29.令嬢たちは試験を終える

 そこまで、という掛け声とともに、わたくしたちは一斉に持っていたペンを置いた。

 いつの間にか一時間が経っていたらしい。あっという間だった、と思いながら顔を上げる。たった一時間、されど一時間。濃い内容の問題を解いていたからか、うっすら汗をかいた気がして、わたくしは額を拭った。


「じゃあ、試験を配布しなおすよ」


 フランマ先生が順繰りに机を回って回答を回収していく。一度全てを回収してから、それぞれの制作者の元へと配布しなおした。

 置きなおされた回答を見て、わたくしは「ふむ」と一つ唸る。記名欄にはエリオットの名前が書かれていた。ということは、エリオットの問題はクアラが、クアラの問題はフレディが解いたのだろう。

 全員にきちんと行き届いたことを確認して、フランマ先生が「それじゃあ」と声をかける。


「採点を始めてくれ。いっぺんに回収するから、終わった人から挙手を頼む」


 赤色のインクにペンを取り替えて、わたくしたちは自分の試験に向き直った。

 わたくしの試験問題は、魔法理論についての論述問題が半分以上を占める。魔法理論、と一言でいうのは少しばかり大雑把な分類で、その中でさらに、起動・発動に関する部分、維持に関する部分、威力や的中など、細かく見ていくことが出来る。

 精霊魔法というものの根本を問う学問であるため、何か一方の知識に偏っていては矛盾が生じるし、総合的な知識が必要だと考えていた。


(まあ、この辺の考え方は、前の生の影響もあるかもしれない)


 前の生でもわたくしは魔法の研究をしていたが、どちらかというと一つの研究を深く掘り下げるのではなく、興味の向くまま、思いついたものを何でも手広く調べる方だった。

 他の研究仲間などは一つの研究を長くずっと続けていたので、そういうわたくしを見ては「飽きっぽい」などと笑っていた。


 わたくしが出した問題は全部で四つ。一つ目は穴埋め式の基礎知識を問う文章問題。基本的な用語などを整理する問題だ。

二つ目は、精霊魔法における術者の魔力と精霊の魔力の因果関係についての考察を求める論述問題。

 三つ目は、二つ目の回答をベースとして、特定の条件下の術者が最火力の炎魔法を使う際に必要な魔力を求める論述問題。

 最後に、最も効率よく、最も最小限の魔力で、最も威力の高い魔法を発動するためにできることは何かを問うた論述問題である。


 論述問題ばかりなので、当然、これ、という回答があるわけではない。わたくしは全ての回答を一つ一つ熟読し、内容を理解し、内容次第で配点をする予定だった。


(中々、よく書けている)


 なんて思うのは不敬だろうか。

 エリオットの回答は突飛な内容ではなかったが、既存の研究に則った、地に足ついた内容ばかりだった。

 それで、そういえばエリオットは精霊魔法について研究しているのだった、と思い出す。


(どちらかというと魔法“実技”に近い方かと思ってたけど、なるほど、理論もちゃんと勉強している)


 一般的な考えだと、精霊魔法の発動時に求められるのは術者の魔力だけで、精霊側の魔力は関係ないといわれている。精霊にどれだけ魔力があろうと、発動自体は術者がするので、使われるエネルギーも術者の中にある分だけ、という考え方だ。

 それもそれで間違いではないのだが、近年の研究で、術者と精霊の信頼関係が強い場合、術者に魔力が残っていなくとも、精霊の魔力をリソースとして魔法を発動することが出来る、ということが分かった。新しい研究結果な上に、それほどの信頼関係を築ける術者が少ないため、あまり知られていない内容である。

 エリオットの回答は、その辺りをきちんと考慮して、精霊側の条件を鑑みた内容で回答されていた。





 論述問題が多いので、採点はわたくしが一番最後に終わった。といっても誤差の範囲だ。先にフレディ、エリオット、クアラと挙手され、わたくしが数分経たずに挙手をする。

 全員の手が上がったので、フランマ先生は「それじゃあ聞いていこう」とにこにこ笑みを浮かべた。


「最初に、合格基準は何点になる?」


 ちら、とフランマ先生がこちらを見たので、わたくしは「六十点以上で合格ですわ」と答えた。


「結構低いね」

「四問中三問が論述問題なので、六十とるのも結構難しいとおもう」


 ぼそりとフレディが呟いたので、すかさず付け足しておく。

 フランマ先生はわたくしの問題内容を思い出したのか、「ふむ」と考える素振りをした。フレディが「低い」といったことには触れずに、不思議そうな顔をする。


「……もうちょっと低くした方が、一般公募者にはいいんじゃないか?」


 それからそんなことを言う。わたくしは思わず苦笑した。


「いえ、点数は上げることはあっても下げません。基本的な考え方が出来ていて、独自性を持った論述が出来ていると思える最低ラインが六十です。それ以下の場合、どこかが必ず破綻している」


 はっきりと伝えれば、フランマ先生は肩を竦めて「まあ、わかった」と同意した。


「合格かどうかだけを告げる? 点数も言う?」

「ええと、わたくしの問題は殿下が解かれたようなので……」


 ちらり、とエリオットを見た。このメンバーなら、点数を告げられても特に何とも思わないが、わたくし以外のメンバーが同じように思うかはわからない。

 ただ、エリオットもにこやかに頷くし、クアラも「面倒だから言っちゃいましょ」と気楽な様子で告げた。


「どうせ誰も落ちてないと思うし」


 フレディが付け足す。それもそうか、と頷いた。


「じゃ、わたくしの魔法理論試験ですね。エリオット殿下が受験されて、点数は八十三点」


 続けて、隣のテーブルのクアラが手元の試験を見た。


「私の精霊学試験は、合格点が七十点でした。フレディの回答で九十三点」


 合格点が七十点ということは、クアラの問題は論述等が少なかったのかもしれない。


(確かに、精霊学だと知識問題の方が作りやすそう)


 答えやすい問題が多いからこそ、合格点が少し高めに設定されているのだろう。

 わたくしよりも高い点数にフランマ先生の眉がややぴくりと動いたが、特に遮ることはなかった。


「僕の呪文学試験は合格点が五十点。アリアの点数は八十八点」

「最後は俺の精霊魔法試験だな。合格点は同じく五十点。クアラの受験で、点数は八十六点」

「大体同じくらいの点数になったな」


 全員の発表が終わると、フランマ先生はうむ、と大きく頷いた。


「一般生徒が受けると考えたら難易度が高すぎる気もするな」


 それからひょいと肩を竦める。わたくしは思わずエリオットの方を向いた。正直に、合格者を出すつもりがないことを伝えて良いのかわかりかねたのだ。

 エリオットは素知らぬ様子で、「でも、先生」と言い訳がましく口を開いた。


「サークルですから。同じレベルの者同士で切磋琢磨するのが健全かと」


 続いた言葉は尤もで、「確かに」と内心頷く。

 フランマ先生もそれは思ったようで、「まあ」と同意する声を出した。


「サークルは確かにそういうものだからなあ。君たちは教師じゃないし、同じサークル仲間にあれこれ教える必要もない。……そう考えると、この難易度でもいいかもしれないな」


 先生が納得したところで、全員が息を吐く。


「とりあえず、これでこのメンバーは正式にサークル加入ってことで良いかな」


 改めてエリオットがわたくしたちの顔を見回した。当然、全員が頷く。


「それじゃあ、僕はこの結果を運営委員会に報告してくるよ。君たち、次の授業は?」


 教室の壁にかかった時計を見ながら、先生は採点の終えた解答用紙を回収する。ランチタイムの時間はもう終了する時間だったが、元々この時間は水質調査のために開ける時間にしていたので、全員首を横に振った。


「来週には一般試験がありますから、その準備をする予定です」

「そうか、無理しすぎないようにね」


 フランマ先生がにこやかに出て行ったので、わたくしたちも魔法具実験室を出る。

 一時間とはいえ真剣に机に向かっていたので、全身の筋肉が固まっているようだった。ぐぐ、と伸びをすると、クアラがクスクス笑う。


「アリア、誰も見てないからいいけど」


 はしたない、と言いたいらしい。誰も見てない、というところにフレディとエリオットが苦笑した。


「いや、僕たちが見てるけど……」

「殿下とフレディなら、まあいいだろ」


 体を伸ばしているのを気にするような間柄でもない。二人とも苦笑を浮かべて、「まあそうだけど」と肩を竦めた。


「とりあえず場所を移して、来週の対策を取ろう。採点をどうするか考えなきゃ」


 自分たちで行う、と宣言したからには手伝いを求めることはできない。元よりそのつもりもなかった。となれば、想定される人数分の採点を、たった四人で(と言うと語弊がある、制作者は四人なのだから、実際には一人で、だ)行わなければならなくなる。


「今日は図書館の方で集まろうか」


 フレディが促したので、わたくしたちは図書館の方に向かうことにした。

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