28.令嬢は試験を受ける 2

 わたくしたち四人の試験は、ランチタイムの間に行った。

 いつものレストランで昼食を取った後、昨日と同じようにフランマ先生の研究室を訪ねる。試験自体は隣の魔法具実験室を借りる予定だが、先に諸々の確認が必要だった。


「難易度はどうでしたか?」


 わたくしたちを待っていたフランマ先生に、挨拶もそこそこエリオットが問いかける。先生はにんまりと笑うと、「皆同じくらいで丁度良かったね」と頷いた。


「試験製作の経験でもあるのかと疑ってしまうほどだった。いや、面白かったよ。何か取り決めでも?」

「簡単なものですが、凡その難易度と、客観的に立証されている事柄だけを取り扱うように、という制限はつけました。ジャンルは各々の得意ジャンルとなりましたが」


 フレディが代表して答える。フランマ先生は「良い条件だね」と大きく頷いた。


「これなら、誰がどの問題を解いても問題ないと思う。そういうわけで、僭越ながら僕の方で組合せを決めておいたよ」


 それから、試験が入っていると思しき封筒をポン、と叩く。先生に決めて頂くこと自体は昨日の話で納得していたので、反対する者は誰もいなかった。


「制限時間は一時間。終わったら僕が回収しよう。採点はどうする?」


 問いかけておきながら、先生は小さな声で「まあ、僕でもはっきりと答えにくいものがあったけど」と付け足した。

 フレディがぐるりと周囲を見回して、エリオットに向けて頷く。今度はエリオットが口を開いた。


「製作者が採点します。ただ、不正をしないように、試験終了後すぐの採点とし、フランマ先生にそのまま監督していただきたいのですが」

「ふむ。採点の監督、ね」


 先生は面白げな笑みを浮かべて、いいね、と頷いた。


「そうしよう。それじゃ、早速試験を行うとしようか」


 続けて、研究室の奥にある扉へ向かう。そこから魔法具実験室へと入れるらしい。

 内鍵を開けたフランマ先生は、自慢げに扉を開いて見せた。


 魔法具実験室を使用する魔法具学応用、および魔法具学実践の授業は、二学年以上が受講できる選択科目になる。例の、空き時間に選んで取ることが出来る授業の一つだ。

 わたくしたちが今学んでいるのは必修の魔法具学基礎なので、魔法具実験室には初めて入った。


 大きな机が八つ並んだ部屋は、通常の教室とはずいぶん様子が違っていた。

 机が大きいのは作業しやすいからだろうが、八つ、と少ないのは、一つの机を複数人の生徒が使うからだろう。机に対して並ぶ丸椅子はそれぞれ四脚ずつあって、収容人数としては少なくない。

 教室の後ろと、廊下側の壁に施錠されたガラス棚が並んでいた。中には様々な実験器具が収まっている。

 想像していた実験室、と少し印象が異なって、わたくしたちはまじまじと教室内を見回した。一般課程ではそもそも実験室などなかったのだ。


「全員別の机に座って。席はどこでもいいよ」


 促されて、わたくしたちは適当にばらけて座る。

 一列目の机にエリオットとフレディが、わたくしとクアラは二列目の机についた。

 全員席に着いたのを確認して、フランマ先生が一列目から試験用紙を裏向きに置いていく。まだ触らないでね、と注意されたので、今は誰の問題かわからない。


 配布を終えて教壇に戻った先生が、手元の懐中時計を眺めながら、静かな声で「始め」と開始を告げた。





 ぱっと、試験用紙をひっくり返す。

 最初に見えたのは「古代語の成り立ちについて」という文字。


(フレディの試験か!)


 それで、瞬間的に理解する。

 フレディは呪文学を専門に学んでいると言っていた。


 呪文を構成する多くは古代語であるため、古代語の成り立ちについての問題があるのは当然と思えた。

 といっても、「古代語の成り立ちについて述べよ」というような、安直な問いではない。

 問題用紙は大きく三つのテーマで成り立っているようで、一つ目が「古代語の成り立ち」で幾つか設問が連なる一問一答形式、二つ目が「呪文構文」で、古代語を用いて呪文として発動しうる文章を作成せよという記述問題。最後が論述問題で、テーマは「古代語が呪文として用いられる理由とその根拠を述べよ」というものだった。


(……間に合わないかも)


 それに、思わず顔を顰める。とにかく一問一答からやっつけていくのがいいだろう。

 問題は論述問題で、テーマとして出題されているものは、凡その「通説」はあるものの解明されていないものだ。

 精霊テレパシーとして用いられる言語法則が、何故古代語なのか? という点。精霊の歴史にも関わってくるので、イコールそれは、世界創生の話にまで遡る。


 正直に言って、この辺りの分野は苦手な範囲だった。


(世界創生まで行くと、少し実感がなさ過ぎるんだよな……)


 神々が世界を作って、というありふれた伝承は、わたくしの元いた“前の世界”では単なるおとぎ話に過ぎなかった。


 前の世界はこの世界と似たような魔法はあれど、魔力を持たない人間たちが存在して、彼らは魔法とは違う観点から世界のあらゆることを解明していた。

 魔法を使っていないのに、魔法と同じくらい便利なものを生み出していく。あれを人間はなんと言っていたか――思い出せなくて残念に思う。

 とにかく、前の世界は神々が作った世界ではなくて、もっと違う成り立ちをしていたようだと研究が進んでいた。

 不幸なことに、わたくしが生きている間、人間たちはその全てを解明できなかったけれど、そもそも魔法使いでさえ神などという不確かな存在を信じてはいなかったので、この世界とは根本的な趣が違っていた。


 この世界は実際に、“神々が作った”世界だという。


 神々が大地を作り、海を作り、精霊を作った。精霊たちは与えられた大地と海で暮らしながら、やがて風が生まれ、火がおこり、絶え間なく遊び続ける精霊たちを休ませるため、昼と夜が生まれた。昼と夜が生まれたので、そこには光と闇が生まれて、と、そのような感じだ。

 話だけならこの世界でもそこまで信仰されなかっただろうが、事実としての痕跡は世界のあちらこちらに散らばっていて、何より精霊の存在がそれを裏付ける。

 精霊は人間よりもはるかに生が長いのだ。


 だから、まあ、わたくしとしては、世界創生はどこか「歴史」ではなく「おとぎ話」に見えてしまって、真面目に頭に入ってこない。“馴染んでいない”というのが正しいかもしれない。

 歴史自体には苦手意識を持っていないのに、世界創生の分野に入ると途端に理解が悪くなる。家庭教師の先生にもよく不思議そうな顔をされた。


(まあ、そうも言ってられないんだけど。できる限りで解こう)


 時間は有限である。

 ひとまずは答えを埋めていくのが先決だ、と、わたくしは問題に向き直った。

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