30. 令嬢は思い出す 2

 以前、アクーセルヴスの棲み処は魔法士団と魔法研究所が探したと言っていた。

 魔法士団ならともかく、魔法研究所の研究者たちが、王都の水源の水質調査を行って、土属性の混入を見つけた場合、王都内に何が起こっているのか察する者は多いだろう。

 そうなれば、わたくしたちが秘密裏に動いている意味がなくなってしまう。エリオットも不本意だと思われた。


「そう。だから、研究所の力は借りない」


 わたくしの懸念を読み取って、エリオットはきっぱりと首を振った。「だから時間がかかってるんだ」とも続ける。


「どういうこと? 研究所が使えないなら、魔法士団も動かせないわよね?」

「そうだね。ついでに、エリオット殿下はまだ成人前だから、魔法士団の中に自分の部隊を持っていない」


 クアラの問いにフレディが頷きながら、「だから僕らが動かせる人ではごくごく限られてるよ」と付け足した。

 成人した王族は、自分の直属となる部隊を一部隊分所持することが認められている。この国の成人は十八歳のため、エリオットはまだ自分の部隊を持っていないのだ。

 せめてエリオット直属の部隊があれば、魔法研究所を通さずに水質の調査を進めることなど容易かっただろう。


「それで、どうするつもり?」


 ではどこから人手を捻出するのか。

 エリオットの一存で魔法士団を動かすことはできない。魔法士団を動かすには相応の理由が必要となり、今回の場合、王都の水路の水質調査などと伝えたら、まず間違いなく魔法研究所が出てくるに違いなかった。

 エリオットは明るく笑みを浮かべると、「外地区の子たちだよ」と言ってのける。意外な単語に、わたくしも、クアラも眉を潜めた。


「……外地区?」

「平民街の外から城壁付近までのエリアだね。あのあたりは発達していない上に、工房・工場や色々な処理場が密集しているせいで住民が少なく、暮らしている多くが孤児たちだ。

 彼らに、まず外周近くの水路の水を持ってきてもらう。採取してくれた子には賃金を払って、彼らが利用できる屋台を数店舗設置させる」


 説明しながら、エリオットは「本当は、こんな手段じゃなく救える方法があるといいんだけど」と苦笑した。

 俗に外地区、と呼ばれるエリアは、王都の城壁付近の事を指す。

 中央に王宮があり、その周辺に貴族街。中間部分が平民街となる王都の造りは、その造り故、城壁周辺に行けば行くほど貧困層が増えていく。簡単に言えば貧民街の事だった。

 幸いなことに、水源に恵まれている国だからこそ、貧民街でも飲み水や生活水の心配はない。比例して他国の貧民街と比べると衛生的ではあるが、家を持たない者や孤児が多く、国の政策として建設された孤児院も、すぐに人手が足りなくなるありさまだった。


 エリオットの言う内容を聞く限り、使いたい人材は孤児院にも属していない、道端で生活する孤児たちの事だろう。

 彼らを“雇用”して、その対価を与える。

 賃金を払ったところで、彼らにまともな商品を売る商人は少ないだろうから、彼らが利用できる店舗を屋台という形で提供する。金を得て、支払えば物を買えるということを覚えれば、それは彼らにも良い事だろう。


(でも、今回の一回きりの雇用じゃ、かえって良くないのでは?)


 長期的に見て、彼らを教育するつもりならまだしも。一回きりの雇用など、施しと何ら変わらない。それなら、回りくどく賃金を払ったりしないで、当面の食糧や寝床を作ってやった方がいいだろう。

 ついで、外地区の子供が平民街に入り込むのを嫌うものは多い。彼らが何の障害もなく調査できるのは、外地区まで伸びている水路に限られてしまう。そうなれば、今回の調査目的を果たせない。


「外地区以外の水路はどうするつもりなんだ?」


 わたくしが静かに問えば、エリオットは嬉しそうに笑みを深めて、「やっぱりアリアはすごいな」となぜか褒めた。わたくしが怪訝に思って首を傾げると、エリオットは冊子のページを数ページ進める。

 そこには、外地区雇用について、と記されていた。


「単なる施しをするわけにはいかないから。どうしても“雇用”の形を取りたかった。でも、アリアの言う通り、彼らが彼らのままなら外地区外の調査は出来ない。

 だから、彼らが使える屋台を設置する、ということにしたんだよ」

「ん?」


 言っている意味が分からず首を傾げた。クアラが気づいたように、「もしかして、身なりを整えさせるとか?」と発言した。


「どういうこと?」

「その屋台で、食糧とかを売るんじゃなくて、次の仕事の時に使える衣服とか、入浴サービスとかを提供するんじゃないかなって。

 そうしたら、この一回でおなか一杯ご飯を食べたい子は食べ物だけを買うだろうし、生活を変えたいと思う子は次の仕事のために準備をする」


 言わんとしていることは理解できた。

 賃金か、屋台の価格設定か、どちらかを破格の値段にして、ある程度食事と準備と両方できるようにするのだろう。もしかしたら、その屋台でのみ使用できる仮の通貨でも作るのかもしれない。


「……でも、そのあとは? それで次の仕事を受けられたとして、水質調査が終わってしまったら彼らの雇用はなくなる。

 雇用しただけで、教育したわけではないから、平民街で雇ってもらうには“張りぼて”すぎるだろ」


 続ければ、フレディが「そこも含めて考えてるよ」と笑みを浮かべた。


「最終的には、幾つか選択肢を与えるけど。

 健康で体力に自信がある子は騎士団の見習いとして手続きをする。

 知恵の回る子は、平民街にある教養学校に入学させる。教養学校は読み・書き・簡単な計算を無償で教える学校だし、孤児院を兼ねているところもあるからそちらに入れることが出来るだろ。

 手に職つけたい子は、工房見習いとして入るのがいいんじゃないかと思って」


 それでわたくしは、何故二人がこれほど忙しいと言っていたのか、理解した。

 つまりは、先を見越したそれらの準備のため、受け入れ先となる方々に根回しをしていた、ということだろう。


「……うまくいくの、それ?」


 思わず問いかける。

 エリオットが苦笑を浮かべて「いやあ、難航してる」と肩を竦めた。案の定だ。


「俺の手伝い要員として雇用する分には問題ないんだけどな。そこから先が、中々通らなくて。雇用も生むし、孤児救済にもなるし、良い手だと思ったんだが」


 はあ、とため息を吐いたエリオットを、フレディが「まあ、僕らだけの問題じゃないから」と慰める。わたくしはため息をついて、「それじゃあ、いくら待っても調査が進まない」と苦言を呈した。


「そうはいっても」

「内容自体は良いことだと思うけど。そもそも、今回の調査が継続的に行われるわけじゃないのに、一時的な雇用を生むのはやっぱり良くないと思うぞ。孤児は、今いるだけが全てじゃないんだから」


 そうして目を伏せる。

 今いるすべてが、この国の孤児の全てなら何も問題はないのだが。残念ながらそうではないし、今後も増えるものだろう。現状孤児がいるのだから、子供を捨てる親も、何らかの理由で親を失くす子供も、ゼロにすることはできない。

 エリオットがぐっと苦い顔をした。理解してはいるようだった。どうしてこれほど進められないのかも。


「第一、騎士団や学校はともかく。工房側はそんな打診をされたって困るだろうに。国からの要請なら従わざるを得ないし、かといって本人の希望だけでは、本当に使える人材かもわからない」


 フレディが苦笑を深めて、「アリア」とわたくしを宥める。ちらりとそちらを見やれば、肩を竦めたフレディは緩く首を振った。


「それ、もう王太子殿下から言われてる」

「ああ」


 それで、頷いた。

 つまるところ、そもそも王太子殿下からストップがかかって進められていないらしい。根回し以前の問題だったようだ。


「そのまま進めようとしてたのか?」


 押し通す気だったのか、と問えば、エリオットはムッと顔を顰めて、「できるなら」とぼそぼそ答えた。


「もっとその辺の雇用制度とかがしっかり確立してたら良いと思うけど。今はまだ早いんじゃないか」

「……それも言われた」


 アリアは兄上と同じことを言う、と、エリオットが完全に拗ねてしまったので、わたくしは苦笑を浮かべるしかなかった。

 つまり、先ほど「共有」などと言っていたが。

 二人はどうやら、わたくしたちに意見を聞きたいらしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る