリオットは僅かに頬を赤らめて「急に褒めるなよ」と頬を膨らませた。照れているらしい。


 フレディが「とにかく、数があるのが問題だよね」と話を戻す。


「現時点での受付数ってどのくらい何だろう」

「運営委員会に行かないとそれはわからないな。聞いてくる?」


 ふっとフレディが立ち上がる。それより先に、エリオットが「今はまだいい」とフレディを止めた。


「受付開始前で、全校生徒の七割は超える見込みだっただろ。なら、そのくらいの想定で動くのがいい」

「ってことは、一人当たりの採点量はその四分の一か」


 ふむ、と考える。

 ハイクラスこそ各学年十名前後の構成だが、ミドルクラスは学年で多少の差があれ、大体三十名前後と聞いている。

 今回の受験対象者はミドルクラス以上の学力としているため、対象となるのは一学年四十名程度。三学年全体で見ると百二十名になるが、余程の事がなければほぼすべての生徒が受験するとみていいだろう。


(全校生徒、の七割だもんなあ。ロークラスの生徒分で三割はいくだろうし、本人が希望してなくても、家の都合で受験せざるを得ない生徒の方が多そうだ)


「……大体一人当たり三十人分の採点ってところかな」


 わたくしが考えるのと同じくらいのタイミングで、フレディが解を述べた。

 フレディも、対象となる生徒のほぼ全員が受験するとみているようだ。


「三十人分だったら、日数をかければ採点できると思うけど」

「私たちは平気だけど……」


 言い淀んで、クアラがちらりとエリオットを見上げる。

 言いたいことを理解して、わたくしもまたエリオットとフレディを見つめた。視線を向けられた二人は、何のことかわからない様子で首を傾げる。戸惑う様子に息を吐いて、「二人が忙しいだろう」と教えてやった。


「忙しい?」

「殿下は政治の勉強が始まっていると聞いてるし。殿下が忙しいなら、フレディも同じくらい忙しいだろ」


 どちらかと言えば、エリオットが忙しければそれ以上に忙しいのがフレディという印象がある。思い至った様子で、二人が「ああ」と声を上げた。


「放課後は確かにそうだな。時間は中々取れないかも」


 エリオットが考え込む様子で顎に手をやった。フレディが苦笑しながら、「なんだかんだ忙しいもんねえ、今」と付け足す。


「そんなに大変な勉強なの?」


 クアラはエリオットと同じ授業を受けてはいないが、隣国・レニヴェントへ留学していたことも含めて、優秀だという認識があるのだろう。わたくしとしても、難問にしたつもりの試験をあれほど高得点で返されてしまったので、それだけの逸材が苦戦する勉強とはどんなものか、と興味がある。エリオットは「いやぁ、そういうわけじゃないけど」と苦笑した。


「水質調査の方が立て込んでるんだよ。根回しに時間がかかっていて」

「あっ」


 それで、思わず声が出た。

 クアラも今思い出したと言わんばかりの顔をしている。フレディが呆れた様子でわたくしたちを見まわした。


「君たち……忘れてたね?」

「……ソンナワケナイジャナイカ」


 さっと視線を逸らす。棒読みの返答でエリオットもフレディも確信しただろうが、それ以上追及はしなかった。


「まあ、僕らも特に二人に共有していなかったしね。そうだ、試験も終わって丁度いいし、そっちの進捗も共有したい」


 言うが早いか、フレディは持っていた鞄から分厚い資料を取り出した。

 わたくしが前回提出した調査結果の冊子に、他の資料を追加したらしい。表紙に見覚えがあった。


「以前の話し合いで、水源単位でグループ分けをして土属性の混入経路を探るってのがあっただろ」


 言いながら、フレディは表紙を捲って後ろの方のページを示す。

 わたくしがまとめた「今後の予定(仮)」欄には、以前クアラが出した意見がそのまま追記されていた。ドクトリア運河に土属性が混入していたことは分かったので、その混入経路と、王都の水路のどこまでが混入しているかを調べるべき、という内容である。


「方法はクアラの言った通りで良いと思うんだけど、やっぱり僕らだけじゃいくら時間がかかっても足りないから。人手が必要だと思ったんだよ」


 それから、フレディの手はぺらぺらとページを捲った。

 わたくしの作成した冊子分を越えて、新しい冊子に差し掛かる。表題に「王都水路の水質調査実験について」と記されている。わたくしは顔を上げた。


「このまま研究所に持って行っては、王家が何を調べようとしているのか、知られてしまうんじゃないか」

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